フレディ・マーキュリーの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』が爆発的ヒットを果たし、レディ・ガガの初主演映画『アリー/スター誕生』も人気を集めるなど、ハリウッドで音楽映画ブームが巻き起こっている。
そんな中、エルトン・ジョンの半生を描くミュージック・エンタテインメント映画『ロケットマン』(8月23日公開)が日本に上陸。『ボヘミアン・ラプソディ』で最終監督を務めたデクスター・フレッチャーが監督を担い、ミュージカルシーンやファンタジックな映像など、わくわくするような自由さでエルトンの波乱に満ちた人生をつづる本作。来日したフレッチャー監督を直撃し、エルトンとフレディの共通点と共に、音楽映画ブームへの思いを語ってもらった。
――エルトン・ジョンがスターダムを駆け上がっていく興奮だけでなく、薬物中毒や両親との間に抱えた問題など、彼の暗い部分も赤裸々に描かれています。エルトン自身も製作総指揮として映画化に関わっていますが、彼からはどんなオーダーがあったのでしょうか。交わした言葉で印象的なものなどはありましたか?
エルトンからは「こういうことはするな」とは一度も言われたことがなかったんだ。むしろ「正直に包み隠さず、何もかもを語ってほしい」「事実をありのままに描いてもらって、何も問題ない」と言われたよ。彼はもともととてもオープンな性格で、過去に悩んだ薬物依存やアルコール依存についても、オープンに語っている。あれほど浮き沈みの激しい人生を送っている人もなかなかいないと思うくらい、波乱の人生だよね。ドラマとして考えても、落ちるときはとことん落ちて、そこからまた這い上がってくるという人生の波は、人々を非常に惹きつけると思った。エルトンが「ありのままを描いてほしい」と言ってくれたことで、“ありのままの自分を受け入れて、自分を愛することの大切さ”をメッセージとして送る映画になったと思っているよ。
――世界中にエルトンのファンがいますが、彼らの存在はプレッシャーにはなりませんでしたか。
最初は、プレッシャーに感じた部分もある。だからこそ、“ミュージカル・ファンタジー”という形式をとったということもあるんだ。本作はドキュメンタリー映画ではないので、もちろんハードコアなファンに敬意を評しつつも、すべてが事実に忠実である必要はないと感じて映画化に臨んだ。僕自身、スキージャンプ選手のエディ・エドワーズの物語を描いた『イーグル・ジャンプ』、クイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』で実在の人物を描いてきたけれど、そもそも2時間でその人の人生を余すところなく撮るなんていうことは、不可能なんだ。ある一点に焦点を絞って描いていくことが大事だと思っているよ。
――『ロケットマン』で柱として考えたのは、どんなことでしょうか。
もっとも力を入れたのは、ハートの部分だ。実際に起きた出来事をそのまま描くのではなく、そのときの感情を映し出すこと。例えば、トルバドールでやったアメリカでの初ライブシーンでは、エルトンや観客が浮き上がっていく演出をしているけれど、もちろん実際にはそんなことはないしね(笑)。何か大変な、マジカルなことが起きている。そういった感情、ハートを描きたいと思っていたんだ。
――エルトン役を、『キングスマン』シリーズのタロン・エガートンが演じています。歌唱シーンではタロンがすべての楽曲を自らの声で歌い上げています。実際に歌唱してもらうことは、エルトンのハートを表現する上でも欠かせなかったことでしょうか。
確かにキャスティング段階でも、タロンが歌を歌えるとういうことは大きなポイントだった。音楽の伝記モノにもいろいろあって、それぞれ音楽の使い方も違うし、口パクだったりする映画もある。でもエルトン・ジョンというペルソナの下にある素顔や、胸の内を表現するためには、本当の歌で伝えてほしかった。そういった意味でも、演技力と歌唱力を兼ね備えたタロンでなければ、この映画は成立しなかったと思っているよ。映画冒頭では、「I Want Love」を家族それぞれが歌うシーンがある。もちろんみんなタロンほどうまくはないんだけれど(笑)、メロディに乗せてその人の心情を演じられる役者が、この映画には必要だったんだ。
――『ボヘミアン・ラプソディ』は日本でも大ヒットしました。いま世界的に音楽映画ブームが巻き起こっているのは、どんな理由だと思いますか?
そういった映画が人気の一つには、まず誰もが実話に基づくストーリーが好きだということがあると思う。事実は小説より奇なりといったように、『伝説的な人々の人生には、本当にこんなことが起きていたのか?』と知ることに興味を持っているんだと思う。そして悲しいことに、今やどんどん荒んだ世の中になっていて、みんなが現実逃避を求めている。心を揺さぶる音楽と共に、思い切りその世界に没頭させてくれる体験というものを望んでいるんじゃないかな。映画館ならば、大勢の人と一緒にそれができるんだからね。本作はまさにそういう映画で、エルトンの楽曲と共に、プールの底から空の上にまで飛び立つような、すばらしい空想の世界へと連れて行ってくれるはずだよ。
――エルトン・ジョンとフレディ・マーキュリーの人生を描く上で、欠かせなかった要素は“孤独”のようにも感じます。
その通り、エルトンもフレディも孤独だった。彼らは、街を歩けば「エルトン!」など声をかけられる。誰もが自分の名前を知っているという状況だよね。でも彼自身は、その人のことをまったく知らない。それってものすごく孤独なことだと思う。どれだけたくさんの人に囲まれていても、自分は誰のことも知らない。本作を観ると、スターというのは、名声や地位を得てゴージャスな生活を送っているものだけれど、たくさんの人に囲まれていればいるほど、孤独だったんだということがわかると思う。また世界中がネットワークでつながり、あらゆることを共有できるようになった世の中では、逆に一人一人の孤立感や孤独は深まっているような気がしている。だからこそ、エルトンやフレディの孤独が人々を惹きつけるのかもしれないね。
英国アカデミー賞にノミネート経験を持つロンドン出身の俳優であり、2011年に『ワイルド・ビル』(11・未)で監督デビュー。その後、スコットランドの舞台ミュージカルを映画化した『サンシャイン/歌声が響く街』(13)を監督。2016年には、実在のスキージャンプ選手エディ・エドワーズの物語に基づく『イーグル・ジャンプ』(16・未)を監督、その年の後半にクイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』(18)の監督を引き継いでほしいと打診を受ける。監督としてクレジットされてはいないが、フレッチャーは撮影最後の数週間とポストプロダクションを引き継いだ。
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