はじめに

音楽を聴くとき、スピーカーは常に中心的な位置を占めてきました。そして今、ワイヤレス接続、デジタル信号処理、スマートスピーカーの出現によって、スピーカーの設計は新たなレベルに進化しようとしています。ここでは、アクティブフィルター技術の導入など、次世代型のスピーカー設計に関わる重要な動向を詳しく紹介していきます。

1920年代初頭から今に至るまで、オーディオ信号を再生する役割を第一に担ってきたのがスピーカーです。スピーカーは長年にわたって技術的な進化を遂げ、また高品質の音楽ストリーミングとスマートスピーカーの出現を受けて、数のうえでも増え続けています。忠実で高品質な音楽再生を実現するために、次世代スピーカーには多くの高度な設計技術が組み込まれています。以下の記事では、オーディオ再生の忠実度を高めるために導入された技術を見て行きます。

  • スマートスピーカー

    次世代のスピーカーは、より多くの高度な設計技術の活用が求められるようになっています

ハイエンドアクティブスピーカー

現在のスピーカーの多くは、アクティブスピーカーです。アクティブスピーカーでは、オーディオ信号は入力時に、電子的なアクティブ/クロスオーバーフィルターによって、2つの周波数帯域に分割されます。アンプからの信号をスピーカー側で受け取る「パッシブ」クロスオーバーではなく、入力時点で信号を分割することのメリットのひとつは、効率です。パッシブクロスオーバーは、高電圧で非効率な巻き線部品を使用するため、アンプから大量の電力を奪います。

一方、アクティブクロスオーバーフィルターは、より精度が高く、損失の少ない設計が可能です。出力信号レベルを個別にコントロールできるため、クロスオーバー出力と個々のドライブユニットの感度を簡単にマッチングできます。ドライブユニットのインピーダンスが変化しても、アクティブフィルターの性能は影響を受けません。ドライブユニットのボイスコイルの温度が上昇するとインピーダンスが変化しますが、パッシブクロスオーバーの場合は、クロスオーバーポイントが変更され、歪みが発生することがあります。

クロスオーバーからの出力である2つの周波数帯域は、それぞれが別個のアンプに供給されます。1つは高周波ドライバー(ツイーター)用、もう1つは中/低周波ドライバー(ウーファー)用です。このように2つの独立したアンプを使用すると、それぞれが制限された帯域幅で動作するため、相互変調歪みが減少します。通常はDSP(デジタル信号処理)を内蔵した高効率のD級パワーアンプを使用することで、出力を最適化し、ドライバーを保護しています。

高品質オーディオアンプ集積回路(IC)、DSP、そしてSoCの普及も、これらアクティブの設計の促進に影響しています。さまざまな機能、変換、処理、通信を、デジタルまたはアナログ領域に設定することで、音質が最適化されます。ワイヤレス接続によって高品質のストリーミングサービスと接続ユニットにアクセスし、Spotify ConnectやApple Airplay 2などのアプリケーションを利用することで、マルチルーム体験が実現できます。

アンプの技術革新

D級アンプは、スタンバイ電流が小さい高効率オーディオアンプです。増幅素子(トランジスタ)はスイッチとして動作し、入力信号に応じて完全にオン、または完全にオフになります。これらトランジスタ(一般的にMOSFET)は、オン/オフ(スルーレート)時間が速く、オン抵抗も小さいという、アンプの効率にとって重要な特性を備えています。オーディオ入力と精密に生成された三角波がコンパレーターに入力され、その出力(パルス列)がトランジスタに供給されます。

次に、トランジスタは2つの電源ライン間で交互に「急激に」オンとオフを切り替えます。このようにして出力パルス波形が生成されます。パルス幅は入力の瞬間的な信号レベルに比例します。最後に、この出力をローパスフィルタに通すことで、元の入力信号が再現されます。

このクラスのアンプは従来、内部で高周波が発生すること(RF干渉)、減衰係数が小さいこと、またスピーカーコーンの偏位を制御する能力が限定されていることから、重量、効率性、小型化を重視して設計されてきました。例としては、カーオーディオ、ライブサウンド、ポータブルシステムなどがあります。しかし近年の技術革新の結果、D級アンプはリニアアンプと競合できるようになってきました。GaNなどのトランジスタ技術の発展によって、非常に優れた全高調波歪み(THD)特性が得られ、その値は多くの伝統的なリニアアンプを上回るようになりました。

他にも、ダイレクトデジタルフィードバックアンプ技術(独自のクローズドループデジタルアーキテクチャーに基づき、高解像度DSPを使用して忠実なオーディオ特性を実現する技術)などの技術革新により、このクラスのアンプはさらに進化しています。アクティブスピーカーでは、この技術を設計に取り入れ、ドライバーのインピーダンスと応答に合わせることができるようになりました。その結果、あらゆるレベルで一貫した音質が得られ、また、ドライブユニットも損傷から守られます。

デジタルルームチューニング(DRC)

ソフトな素材の家具やパイプボックスなど、リスニングルーム内ではさまざまな素材や形状のものが使われるため、反射特性はすべての周波数に対して同じではありません。周波数に応じて、波形は反射し、衝突し、混沌とした状態で吸収されます。そのため、建設的あるいは相殺的干渉が現れる領域が生じます。特定の周波数が増幅される領域(ノード)と減衰する領域(アンチノード)が、部屋中に形成されます。部屋の境界とスピーカーの位置関係、さらに視聴位置も、干渉に大きく影響します。このような環境は、音の明瞭さという点で、確かに理想的ではありません。その干渉量は非常に大きく、耳に届く音楽の音色を変えてしまうほどです。これは「コムフィルター効果」と呼ばれています。

レコーディングスタジオでは、コントロールルームでサウンド処理とルーム補正を併用して、知覚できる音への部屋の影響を最小限に抑えてきました。一方、DRCシステムは、特定の部屋に応じたスピーカーの効果を、通常3つのステップで最適化することを目的としています。まず、システムは一定の周波数範囲に対する部屋の反響を測定し、周波数のランダムな広がりを含むオーディオ信号をスピーカーから再生します(ピンクノイズ)。リファレンスマイクが視聴位置に設置され、対象の周波数範囲での室内の反響が分析されます(スペクトル分析)。

このデータを使用してフィルターを生成し、「トラブル」周波数を増幅または減衰させて、部屋の反響を効果的に「フラット化」します。こうしてフィルターが設定され、オーディオプログラムに適用されます。現在、多くのスピーカーにはDSPが採用されているため、このDRCシステムを機能の一部として構築できます。リファレンスマイク付きの単独のDRCユニットも利用できます。この技術は、次世代デバイスではごく標準的な機能になりつつあります。