働き方改革の施行がはじまったのは、2019年4月でした。以前と比べれば有給も取りやすくなってきているとはいえ、上司や同僚が働いているときに自分だけが休むことに後ろめたさを感じる人もいるでしょう。
そこでお話を聞いたのは、大手広告代理店に勤めながら週末を使って世界中を旅してきた「リーマントラベラー」の東松寛文さん。「休み方改革」を提唱する東松さんがすすめてくれたのは、休みやすい環境をつくる「DDCAサイクル」というものでした。
■休む意志を強く持つために、最初に「決定」する
働き方改革が進むなかでも、日本のビジネスパーソンには「休むことはよくない」「休みにくい」といった感覚は根強く残っています。そこで、スムーズに気持ちよく休みを取るために使ってほしいのが、わたしが提唱しているPDCAサイクルならぬ「DDCAサイクル」というものです。
【休みやすい環境をつくるDDCAサイクル】
D:Decide=決定
D:Doing the spadework=根回し
C:Cutting the work time=時短術
A:Attentive=気配り
順に解説していきます。
最初のDは「Decide=決定」、2番目のDは「Doing the spadework=根回し」です。有給取得を申請するときは、まず上司に相談をして許可がもらえたら休むという流れが一般的であり、「根回しをして決定する」という順です。かつてのわたしもそうしていました。でも、これではなかなかうまくいきません。
わたしの場合は仕事が激務ということもあって、「たぶん許可はもらえないだろうな…」なんて気持ちを持ちつつ上司に相談していましたから、上司に「いまじゃなくてもいいだろう?」なんていわれると、「あ、そうですよね」とつい流されてしまっていたのです。
ところが、根回しをして決定するという順を入れ替えて、「決定して根回しをする」という順にすると、結果は大きく変わってきます。
わたしは、週末だけを使って世界中を旅したことを『サラリーマン2.0 週末だけで世界一周』という本にしたことがあるのですが、そもそも旅にハマったきっかけは、たまたま手に入れたアメリカのプロバスケットボール・NBAのプレーオフのチケットを無駄にしないためのアメリカ旅行でした。
プレーオフは通常のリーグ戦ではないので、「いまじゃなくてもいい」というものではありません。それこそ「いまじゃないといけないもの」ですから、上司に相談するにも熱意が変わってきます。そうして、結果的に休みをもらうことができました。この経験から、まず「絶対に休むんだ!」と決めて、それから根回しすることが大切だと気づいたのです。
ただ、どんなに「絶対に休むんだ!」と決めたところで、人の意志は揺らぎやすいものですよね。そこでおすすめしたいのが、わたしにとってのNBAのチケットのような存在をつくることです。好きなスポーツの観戦チケットやライブチケット、航空券を取ってもいいと思います。そうすることで、「無駄にできないぞ!」と自分にプレッシャーをかけることができ、「休む」という意志を強固なものにできます。
■締め切りを自ら設定し、仕事の効率を上げる
休むことは、全ビジネスパーソンが持つ権利です。しかし、ただ権利を主張して自分本位に休んでしまえば、仕事に悪影響が及ぶこともあります。自分が休んだことで同僚の誰かに仕事のしわ寄せがいけば、人間関係をこじらせてしまうことにもなるでしょう。組織に属するビジネスパーソンである以上、そういった事態を招かないために根回しが必要です。
休みたい理由を、上司や同僚など周囲が納得できるかたちで丁重に伝えるのです。ただ、このことはビジネスパーソンならほとんどの人ができることだと思います。というのも、「相手が納得できるかたちで伝える」ことは、プレゼンと同じだからです。
プレゼンをするなら、聞き手を納得させるためにしっかりと事前に準備をして、練習もしますよね。それと同じ心構えで、どうすれば周囲が納得してくれるのかとしっかり考え、それこそ伝える練習もしてみる。そうして丁重に伝えたなら、人間関係をこじらせるような問題が起きることはないはずです。
