予測が困難になるほ市川市どの気象変動や、少子高齢化による労働力不足など、農業従事者を悩ませる諸問題の顕著化が進んでいる。人の力だけでは克服が難しいこれらの課題への挑戦は日本全体のテーマでもある。そんな大きな壁を乗り越えようと動き出しているコンソーシアムがある。千葉県を代表機関として、NTT東日本、有限会社ヤマニ果樹農園らが一丸となって進めているあるプロジェクトを取材してきたので紹介しよう。
スマート農業の実証実験を実施
千葉県は肥沃な大地と豊かな自然に恵まれた日本有数の農業地帯だ。作物が高品質で、東京都に接していることから、多くの消費者が千葉県産の食材を利用している。一方で、同県の農家では冒頭でも触れたように気象変動や労働力不足に多くの課題を抱えている。これを解消すべく、千葉県は課題解決にあたる専門部署を設置、研究を続けてきた。今回はその取り組みの中の大きな柱のひとつ、「スマート農業」における実証実験の様子をお届けしたい。
「梨の栽培をひとつのケースとして、スマート農業の実証実験を2021年から始めることになりました。新技術を導入することで様々なデータを取得して結果を分析、社会実装を目指すという目的があります」と語るのはプロジェクトリーダーの桑田氏だ。このプロジェクトではコンソーシアムを結成することで、個人や単体の組織では難しい諸問題の解決を目指しており、農家や農業関連団体のほか、ICT、自動化技術、農業用ロボットなど、それぞれに得意分野を持つ多くの企業が参加している。
中でもコンソーシアム結成以前の2019年にスマート農業向けのソリューションを発表し、千葉県農林総合研究センターとも意見交換をしてきた企業がNTT東日本だ。「日本の農業を発展させるためにスマート農業を進めていきたいという点で千葉県農林総合研究センター様とは意見の一致をみていました。さらにこの取り組みを加速させるためにコンソーシアムを結成し、国からも財源的な援助が得られることが決まったことで最初の一歩を踏み出すことができました」と語る森田氏。
最新のテクノロジーを投入する実証実験の先として有限会社ヤマニ果樹農園が決定。同農園が運営する市川市、成田市の圃場を舞台にプロジェクトは始動することになった。
梨農園の防除システムの可能性を拡大
実証実験の舞台となるヤマニ果樹農園の板橋氏は、これまでも千葉県と協働してきた経緯がある。最初に手掛けることになった病害の防除システム「梨なびアプリ(イーエスケイ)」においても同氏のノウハウが大いに活かされることになる。
「このアプリを作り始めた当初からお手伝いしていました。梨の重要病害に黒星病があるのですが、これの発生メカニズムは温度と湿度が大きく関係しています。その情報を見える化することで防除する時期がピンポイントで分かるのです」と板橋氏。
この時の各種センサーからの情報を広大な圃場から収集するシステムがNTT東日本の「eセンシング For アグリ」だ。「圃場に設置した送信機に今回のケースでは温度と湿度計を取り付け、そのデータを受信機へ送信しています。受信機の1km範囲に4つの送信機が設置可能で、それぞれのデータはオンラインストレージサービスを活用することで遠隔地でもモニタリングできます」と森田氏は説明する。実は同じような無線式のセンサーでの運用を検討したこともあったが、それと比較して通信費が格段に安くなるのも「eセンシング For アグリ」の特長だという。
これによって得られたデータをベースにアルゴリズムを解析、梨なびアプリはそれをカレンダーに表示することで農業従事者にその結果を知らせるという仕組みだ。「実際に減農薬にまで進みましたから、解析結果には合理性があると思います。開発初期はExcelのグラフしかなかったので読み取りづらかったですが、スマホアプリ化することで現場でも管理しやすくなりましたね」と板橋氏は手応えを語る。
「例えば夏場に無線通信が途切れることがあり、データ取得がうまくいかなかったことがありました。原因を探ったところ生い茂った葉が電波を遮断していることが分かりました。そこで送信機のアンテナを少し高い位置にずらして解決するなど、現場でしか得られない生のノウハウが得られたことも大きいです」と森田氏も実証実験の有効性について語る。
「以前は気象庁のデータを使っていたこともあったのですが、それだと圃場からの距離が離れすぎて精度がとても悪かったのです。もっと良いセンサーを使いたいということで『eセンシング For アグリ』にしましたが、最適な結果が得られていると思います」と桑田氏も言葉を続ける。
