元西武ライオンズの投手・相内誠(K26)と元Jリーガー安彦考真(Executive Fight武士道)が、2月16日、東京・新宿フェイス『RISE FIGHT CLUB』のリングで向かい合った。通常よりもサイズが小さく革の薄いオープンフィンガーグローブを用いてのキックボクシング対決(66キロ契約)─。

  • 試合開始直後から果敢に攻めた安彦が、右フックをヒットさせ最初のダウンを奪う(©RISE)

戦前の大方の予想は、「相内優位」。17歳も若く、身長、リーチ、プロキャリアでも優るからだ。しかし、いざゴングが鳴ると安彦が積極的に前に出て攻める。そして、右フックと左ヒザ蹴りで2度のダウンを奪い僅か111秒でKO勝利を収めた。なぜ安彦は勝てたのか? 試合後に本人が明かした「勝因」とは?

■「イロモノ対決」ではない

「思いっきりぶつかって、思いっきり倒そうと挑んだら結果が出ました。嬉しいし、勝てたことでホッとしています。喜び過ぎて(リング上で)変なジャンプをしてしまい、ちょっとはずかしいですけど」
試合後、インタビュースペースで報道陣に囲まれた安彦は、表情に笑みを浮かべながらそう話した。

元プロ野球選手と元Jリーガーの闘い。 話題性優先の「イロモノ対決」と思われがちだが、実はそうではない。両者はファイターとしては途上段階、お世辞にもレベルが高い闘いができるとも言えないが、それでも格闘技経験を着実に積み上げてきている。

  • 試合直前、睨み合う安彦(左)と相内(©RISE)

2012年秋、ドラフト2位指名を受けて西武ライオンズに入団した相内は、諸問題を起こした末に2019年秋に戦力外通告を受ける。その直後からジムに通い始め格闘家転向を表明、昨年2月・横浜アリーナ『RISE ELDORADO2021』のリングでプロデビューを果たした。モンゴル出身の選手相手に1ラウンドKO負けを喫するも、その後もトレーニングを継続し11月には朝倉未来がスーパーバイザーを務める格闘技イベント『Breaking Down』に挑戦。ここでは右ストレートを炸裂させ、秒殺KO勝利を収めた。

40歳でJリーガーになる夢を叶え、水戸ホーリーホック(J2)、Y.S.C.C.横浜(J3)でプレイした安彦は、現役を引退する際に、こう口にした。
「年末にはRIZINに出場します!」
もちろん誰も本気にはしていなかったのだが、43歳になっていた安彦は元K-1ファイター、小比類巻貴之の下で格闘技トレーニングを開始。アマチュアの大会に出場し、これまでに3戦3勝の成績を残している。それらの試合とトレーニングの様子が、テレビ朝日のバラエティ番組『激レアさんを連れてきた。』で放送されたことで安彦は注目されもした。
両者は、本気で格闘技に向き合っていたのである。

■ピッチング映像を見て分析

さて、この試合の「安彦の勝因」は何だったのか?
試合後に、彼はこう話した。
「(相内を)研究しました。観たのは、西武ライオンズ時代のピッチング映像です。動きには必ずクセが出ます。分析して分かったのは重心が必ず左足にのること、そして効き目が右であることです。
だから左足へのローキックを狙い、相手の左側へと回るようにして闘いました。これが功を奏したかなと思います」

試合開始早々に安彦は、相内の左足にローキックを見舞っている。そして死角に回りながら至近距離で右フックを打ち込んだ。これがクリーンヒットしダウンを奪う。その直後にボディに左ヒザを突き刺し勝負を決めた。動きはぎこちなくもあったが、作戦通りだったのだろう。

  • 勝利の喜びを爆発させた後、インタビュースペースでメディアからの質問に答える安彦(写真:SLAM JAM)

また「絶対に負けたくない」と気持ちを強くする事象もあった。それは、試合前の相内のコメントである。
「野球選手は、サッカーをやってもできる。でもサッカー選手は野球ができない。そこに大きな運動能力の開きがあるんです。俺がサッカーに負けるわけがない」
これに安彦は反応した。
「もちろん試合を盛り上げようとして挑発的なコメントをしているのは分かります。でも、あの発言だけは許せなかった、さすがにカチッときました。『野球vs.サッカー』みたいな感じで煽られて、ここは絶対に負けられないと思いましたね。もし負けたらサッカー界から永久追放されちゃうんじゃないかと(笑)」
安彦は、相手を研究して立てた作戦を愚直に遂行、そしてサッカーへの愛で勝利を収めたのだ。

最後に、安彦はこうも言った。
「僕は40歳でJリーガーになる夢を叶えました。44歳から格闘技に挑んでいます。やれば何でもできるんです。一歩を踏み出せずにいる人が、僕の闘う姿を見て挑戦してくれたなら、それほど嬉しいことはない。もっと強くなるために自分も挑戦し続けます」

相内の試合後のコメントも紹介しておこう。
「悔しいです。負けたので何も言えません。安彦選手が強かった。でも、もう一度(リングに上がる)チャンスをもらえるなら、いままでの100倍努力して悔しさを晴らしたい」
44歳の安彦と27歳の相内、ふたりの挑戦はこれからも続く─。

文/近藤隆夫