オフィス移転や新規開業。取引先などに贈る法人間のお祝い花といえば、胡蝶蘭が主流だろう。ところが育てるのが難しい花だけに、せっかくもらっても枯らしてしまう例も少なくない。事業者として植物を処分する際には事業ゴミに分類されるため、廃棄コストもバカにならないという。

せっかくのお祝いの気持ちがムダになってしまう現状をなんとか変えたいと、新しいお祝い花のサービスを立ち上げた会社がある。

花を贈った原体験

「お世話になっている取引先や協業先に、ちゃんと血の通った贈り物をして心から感謝を伝えること。そんなシーンを当たり前にしたい」と語るのは、法人向け贈答花サービス「Mawi(マーウィ)」を起業したCEOの木下雄登氏だ。このようなミッションを掲げる起業家には、なにかしら特異な原体験がある。

「学生時代に英国へ語学留学をしていたんですが、初日で僕は重度のホームシックにかかってしまいました。嫌々ながら学校に行くと、学内のカフェでバイトをしていたとびきりかわいい女の子に一目惚れしてしまい(笑)。彼女と会話をしたくて、一生懸命勉強をするようになりました」

  • 語学留学をしていた時代の木下さん(写真左)。ホームシックで心なしか元気がなさそうな表情をしている

拙い英語ではなかなか相手にしてもらえない日々が続き、やがて帰国日が迫ってきた。「とにかく振り向いて欲しい一心で花を買ってカフェに行き、プレゼントしました。ものすごく喜んでもらえて、彼女がバイトを終えるのを待ってデートに連れ出すことに成功しました。その場にいた人達も拍手して祝福してくれたんです」と照れくさそうに笑う。

木下氏はこの時、花を贈ることはただモノをあげるだけではない、人の気持ちを動かしうる素敵な体験であることに気付かされたという。会社名の「Mawi」は、この時花を贈った女性の名前だというから、よほど深い影響を与えているのだろう。

意味のあるお祝い花を贈るサービスを作りたい

人の心を大きく揺さぶる花の威力に魅了され、帰国後には大学に通いながら花屋やフラワーアーティストの元で働くようになった木下氏。そこで、とある現実と向き合うことになる。それは大量に届く胡蝶蘭などのお祝い花に手を焼く現場の事情だった。

「上場や移転があるとお祝い花の注文があります。指定された届け先にお祝い花を配達するんですが、受け取る総務の方が"またか"という明らかに嫌そうな顔をされるんですね。企業の規模が大きければ大きいほど、何十個と大量の花が届くので"その辺に置いておいて"と迷惑そうな様子の時もありました」

あれほど人の気持ちを揺さぶるはずの花がお荷物になっている状況に、落胆を隠せなかった。

「お祝いに花を贈る行為そのものが慣習的になってしまい、形骸化していると思いました。花よりも名前の入った大きな札が目立てばいいんです。さらに贈られた後に発生する鉢や土など廃棄の問題もありました」

  • お祝いでもらったはずの胡蝶蘭。会社の前で雑に廃棄されている様子にショックを受けて、この写真を撮ったという。「処理が面倒だと思うけど、贈り手がこれを見たらどう思うんだろう」と感じたと話す

エントランスホールを彩ったお祝い花は、一定期間が過ぎるとゴミとして廃棄される。企業が捨てるものなので扱いは事業ゴミとなり、そのコストは数十万円にもなるという。「贈った人のなかには想いを込めた人もいるでしょう。でも、それがきちんと相手に届いていないのではないだろうか。企業間であっても僕が英国で花を贈ったように、ちゃんと想いを伝えるための手段として意味のあるお祝い花を贈れるような文化を作っていきたい。それがお祝い花のサービスを作ることにした理由です」と木下氏は語る。

決意を胸に秘め、大学卒業後はベンチャー企業でセールスやマーケティングなどを担当。ビジネスのノウハウを蓄積し、2020年に現サービスを立ち上げた。

ほかの花とは違うから印象に残る

Mawiのお祝い花はプリザーブドフラワーボックスを採用している。プリザーブドフラワーとは花に特殊な加工を施し、その美しさを半永久的に継続させられる技術だ。この加工した花を丸型や角型のボックスに入れてフラワーボックスにした。

花を贈ることに慣れていない人にとって花の色や種類、組み合わせを指定するのは至難の業だ。そこで誰でも簡単に手配できるよう、同社のサイトでは贈る先の企業のURLを入力するとコーポレートカラーでフラワーボックスが作れるよう仕組みを簡素化。購入ハードルを下げる工夫をした。生花では存在しない青色や黒色などのバラも作れるため、どんな企業ロゴでもフラワーボックスに仕立てることが可能だ。

  • サイズはSからLLまであり、小型のものならデスク上に飾れる。顔を上げたり、ふとした瞬間に思い出してもらって、受注に繋がったケースもあるそう

「ほかの企業が従来どおりの札付きの胡蝶蘭が並ぶなか、このプリザーブドフラワーボッックスならば他社とも被りません。贈る先の企業イメージを花で表現しているので、非常に喜んでもらえたと好評です」

このデザインが印象に残りやすいため、なかには花を贈った取引先から"御社(花を贈った側)のことを思い出す機会が増えた"と言われたケースもあり、営業的な効果を実感される例もあるという。

就任祝いにプリザーブドフラワーボックスを贈った例では、本人が自宅に持ち帰って家のなかに飾った人もいたそうだ。くつろぎを求める家のなかにインテリアとして楽しんでもらえるなら、贈ったかいがあるというもの。プライベートな時でも花を通して贈り主を想起させられるのは営業面でもプラスの作用を期待できるだろう。

コロナ禍で進む社員のリモート化にもフィットした

同社では独自に、お祝い花の贈答経験がある経営者や総務などのビジネスパーソンに「コロナ禍におけるお祝い花の在り方」についてアンケート調査を実施。319人から回答を得ている。このアンケートで改めて見えてきたのは"贈られた側の負担"だったという。

「"コロナ禍に適したお祝い花はなにか"と質問をしたところ、約半数の方がプリザーブドフラワーボックスと答えています。理由としてメンテナンスが不要であることを挙げる声が多かったんです」。リモートワークが進み、社員が出社しない企業が増加している。オフィスに人がいない状況で、手間のかかる生花では持て余してしまうのは明らかだ。

一方で水やりなどの世話がなく、枯らす心配がないプリザーブドフラワーは贈り先に負担になることはない。出社したタイミングで本人の手に渡ったとしても花は美しい姿を保ったままだ。

本来は昇進や就任、移転、開店など「おめでとうございます」という祝う気持ちを込めて贈るお祝い花。それが"どこの誰か、名前を目立たせて贈る"ための添え物になってしまっていないだろうか。美しい花や葉の緑が誰かの心を癒やし、喜ばせるという贈り物の原点に立ち返って本当に喜ばれるお祝い花がなにか、再検討してみてもよさそうだ。