落ち着いた紺色の背景に、素朴なレモンのイラストをあしらったロゴ……従来、レモンサワーの缶チューハイは「銀色で、フレッシュなレモンの輪切りの写真」といったものが多いなか、"らしくない"パッケージの「檸檬堂」。2018年5月より九州でテスト販売を行い、2019年10月からの全国展開をするとともに、一時的に品切れになるほど爆発的な人気を得たシリーズだ。
これまで一切アルコール飲料を扱ってこなかったコカ・コーラが、レモンサワー市場に突如参入してきた、まさに黒船のような製品と言えるだろう。
なぜコカ・コーラがレモンサワーを作り、ヒットに導いたのか。社内でも極秘に進められたというこのプロジェクトについて、日本コカ・コーラ マーケティング本部のパトリック・サブストローム氏に伺った
20年周期の"レモンサワーブーム"にマッチさせた檸檬堂
この異色のレモンサワー「檸檬堂」は、今まで缶チューハイを飲んでいた既存ユーザー以外の購買も多いという。新たなレモンサワーユーザーという市場を開拓したこの製品、ターゲットはどう想定していたのだろうか。
檸檬堂の企画開発を手掛けたサブストローム氏は「実は、僕自身も缶チューハイを飲まない側の人間でした。お酒は大好きですけど」と笑う。既存のユーザーを取り込んだり新規開拓を狙うのではなく、シンプルに「どういう製品なら自分たちが飲みたくなるか」という考えのもとに開発したそう。
「1960年代に生まれたレモンサワーは、1980年代にブームが起き、2000年代に缶チューハイでさらに広がりました。そこから20年経ち、今の人が好むレモンサワーってなんだろうなと」。
健康志向とも相まって若年層にも好まれるレモンサワーだが、最近では専門店がオープンしたり、素材や製法にこだわり1杯1,000円近くするものなど、さらなる進化を見せている。60年前に生まれた飲み方がなぜ今もなお支持されるのか、実際に居酒屋を巡って徹底的に考えたという。
「実際にレモンサワーが美味しいお店や専門店に行くと、店主も客層も若い。雰囲気やメニューひとつとっても『懐かしいけれど古臭くない』デザインや要素が作り込まれているんです。味はもちろん、お店のトーンやマナーも参考にしました」とサブストローム氏は語る。
「今の時代に飲みたくなるレモンサワー」にこだわった開発者の狙いは、消費者のニーズにしっかりはまったようだ。
あえて人気のレモンサワー市場に乗り込んだ理由とは?
コカ・コーラは、これまでアルコール飲料を手掛けたことがなかったという。なぜこのタイミングで、しかもライバルの多いレモンサワー市場に参入したのだろうか。
「会社としてビジネスを拡大する際、まだ製品を出していない部分を考ると"アルコール"だったんです。どの国のコカ・コーラもやっていないことですが、お茶やコーヒーなど、日本は飲料業界では先進的な場です。イノベーターとしてチャレンジしようという意識はありました」。
果汁飲料や炭酸飲料で培ったノウハウを活かせるとはいえ、アルコール飲料市場の知見がないスタート。カクテルやハイボールといった選択肢もあったが、低アルコール飲料(RTD)市場参入にあたり調査を行ったところ、市場の3割を占める最大分野がレモンサワーだった。
「初めてなので何をやっても大変ですし、それならばあえて一番難しいところに参入しました」。そんなチャレンジングな精神を持つサブストローム氏。リサーチを続けるうちに、最近人気のレモンサワーは、ひと手間ふた手間かけたものが多いことに気づいたそう。「これを製品化したら面白いのでは? という気づきが檸檬堂を開発するきっかけに至りました」と当時を振り返る。
美味しさの秘密を探るため、全国の居酒屋をめぐるなかで、レモンを丸ごとすりおろしてアルコールに漬ける「前割りレモン製法」のヒントを見つけたそう。
「店のカウンターにレモンが漬けられた瓶があり、すくって割って出す形式のお店が多かったんです。店の方に聞くと、レモンの油分に含まれる美味しさや香りをアルコールで全部引き出すためだと教えてもらいました」。
もうひとつは「鹿児島の前割り焼酎」がベースとなっている。「来客の数日前に水割り焼酎を作り置き、酒と水の分子が結合させまろやかな味にさせるというもの。鹿児島ではお客様をもてなす方法として広く知られている作り方です。前割り焼酎も、レモンを漬けることも、どちらも"こだわり"や"もてなし"の心がありますよね。この考えから『前割りレモン製法』にたどりつきました」。
