「最近、どうも仕事に対するモチベーションが上がらないな…」。子どもの頃からの夢を叶えて憧れの職業に就いたような人ならともかく、多くの人が一度は抱く悩みかもしれません。では、どうすればモチベーションを高めることができるのでしょうか。

  • 応用神経学者が教える「モチベーションの高め方」_「いざ!」というときに無限の力を発揮する方法とは /応用神経科学者・青砥瑞人

お話を聞いたのは、脳の研究をさまざまな分野に生かす応用神経科学者である青砥瑞人さん。専門である応用神経科学の観点から、「科学的にモチベーションを高める方法」を伝授してくれました。

■モチベーションを左右するドーパミン&ノルアドレナリン

仕事であれ勉強であれ、やるべきことに対するモチベーションを上げるための鍵を握るのは、「ドーパミン」「ノルアドレナリン」というふたつの神経伝達物質です。

ドーパミンは、なにかに興味関心を持つことで分泌されやすくなる神経伝達物質です。みなさんにも好きなことやものがあると思いますが、ゲームが好きな人なら、「ゲームをやりたい」と思ったときにドーパミンが分泌される可能性が高まります。

このように、なにかを「やりたい!」「知りたい!」といった気持ちになることで分泌されますから、もちろんドーパミンはモチベーションに大いに寄与すると考えられます。

もうひとつのノルアドレナリンは、なにかを「やらなければならない」というふうなプレッシャーを伴ったかたちでのモチベーションをもたらします。

上司から指示された報告書の提出期限が迫っているのにまだほとんど手をつけていないといったときに、「そろそろやらなければまずい!」といった気持ちが湧いてきてなんとかこなすことができたといった経験は多くのみなさんにあるはずです。

なぜそんなことができるかというと、ノルアドレナリンには、脳のあらゆる力を高めて鋭敏化するという働きがあるからです。「素晴らしいじゃないか!」と思った人もいるでしょうけれど、残念ながらノルアドレナリンのその働きはある弊害を生みます。

脳が鋭敏化するために、やらなければならないこと以外のことに対しても過敏になり、注意が分散してしまうのです。

しっかり集中して仕事に取り組まなければならないというようなときほど、周囲の雑音が気になって集中できない。または、ちょっと前に体験した嫌な出来事や自分のなかで気になっていることなどに注意が向かって集中できないといったことがあるのは、ノルアドレナリンの特性によるものです。

■日常生活のなかの興味関心を大切にする

ただ、ドーパミンはもちろん、ノルアドレナリンもモチベーションを高めるにあたって重要な働きをしてくれることはたしかですから、双方のバランスが取れていることが大切です。ところが、とくにビジネスパーソンにとってはどうしても「やらなければならない」ことが多いために、ノルアドレナリンが分泌されやすい状態になりがちです。

もちろん、それでは注意の分散を招いてしまいます。そのため、「やらなければならない」ではなく「やりたい!」という気持ちによって分泌されるドーパミンがより重要になってきます。脳の力を鋭敏化させるノルアドレナリンの効果を残しながらも、注意の分散というデメリットを軽減することを考えましょう。

では、どうすればそうできるのでしょう。わたしからは、「日常生活のなかにおいて自分の興味関心とできるだけ素直に大切につき合っていく」ことをおすすめします。そうすることで、「やりたい!」「知りたい!」といった気持ちを持つ機会が増え、それだけドーパミンの分泌を誘発できるようになります。

仕事に対するモチベーションを高めたいとはいっても、「やらなければならない」ことが多い仕事に対しては、最初から「やりたい!」とはなかなか思えませんよね。それこそ、仕事内容のハードルが高い場合には、「やりたい!」と思うことはなかなか難しいと思います。

だからこそ、仕事から離れた日常生活のなかにおける「やりたい!」「知りたい!」という興味関心をふだんから大切にしてほしいのです。

■「学習済み」ではない「未知の世界」に目を向ける

そうはいっても、「もともと持っていた興味関心」だけでは不十分です。ドーパミンは、いろいろな場面で分泌されるのですが、専門的には、「want(欲する)」と「seek(探求する)」の情動というふうにわけて考えます。

前者の「want」は、学習済みのことを欲してドーパミンが分泌されたときの情動のこと。何度も読み返したような「大好きな漫画を読みたい」とか、「お気に入りのユーチューバーの動画を観たい」といった、経験済み、学習済みのことを欲してドーパミンが分泌されたときの情動を指します。

けれど、「want」の情動をいくら持ったところで、それこそハードルが高い仕事のような未知のものに対して興味関心を持ってやりがいを見出せるような脳の仕組みを持つことはできません。

そこで、より大切になるのが「seek」の情動です。「これをやれば自分は快楽を得られる」とすでに学習済みのことではなく、「快楽を得られるかどうかわからないけど、とにかくやってみたい! 知りたい!」という思いからドーパミンが分泌されたときの情動—それこそが「seek」の情動であり、自分がこれまで取り組んだことのないような仕事に対してのモチベーションを高めるためにとても重要なものです。

ですから、「よくわからないけど、なんか面白そう!」といった、知らない世界に対する好奇心に素直に従うことを大切にしてください。

■ゴールを据えない「無目的の興味関心」を大切にする

そういう意味では、「ゴールや目的に縛られ過ぎない」ことも重要になります。

仕事に限らず、なにかをするにあたって「ゴールや目的を立てることが大切」というふうによくいわれます。たしかに、ゴールや目的がモチベーションを誘発することがあるのも事実です。しかし、ゴールや目的ばかりを重視するのは大きな間違いなのです。なぜなら、あることの経験がまったくない人が、その先にあるゴールや目的を立てたとしても、その人のモチベーションにはならないからです。

ジョギングの経験がまったくない人がフルマラソン完走というゴールを掲げても、モチベーションは高まりません。そうではなく、ジョギングをしていくなかで、「○カ月後までに△kmを□分以内で走ってみたい」というふうな目的が見えてきてはじめてモチベーションが生まれます。ゴール、目的とは、自分が体験したうえでつくられるものなのです。

大切なのは、ゴールや目的に縛られないこと。縛られてしまうと、それらがないと動けない人になってしまいかねません。「え、このことにはゴールも目的もないんですか? じゃ、そんなことなんてやらないですよ」という人になってしまうというわけです。それでは、自分の世界を狭めてしまいます。

そうではなく、「よくわからないけど、なんか面白そう!」の精神を持って、自分の世界を広げていってください。いわば、「無目的の興味関心」を大切にしていくことで「seek」の情動を持つ機会が増え、結果的には未知の仕事やハードルの高い仕事に対するモチベーションも高まっていくはずです。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人