指に朱肉をつけて印鑑のように押す拇印。 手続きの際、印鑑を忘れて「拇印でいいですよ」と言われた、あるいは逆に拇印を押そうとしたら「印鑑でないとだめです」と言われた経験のある人も多いのではないでしょうか。

印鑑の代わりになるときも、ならないときもある拇印。 指紋が残り、拇印のほうが印鑑より本人証明になりそうなのになぜ? と不思議ではないでしょうか。

今回の記事では、拇印とは何か、どんなときに押せるのかについて解説します。

  • 拇印とは

    拇印はいつ印鑑の代わりとして使えるのでしょうか

拇印とは

拇印(ぼいん)とは、親指の裏に朱肉や墨などをつけて印鑑のように押すこと、あるいは押した印のことです。印鑑のないときの代用として用いられることが多く、人差し指などを使うときは指印(ゆびいん)や爪印(つめいん)、爪版(つめばん)などともいわれています。

英語では拇印は「thumb print」、あるいは「fingerprint」といいますが、日本で「フィンガープリント」というと主にデータの改ざんを防いだり、スマートフォンなどの端末を識別したりするための電子拇印のことを指します。

  • 拇印とは

    拇印とは親指に朱肉や墨をつけて押したものです

拇印は印鑑の代わりになる?

主に印鑑がないときの代用として使用される拇印ですが、「拇印でもいい」とされるときと「拇印ではだめ」とされるときがあり、「印鑑の代わりに使用できるケース、できないケースの判断ができない」と困ってしまう場合もあるでしょう。

以下では、拇印と印鑑の関係について、「遺言書などの場合」「市役所などでの手続きをする場合」「警察に違反切符を切られた場合」に分けて説明します。

遺言書などの場合

遺言書の場合、自筆のものであれば押印が実印でなくても法的効力がある、とされています。そのため、遺言書への捺印は三文判でも拇印でもよく、実際に最高裁で「拇印や指印でも構わない」という判決が出ています。

それにならって、示談書などでも印鑑がない場合は代わりに拇印を押したほうがよいと考えられています。

しかし、一般的には遺言書などゆとりを持って作成できるであろう文書に拇印を使うことは望ましくありません。 というのも、実印と違って拇印は怪我などで指紋の形が変わってしまうケースもありますし、葬儀を行ってしまったあとに「本当に本人の指紋なのか?」と疑われても証明する手段がない可能性があるからです。

実印であれば実印登録と照らし合わせることによって本人のものかどうかの証明が可能になるため、遺言書には実印を使用したほうがよいでしょう。

また、雇用契約書など私人間の契約は、実は法律的には署名があれば捺印がなくとも法的効力があります。しかし慣習的に雇用契約書には捺印するものであり、印影がないと偽造を疑われてしまいがちです。 そのため会社によって異なりますが、「印鑑がない場合は拇印でも可」とされるケースもあります。

役所などでの手続きの場合

市役所や区役所など、役所での手続きの場合に拇印が印鑑の代わりに使用できるかどうかは一概には言えません。というのも、自治体によって対応が異なっているからです。

  • 訂正用の印鑑がないときには拇印でよい
  • 拇印は印鑑の代わりとは認めない
  • 法的に押印が必要なもの以外は、拇印ではなくサインでよい
  • 書類によって拇印が必要なもの、印鑑が必要なものがある

など、さまざまなパターンがあります。

本人自著の場合は極力押印を求めない形式になっている自治体もあるため、印鑑がなくとも手続きの内容によっては問題がないケースも多いでしょう。 気になる場合は、自治体に直接問い合わせると確実です。

警察に違反切符を切られた場合

警察に違反切符を切られたときに、「供述書」という書類に人差し指の指印と署名を求められた人も多いでしょう。

正確には「交通反則切符」と呼ばれる青キップですが、この交付時に署名と指印が必要な理由は「本人確認のため」。そのため、指印の代わりに印鑑を使っても、あるいは押印そのものを拒否しても問題ありません。

「警察が指紋を採るんだから、事件の捜査に使っているに違いない」「悪用されるのではないか」と考える人もいますが、あくまでも署名と捺印は本人確認にしか使用されず、他の目的に使われる可能性はほぼありませんので安心しましょう。

ただし、拒否や印鑑での対応が可能なのは警察に違反切符で呼び止められたときのみ。 事件の容疑者として逮捕されてしまったときには拒否権はありません。

「拇印のみ可」の場合はある?