「パッケージに輪切りレモンを描かないの?」チューハイ缶の常識を打ち破れ
ブランドの要素の中でも、最初に手にとってもらうきっかけとなる「パッケージ」と、リピートしてもらうための「味」は特に重要だ。競合が多いジャンルで勝つためにも、先行する製品との差別化にはチャレンジを繰り返したという。
「既存の缶チューハイのパッケージは、"銀色で輪切りの果実"のものが主流です。でも、飲用シーンを見ると仕事が終わって1日頑張った自分をねぎらうために飲むことが多い。そのとき家に置きたいパッケージはどんなものだろう? とメンバーと考えたときに、ちょっとほっとする、人肌が感じられる物が良いのかなと」。馴染みの居酒屋のような、昔からありそうな日本らしいデザインは、女性にとっても手に取りやすいパッケージになった。
さらに、檸檬堂はその名の通り一貫して「レモンサワーのみ」を扱う。多くのブランドは様々なフレーバーを出す中で、なぜレモンにこだわったのだろうか。
「最も売れているフレーバーがレモンだったからということと、僕たちの中で、檸檬堂は『レモンサワー専門店』という位置づけだったからです。実際の店では複数の味が選べますし、お客さんごとに味の好みやお酒の強さも違います。そう考えた結果、必然的にレモンだけでラインナップを揃えました」とサブストローム氏は語る。
当初はアルコール3%の「はちみつレモン」、5%の「定番レモン」、7%の「塩レモン」でスタートした檸檬堂。次いで9%の「鬼レモン」を、さらに今年12月28日には無糖の9%「カミソリレモン」が発売される。
低アルコール市場が伸びている理由は、消費者の好みが細分化している現状にマッチしていることがあげられるという。檸檬堂もまた、レモンサワーという縛りを作りつつ、飲み手ごとに合わせたラインナップを広げているのだ。
サブストローム氏をはじめ、チームメンバーの誰しもが初めて手掛けるアルコール飲料。試飲にも苦労したという。「ちょっとほろ酔い加減になると次第に味の違いがわからなくなってきちゃうんですが、『酔ってからの味わいの違い』の評価もする必要があるので、必要だったと言えます。唯一困るのは、酔って気が大きくなり『これで行こう!!』と決めても、翌日冷静になって『やっぱりなんか違うなあ……』と思うことでしたね(笑)」。
まだ世にないものに対しては、不安を感じるもの。社内では「果物の輪切りがないと美味しそうに見えないのでは?」「ブランドの広がりがなく、レモンだけで生き残れるのか」といった懸念も出たそうだ。
「言われそうな課題は、チーム内で先にディスカッションを済ませておいて、意見が出たら丁寧に説明・説得をしました。ブランドとして選ばれるものを世の中に作りたい、フルーツのシズル感に頼らずに檸檬堂のブランドを作りたかったんです」と過去を振り返る姿からは、「檸檬堂」ブランドに対する強い信念を感じられた。
消費者に愛されるブランドへ
「檸檬堂」のユニークさのひとつには、その販売手法もあげられる。スタートは九州でのテスト販売だった。元々お酒にこだわる地域である九州でどういった評価をもらえるのかを見たかったという。
「お酒好きの方からの評判は良かったですね。さらに、九州に旅行や出張をする方が土産にしたり、九州に住む方から送ってもらったという方も。SNS上で『檸檬堂を九州から密輸する』という表現が使われたり、楽しんで飲んでくれている様子はうれしかったです」。
これだけヒットしているものの、前例がないため販売数で成功したかどうかは一概に言えないという。しかしそれよりも、SNSの投稿などから消費者の反応の違いに手ごたえを感じているようだ。
「檸檬堂を手に持って撮ったセルフィ―の投稿も多くあります。販売数以上にブランドとして愛してもらえてるんだなと励みになりますね」。
最後発だからこそ、独自のこだわりを追求した「檸檬堂」。味わいはもちろんパッケージやラインナップなど、一貫して「レモンサワー専門店 檸檬堂」という世界観が作られている。手に取って飲むと伝わる作り手のこだわりが、今まで缶チューハイを飲まない方にも支持される理由なのかもしれない。