テクノロジーで省力化や品質向上も実現
ヤマニ果樹農園で実証実験中のテクノロジーはこれだけではない。人手不足を補い、省力化を進めるための取り組みとしてロボット作業車も導入されている。「宇都宮大学のベンチャー企業、アイ・イート株式会社が開発したものです。梨農園の圃場は狭く、頭上も低いので一般的な運搬車や作業車は入りづらいのです。アイ・イートさんのロボット作業車なら小回りが利きますし、悪路にも強いので収穫の強い味方になってくれます」と語る桑田氏。
ロボット作業車前方にセンサーが取り付けられており、農業従事者の背後を追随して移動することができる。つまり、一度スイッチを入れれば、あとは勝手についてきてくれるし、自分が止まればロボット作業車もストップする。収穫の際に常にカゴへ入れやすい位置に荷台があるので、省力化という意味では著しい向上がみられるという。
「ここ市川市の圃場は平地にあるので楽ですが、成田市の圃場は傾斜地にあるのです。最大で12度程度の斜面になるので、これまで使っていた手押しの台車での作業はとてもやりづらかったうえに疲労も大きかったです。しかし、このロボット作業車は荒地にも強く、ぬかるみや傾斜を移動させてもまったく問題ないので、悪条件であるほど効果的だと実感しています」と板橋氏は語る。
そしてもう一つ実証実験に入っているのが、棚下からの育成画像をNTTデータCCSによりAI解析する事でリモート診断をするという試みだ。「梨の開花状況、着果数、果実肥大状況、葉の棚面率などを分析し、昨年の結果と比べてどのように違うかといった点などをAIによって解析、リポートします。これを見た指導員が葉の剪定や収穫時期などをアドバイスすることで、若い生産者でもベテランと変わらぬ品質の梨を収穫できるようにするのがゴールです」と桑田氏は説明する。
「梨の味を決めるのは葉の枚数と遮光なのです。葉が混みすぎても、薄すぎても味に影響が出ます。そのバランスは試験場でデータ化できているので、画像があれば判断できます。また、定期的に撮影することで、収穫時期の見逃しを回避することもできますから、ムラのない収穫にも繋がります。まだ今年からデータを取っている状態なので、AI解析が始まるのは来年以降になりますが、いずれにしてもどのような良い結果が得られるのか楽しみです」と板橋氏も期待を語る。
スマート農業の社会実装を加速
「私たちNTT東日本は地域密着型の企業ですから、一次産業の効率化には全社を挙げて取り組んでいます。ここ千葉県という地域においては農業が盛んですから、そこへ向けて通信やITでどのように貢献できるか常に模索を続けています。今回は『eセンシング For アグリ』というソリューションで検証いただいていますが、今後の収穫量の拡大、所得の向上といった大きな目標へ踏み込んでいくには弊社だけでなく、ここにいらっしゃるような方々のお知恵も借りながらやっていかないと本当の意味でお役に立てないと考えています。こちらで得た結果は、今後のスマート農業の社会実装へ向けて、さらなる取り組みに繋げていきたいですね」と森田氏は語る。
「まだ始まったばかりですが、順調に進んでいると思います。データ予測も精度が非常に高くなり使いやすくなったと実感していますし、ロボット作業車も確かな手応えを感じています。AI解析の部分はまだデータ取得中なのでこれからですが、うまくいくと確信しています」と桑田氏は今後の可能性を語る。
「実証実験は今後も進んでいきますし、これからもいろいろなテクノロジーを試していくことになると思います。ですが、これが終わった後、いかに現場の農家さんにとって導入する価値があるのかが一番大切だと思います。例えばコストの問題として、費用対効果が望めるのかも大切です。国や企業のみなさまから適切な補助やお得なプランなどを作っていただけると全国への広がりも加速していくのではないかと思います」と板橋氏は最後に語ってくれた。
なお、今回のスマート農業実証プロジェクトは経済産業省の「ゼロエミ・チャレンジ」に認証されている。企業認定を希望すればエントリーすることで取得が可能で、NTT東日本とアイ・イートは先んじて認定企業リストに名を連ねている。同プロジェクトはコンソーシアム全体が各方面から注目され、大きな期待を持たれている。今後の活躍を見守っていきたい。