3番目のCは、「Cutting the work time=時短術」です。旅にハマってから気づいたことのひとつに、仕事の効率はまだまだ上げられるということがありました。わたしの勤務先は広告代理店でかなりの激務ですから、それまでも自分としてはできる限り効率的に仕事をこなしているつもりでした。でも、仕事の進め方を見直すと、改善できることがたくさん見つかったのです。
いまは残念ながらコロナ禍によってできませんが、頻繁に週末旅行をしていたときには、絶対に休日出勤はできません。わたしが空港に向かうのは金曜日の夜です。すると、翌週月曜日の朝が締め切りという仕事も、金曜日の定時までに終わらせる必要があります。
そのことでもたらされるのが、いわゆる「締め切り効果」です。「絶対に金曜日の定時までに終わらせなければならない!」という強い気持ちを持つことで、あらゆる仕事を前倒しで進めるようになったわけです。
こうして自分自身で締め切りを設定し直すことは、さらなるメリットも生んでくれました。上司から指示されたような、たとえ与えられた仕事であっても、意識のなかでは自分で決めた仕事になるのです。すると、「これは自分の仕事だ!」「だから頑張ろう!」と思えてしっかりこなそうとしますから、仕事の質も上がります。その結果、仕事での評価も上がったのです。
■リーマントラベラー流時短術
もちろん、時短のための具体的な方法もあります。たとえば、届いたメールにはその場で「即レス」することもそのひとつ。メールの内容によっては「あとでいいや」と思うこともあるものですが、時間が経つとその内容を思い出す時間が必要になります。その場の仕事の手を止めてでも即座に返信するほうが、結果的には時短になります。
また、パソコンやスマホのユーザー辞書を活用することも具体的な時短術です。わたしは、メールなどでの使用頻度が高い文をいくつも辞書登録しています。わたしの実際の活用例は、以下のような具合です。
【東松流ユーザー辞書活用例】
[入力] → [変換]
おせ → お世話になっております。
りと → リーマントラベラー・東松です。
ごた → ご対応いただき、ありがとうございました。
ひき → 引き続き、よろしくお願いいたします。
ユーザー辞書を活用すれば、たった8文字の入力でこれだけの文章を作成できます。1文の作成で短縮できる時間は、小さなものかもしれません。でも、使用頻度が高い文ですから、その積み重ねによって大きな時短につながります。
■休日のあとの気配りで、次の休みが取りやすくなる
最後のAは、先の根回しに通じることでもありますが、「Attentive=気配り」です。有給を取ることは、自身の権利をただ行使することに過ぎません。ですが、自分が休みを満喫しているあいだにも働いている上司や同僚がいます。なかには、自分が休んだことでしわ寄せを受けたという人もいるかもしれません。
そう考えると、休んだあとこそ周囲に対してしっかりと気配りをすることが重要です。そうすることで、次の休みを取りやすくなることにもつながります。できれば、なにか目に見えるかたちで感謝を伝えるのがいいでしょう。わたしの場合は休みを旅に使いますから、周囲に感謝を伝える目に見えるツールとしてお土産を使っています。
ただ、選ぶお土産には注意が必要で、定番のお菓子がベストです。旅先ではテンションが上がっていますから、現地の先住民族がつくった置き物といったよくわからないものも買ってしまいがちです(苦笑)。
でもそれは、旅先という非日常に身を置いていたからこそ魅力的に見えたに過ぎないのです。日常に非日常を持ち込むと、そこには違和感しか生まれません。日常を過ごしてきた上司や同僚からすれば、そんなものをもらっても「なにこれ?」とまったくうれしく感じられないでしょう。
ですから、ハワイに行ったのならホノルルクッキー、台湾に行ったのならパイナップルケーキというふうに、「あそこに旅に行ったんだったら、やっぱりこれだよね」と思ってもらえる定番を購入することをおすすめします。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人