基本的に「拇印は印鑑の代わりに使われるもの」とされています。 しかし、自治体によりますが、自分が何らかの理由で直接手続きに行けない場合に必要な委任状の場合は、「拇印以外不可」とされていることも。

委任状はその場では書き直せないため、書き方を間違えてしまうと二度手間になってしまう可能性があります。誰かの代わりに公的な手続きに行く際には必ずホームページなどで確認するようにしましょう。

  • 拇印は印鑑の代わりになる?

    役所で拇印が印鑑の代わりになるかどうかは自治体によります

拇印用の朱肉は黒色

拇印を押す際、印鑑同様に朱肉を使うことが多いでしょう。しかし、朱肉を使用すると指についた色が取れづらく、朱肉のつきかたや押し加減によって指紋部分が潰れてしまいやすいというデメリットがあります。

そのため、警察で指印の押印を求める際などに使用されるのが拇印専用の「墨肉」と言われる朱肉。色は黒色で、通常の朱肉に比べて指に色が残りにくく、かつ指紋がきれいに採れやすいという特徴があります。

  • 拇印用の朱肉は黒色

    印鑑専用の朱肉は墨肉といい、黒色をしています

フィンガープリントとは?

フィンガープリント、あるいは電子拇印とは、デジタルコンテンツが同一であるか、あるいはホームページやブログなどのウェブサイトにアクセスしている端末が同一であるかを認識するためにブラウザ側から取得する複数の属性の値のことです。

「電子印鑑」や「電子署名」の「ウェブ上で印鑑が押せる・契約書への署名ができる」とは少しニュアンスが異なり、「電子的なあるものの同一性を、まるで拇印のように判別できる」という意味でという語が使用されています。

コンテンツフィンガープリント

コンテンツフィンガープリントとは、電子メールや音楽ファイルなどの内容をハッシュ関数で計算し、その結果出てきた値のこと。コンテンツの最後に記載され、電子メールなどの情報やコンテンツ、つまり音楽ファイル、ビデオなどが改ざんされていたり、不正にコピーされていたりしないかを確認するために使用されるものです。

コンテンツフィンガープリントが記載されたメールの受信者は、受け取ったメールの内容をハッシュ関数でもう一度計算し、受け取ったハッシュ値と照らし合わせることで正しく自分のもとにメールが届いたかどうかを確認できます。もし途中で何らかの改ざん等が行われていたなら、受け取った値と自分で計算し直した値が異なってくるはずだからです。

ブラウザフィンガープリント(デバイスフィンガープリント)

ブラウザフィンガープリント(デバイスフィンガープリント)とは、ウェブサイトがブラウザから取得できるさまざまな属性を符号化したデータ、あるいはそのデータを使用してウェブサイトの閲覧デバイスの同定を高い精度で行う技術のことです。

使用しているブラウザの種類、バージョン、CPUの情報、言語設定やスクリーンのサイズなど、1つ1つは特徴的な情報ではなくとも、それらをすべて組み合わせるとすべて同一のデバイスは非常に少なくなります。そのため、すべて同一の場合「同じユーザーだ」と推定することができるのです。

Cookieのように閲覧者側にデータを書き込む必要なくデバイスの区別ができるため広告配信などに使用されますが、同一のデバイスを別物としてしまったり、逆に違うデバイスを同一とカウントしたりする可能性があるなど、Cookieに比べて精度は劣ります。

  • フィンガープリントとは?

    電子拇印とはデバイスやコンテンツの同一性を知るためのものです

まとめ

指紋という個人情報を使うことで、より「本人が承認しました」という意思を証明しやすそうな拇印。 しかし「犯罪者のようだ」と嫌がる人も多く、また遺言書に使用されてしまうと本当に本人の拇印なのかがわからなくなってしまうなどの点から、印鑑の方が証明には好ましいと言えるでしょう。

また、実際に印鑑の代わりになるかどうかは自治体や企業などの考え方によっても異なっているのが実情。

安易に「印鑑がないなら拇印で済ませよう」と考えるのではなく、普段から認印を持ち歩いておけば、いざというときスマートに対処できるかもしれません。