仕事を円滑に進めるには、コミュニケーション能力が重要だということはいうまでもありません。多くのビジネスパーソンが「人にうまく話を伝えられる人」になりたいと思っていることでしょう。そこで登場頂いたのは、『「考える技術」と「地頭力」がいっきに身につく 東大思考』(東洋経済新報社)を上梓したばかりの現役東大生・西岡壱誠さん。
東大生をはじめとした頭がよく説明力がある人が持つ思考回路、また、どうすればそういう人になれるのかというポイントを聞きました。
■「目的」を伝えられなければ、相手の理解度は上がらない
結論からいうと、「人にうまく話を伝えられる人」は、話の「目的」をしっかりと相手に伝えられる人です。
このことは、話を聞く側の立場になって考えてみるとわかりやすいと思います。誰かに話しかけられたとき、話の目的がわからず、「どうしてこの人はこんな話をするんだろう……」と思ったままでは、どう返答したらいいのか困ってしまいますよね?
たとえば、唐突に「おすしは好きですか?」と聞かれたとします。それだけでは、「はい」か「いいえ」のどちらかしか答えようがありません。
でも、質問した側としては、「いいすし店を見つけたので、一緒に行きたい」と思っているかもしれない。その目的が最初から自分に伝わっていれば、内容もしっかり頭に入ってきますし、相手の目的を把握したうえでの返答をすることができます。
たとえば、先の質問が、「いいすし店を見つけたのですが、おすしは好きですか?」だったとしたら、「好きですよ。ぜひ連れて行ってください」とでも返答できるでしょう。しかしながら、「おすしは好きですか?」だけでは、最終的な目的を伝えるところまでたどり着いていません。
話す目的を伝える重要性は、東大生と交流するなかで感じたことでした。東大生の友人に何気なく話しかけると、「どうしてその話をするのか、その意図を教えてくれ」とよくいわれたのです。なぜなら、話の意図、つまり目的を把握したうえで話を聞くかどうかで得られるものも相手に返せるものもまったくちがってくることを彼らは知っているからです。
いってみれば、以前のわたしは、相手に話の目的をきちんと伝えられない、「人にうまく話を伝えられない人」でした……(苦笑)。
それから、以前のわたしのような「人にうまく話を伝えられない人」にある傾向として、「中身をつくり込み過ぎる」ということもあります。本来伝えるべき目的をないがしろにしたまま、ちょっといいエピソードを入れようとか、こんな話し方をしてみようなどと考えて、目的より「手段」をつくり込むのです。
でも、プレゼンをすることを考えればイメージしやすいと思いますが、プレゼンの目的であるエグゼクティブサマリーをきちんとつくっていないまま、スライドのデザインなどの手段をつくり込むことにはなんの意味もありませんよね。
■「本のタイトル」に注目して、「目的」を意識する
では、目的をしっかりと見据えて相手にうまく話を伝えられるにはどうすればいいでしょうか。わたしからまずおすすめしたい習慣は、「本のタイトルに注目する」ことです。
世にある多くの本のタイトルは、「どうすればこの本の中身をわかりやすく簡潔に読者に伝えられるか」と著者や編集者が熟考して考えたものが大半です。本のタイトルとは、わたしがいうところの話の目的だといっていいでしょう。
わたしがすごいと思ったの作品のひとつは、『走れメロス』です。じつは、あの作品のなかでは登場人物の誰ひとりとして「走れメロス」とはいっていません。ですが、『走れメロス』というタイトルを見ている読者は誰もが、読み進めながら「走れメロス!」と心のなかで応援するでしょう。
死刑になることをわかっているのに、人質となっている友人を救うために必死に走るメロスの誠実さを伝えるという目的、そして、メロスを自然に応援したくなる読者の気持ちをも完璧に表したタイトルといえます。
もちろん、なかにはちょっと中身とずれているようなタイトルの本もあるかもしれませんが、多くはしっかりと考えてつけられているものです。「どうしてこの本のタイトルはこうなったのか?」と考える習慣を身につけることが、自分の話の目的をきちんと考える習慣を身につけることにもつながると思います。
また、人の話を聞くときにも、相手がどんな目的でその話をしているのかと考えることも大切です。先の例ではありませんが、なかには「どうしてこの人はこんな話をしているんだろう……」と思うような、目的が見えない話をする人もいるでしょう。そういうことも反面教師にすればいい。
「自分は目的をセットにしてきちんと話そう」と考えることにもつながるでしょう。
■「例」「比喩」に注意! 話し上手はたとえ上手
もうひとつ、人にうまく話を伝えられるようになるためにおすすめしておきたいのは、「例や比喩に気をつける」ことです。
「たとえば」とか「たとえるなら」は、ふだんの会話にも頻出する言葉ですが、なかには逆に相手を混乱させてしまうケースもあります。なぜそういうことが起きるかというと、相手に寄り添った例や比喩を提示できていないから。話す側は、話そうとしている内容をきちんと理解しているのは当然です。
でも、それをそのまま話して相手が理解してくれるかどうかは相手次第なのです。野球のことをまったく知らない人に対して、あることを野球にたとえて話しても相手は一切理解できません。
例や比喩は、「このことを説明したい」という目的を達成するための手段です。その手段として適切な例や比喩を提示するためには、目的と相手との「距離」を意識してみてください。
その距離が遠いのなら、近づけてあげる必要がある。先の野球の例のように相手にとってまったく専門外のことを話すのなら、相手がすでに知っていることを使った例や比喩を提示してあげることを考えましょう。
人間は、「まったく新しいもの」は理解できません。ある程度の想像がつく、「自分の知識の範囲内にあるもの」なら理解できますが、想像できないほどに自分と距離がある事柄は理解できないのです。「話し上手はたとえ上手」ともいわれますが、わたしはまったくそのとおりだと考えています。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