東京理科大学(理科大)、高輝度光化学研究センター(JASRI)、島根大学の3者は10月16日、大型放射光施設「SPring-8」で行った高輝度放射光解析と第一原理計算を組合わせ、高い性能を示す熱電材料「Sb添加Mg2Si」の熱電特性の起源となる構造変化と電子状態を明らかにしたと発表した。

同成果は、理科大基礎工学部材料工学科の小嗣真人 准教授、同・角野知之氏(修士2年生)、同・飯田努 教授、JASRIの保井晃 主幹研究員、同・新田清文 研究員、島根大学次世代たたら協創センターの平山尚美 准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、「Applied Physics Letters」に掲載された。

現在、熱電発電は、化石燃料の枯渇や地球規模での気候変動といった環境問題の解決に貢献する技術として注目されている。未利用熱を効率的かつ低環境負荷で、電気エネルギーに変換する材料の研究開発が活発化している。

  • アンチモン添加ケイ化マグネシウム

    熱電発電のメカニズム。熱電素子は単純なデバイス構造で可動部がないため、長寿命で保守作業を余り必要としない点が特徴 (出所:理科大Webサイト)

その高い性能から次世代の熱電交換材料として注目されているのが、「ケイ化マグネシウム」(Mg2Si)だ。中でも、アンチモン(Sb)を添加したMg2Siは、さらに高い性能を示すことから、特に注目されている材料だ。ただし、アンチモンを添加することで、なぜMg2Siの熱電性能が向上するのかは、これまでのところわかっていなかった。

性能指数は、熱電材料としてのパフォーマンスを定義する重要な機能的指標だ。性能指数は材料の格子構造と、フェルミ準位近傍の電子状態に左右されるため、高い性能指数を実現するためには、局所構造の詳細な解析と電子状態を調べることが不可欠となる。

そこで共同研究チームは今回、大型放射光施設SPring-8の「広域X線吸収微細構造解析」(EXAFS)および「硬X線光電子分光」(HAXPES)を用いて、Sb添加Mg2Siの熱電特性の起源となる構造変化と電子状態の分析を実施した。

EXAFSは励起した原子周辺の構造を分析できることから、希薄な不純物原子の導入サイトの特定および周辺原子の構造解析が可能だ。一方、HAXPESは材料そのものの「価電子帯」(電子がいる確率が最も少ない、エネルギー準位的に一番高い最も外側の軌道)や「フェルミ準位」(エネルギー準位的に真ん中の、電子が50%の確率で存在する軌道)などの電子状態を直接調べることができる。

こうした分析が可能なことから、今回の研究ではアンチモンを添加することでMg2Siにどのような構造および電子状態の変化が起こっているのかが、調べられたのである。また今回の研究では、プラズマ放電焼結法で1%の亜鉛、もしくは0.5%アンチモンおよび0.5%の亜鉛を添加したMg2Siが試料として用いられた。

EXAFSでは、まずアンチモンについての「蛍光X線吸収微細構造解析スペクトル」を取得し、測定データから「動径構造関数」が算出された。動径構造関数は原子間距離によって連続的に変化することから、局所構造の評価には必須となる。

そして実測値との比較のために、3つの異なる局所構造モデルが作成され、それぞれの動径構造関数が算出された。モデルから得られた数値と実測値と比較し、どの局所構造モデルに近いかの検討が行われ、その結果としてアンチモンがSiサイトに置換することで第1近接原子(Mg)の原子間距離を約5.5%広げていることが確認された。これは、アンチモンの価電子のひとつがキャリアとして供給され、電子状態に影響している可能性を示唆しているという。

  • アンチモン添加ケイ化マグネシウム

    アンチモンを添加したMg2Siの局所構造。今回の研究で、アンチモンがSiサイトに置換することで第1近接原子(Mg)の原子間距離を約5.5%広げていることが判明した (出所:理科大Webサイト)

またHAXPESを用いた解析では、励起光を入射し放出された光電子に基づき、光電子スペクトルを得ることが可能だ。その解析により、亜鉛1%を添加したMg2Siの価電子帯のスペクトルが、形状を変えずに低エネルギー側にシフトしたことが判明。それに対し、0.5%のアンチモンおよび0.5%の亜鉛を添加したMg2Siでは、価電子帯のスペクトルはさらに低エネルギー側にシフトし、形状も変化することが確認された。これは、フェルミ準位に状態があることを示唆しているという。

光電子スペクトルは状態密度関数と対応することから、測定によって得られた光電子スペクトルを解析するために第一原理計算により状態密度関数の理論予測も行われた。第一原理計算からは、何も添加していないMg2SiとZnを添加したMg2Siを比較したところ、両者のDOS分布の形状はほぼ変化がなく、フェルミ準位はバンドギャップ内に存在することが示された。

一方、アンチモンを添加したMg2Siでは、何も添加していないMg2Siよりもバンドギャップが小さく、フェルミ準位は伝導帯の裾に移動したことがわかった。さらに、アンチモンおよび亜鉛を添加したMg2Siにおける状態密度関数を比較すると、分布はほぼ形状を変えず、エネルギーのシフトはなかったことから、亜鉛は電子状態に大きな影響を与えないことが確認された。

これらの結果から、Siサイトに置換したアンチモンの周辺では、最も近い原子までの距離(最近接原子間距離)が広がるというわずかな構造変化と、置換したアンチモンからは価電子がキャリアとして供給され、それが伝導帯に添加されることで電子状態が変化することが判明したのである。

共同研究チームは、今回の研究で得られた知見は、未利用熱を効率的かつ低環境負荷で電気エネルギーに変換する熱電材料開発の礎となり、将来的には自動車の排熱発電などを通じた次世代エネルギー社会への貢献も期待されるとしている。