物質・材料研究機構(NIMS)、産業技術総合研究所(産総研)、科学技術振興機構の3者は4月17日、NIMSが、「n型Mg3Sb2系」材料にわずかな銅原子を添加することで、高性能な熱電材料に必要な熱伝導率の低減と電荷移動度の向上を両立させることに成功したと発表した。

また同時に、同様に高性能化したp型材料と合わせて、NIMSと産総研が共同で熱電モジュールを作製し、室温と320℃の温度差において、半世紀以上にわたり最高性能の記録を保持し続けている「Bi2Te3系」材料に匹敵する熱電変換効率7.3%を実現したことも発表された。

同成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA) 熱エネルギー変換材料グループの森孝雄グループリーダー、産総研 省エネルギー研究部門の李哲虎首席研究員、NIMS MANA ナノマテリアル分野 熱エネルギー変換材料グループのリウ・ジハンNIMSポスドク研究員、NIMS グローバル中核部門 若手国際研究センター ICYS-SENGENの佐藤直大ICYS研究員、NIMS MANA ナノマテリアル分野 熱エネルギー変換材料グループのガオ・ウェイホンNIMSポスドク研究員、東北大学 金属材料研究所 物質創製研究部の湯葢邦夫准教授、NIMS 先端材料解析研究拠点 原子構造物性分野 電子顕微鏡グループ/技術開発・共用部門 電子顕微鏡解析ステーション 高分解能グループの川本直幸主幹研究員、NIMS 技術開発・共用部門 ナノテクノロジープラットフォームセンターの三留正則副センター長(技術開発・共用部門 微細構造解析プラットフォーム)、NIMS 技術開発・共用部門 電子顕微鏡解析ステーション 高分解能グループの倉嶋 敬次主任エンジニア(技術開発・共用部門 微細構造解析プラットフォーム)、産総研 省エネルギー研究部門 熱電変換グループの長瀬和夫テクニカルスタッフ、NIMS 構造材料研究拠点 解析・評価分野 構造材料組織解析技術グループのイ・ジャンホNIMSポスドク研究員、NIMS グローバル中核部門 若手国際研究センターの土谷浩一センター長(構造材料研究拠点 NIMS特別研究員兼任)らの共同共同研究チームによるもの。詳細は、「Joule」にオンライン掲載された。

現在、320℃以下の低温域においては、熱エネルギーのうち約90%が利用されず捨てられてしまっている。そうした無駄に捨てられてしまっている熱エネルギーを有効活用することを目的に生み出されたのが、熱電材料だ。熱電材料としては、これまで半世紀以上にわたって、優秀な材料「Bi2Te3系」が活用されてきた。しかし、Bi2Te3系材料は層状構造で加工性がよくないこと、テルルが希少元素であることから熱電モジュールの低コスト化が難しいといった課題を抱えていることから、希少元素を極力用いない新規な高性能熱電材料の開発が求められていた。

今回の研究では、n型Mg3Sb2系材料に少量の銅原子を添加すると、2つの熱電高性能化効果が確認されたという。1つ目は、原子間隙に少量の銅原子が挿入されることで熱の伝搬を司るフォノンの状態密度のギャップが埋まり、フォノンの伝搬速度が低減して、熱伝導率を大きく低減できるという点。熱伝導率を小さくすることができると、利用する熱流の損失を抑えることができるので、熱電変換効率を高めることができるとする。

2つ目は、粒界への銅原子のドーピングによって、粒界の化学的な組成や構造の制御が実現し、熱伝導率の低い多結晶材料でありながら、単結晶材料に匹敵する高い電荷移動度、すなわち高い電気伝導率を実現できることが見出された点。これにより、ジュール発熱によるエネルギー損失を抑えることが可能となるという。

  • 熱電材料

    今回の高性能化原理による高い電荷移動度(左)と性能指数ZT(右) (出所:共同プレスリリースPDF)

なお今回開発された材料を構成するマグネシウム、アンチモン、銅のうち、銅やマグネシウムは地球上に豊富に存在していることが分かっている。また、アンチモンに関しては決して豊富とまでは言えないが、テルルに比べると1~2桁多い埋蔵量と見積もられており、価格の低減につなげることが可能だと見られると研究チームでは説明しているほか、研究成果という点では、新たに見出された新規なフォノン散乱効果や粒界制御効果は、今回のターゲットとされた熱電材料の高性能化の実現に貢献しただけでなく、ほかの熱電材料の高性能化にも活用できる可能性があることしており、今後、さらなる成果につながることが期待されるとしている。

また、開発されたオリジナル材料を用いて、8対の熱電モジュールを作製し、室温と320℃の温度差における実証実験が行われたところ、Bi2Te3系の世界最高クラスの性能モジュールに匹敵する7.3%の高い熱電変換効率が確認されたという。

  • 熱電材料

    今回開発されたMg3Sb2系材料で作成されたモジュール(左)とその変換効率(右赤丸の点) (出所:共同プレスリリースPDF)

なお、材料性能から見積もられる理論効率は約11%であるため、さらなる高効率化も見込まれるとしており、これを活用していくことで、Society 5.0を実現するために必要な無数のセンサ用自立電源向けの熱電モジュールの実用化につながることが期待されるとするほか、今回の研究で見出された新原理を活用していくことで、ほかの温度域にも活用できる新規な高性能熱電材料の研究開発にもつながることが期待されるとしている。