仕掛けたわなを見に行くと……

翌朝の早朝、宿の前に集合。いよいよ昨日仕掛けたわなに、獲物がかかっているか見に行く。山の朝とあって、きっと寒かっただろう。でも、それよりもわなの状態が気になっていたし、このあと起こった出来事の印象が強すぎて、寒かったかどうかなんてまったく覚えていない……。

  • わなにかかっているか、いないか……ドキドキしながら山に入っていく

宿の裏山に入り、わなの付近を見てみると……獲物の姿はない。かかっていなかったのだ。近くに行ってみると、ひとつのわなが作動していたのがわかった。でも、ワイヤーにかかっていたのは木の枝。猟師の野田さんいわく「動物が軽く踏んだのは間違いないけど、うまくかからなかったんだろう」とのことだった。

  • 作動した形跡のあるわな。わかりづらいが、ワイヤーに木の枝などがかかっている

参加者たちが「残念だったね」なんて口々に話していると、野田さんに一本の電話が。内田さんからだった。なんと、内田さんの猟場に仕掛けていたわなには、一頭のシカがかかっているのだという。「今から止め刺し(とめさし※とどめを刺すこと)をするから、見にくるか?」とのことだった。そんな貴重な瞬間を見られるのなら、ぜひ見たい。二つ返事で内田さんの猟場に向かった。

道中、内田さんの友人だというシイタケ農家の方の車に同乗させてもらったのだが、山道を走りながら「あそこを見てみろ」と言われ、目を向けると一部分だけ禿げあがった山肌が見えた。「シカが木の幹や新芽を食べるから、ああやって山が死んじゃうんだよ」という。

  • 山の所どころに禿げた部分が見られる

山の中でシイタケを育てる農家さんにとって、シカは今や天敵。でも、獣害は人間がまいた種でもある、だからこそ複雑なんだ、と話していた。なんて答えたらいいか、いい言葉が浮かばない。思わず考え込んでしまった。

  • 木の新芽がすべてシカに食べられている。これでは木が成長しない

これが、狩猟の現場

そうこうしていると、山中の猟場に到着。内田さんが「あそこだ」と指さす方向には、一頭のシカがわなにかかり、もがいていた。僕らの存在に気づいたシカは、ワイヤーを噛んだり、逃げようと暴れたり、必死に抵抗している姿が遠目に見てとれる。わかってはいたけど、その光景はやはり痛ましい。胸が締めつけられる。

  • 【閲覧注意】わなに足をとられ、必死にもがくシカ

「可哀想だから、早く終わらせてあげたい」と棍棒を手にしてシカへと近づいていく野田さん。それを追っていこうとした矢先、「来ないでっ!」と鋭い声が飛ぶ。どうやら、足の骨が折れ、皮一枚でつながっている状況とのこと。足がちぎれたら、いつ突進してくるかわからない。

  • 【閲覧注意】止め刺しを行うため、野田さんがゆっくりとシカに近づいていく

そんな緊迫した空気の中、野田さんはゆっくりシカとの距離を詰めていく。最期の瞬間を悟ったのだろうか、シカは「キーッ、キーッ」と甲高い声をあげながら、激しくもがいている。次の瞬間、野田さんの振りおろした棍棒がシカの頭をとらえた。すぐさまシカはばたりと地面に倒れ込む。後ろ足をバタバタさせながら痙攣している。ナイフを取り出した野田さんは、シカの首筋をスッとひと突き。濃い色の血が、勢いよく流れ出す。それとともにシカの目は徐々に生気を失い、白く濁っていった。

  • 【閲覧注意】目を濁らせ、血が流れ出す。時折、足がバタバタと動いていた

  • 【閲覧注意】ちぎれかかった足は、骨がむき出しになり、皮がよじれている。痛かったろうに

――文字にすると、どうしても長くなってしまうが、これは本当に一瞬の出来事だった。でも、その鳴き声も、もがく動作も、巻き上がった土煙も、流れ出す血の色も、すべて鮮明に覚えている。

絶命したシカをロープで縛り上げて引っ張り、車の荷台へと運ぶ。触ってみたのだが、まだ温かいし、柔らかい。ふとお腹に目をやると、膨らんでいるのがわかった。妊娠していたのだ。また、わなの周りには小さな足跡がいくつも残っている。

  • 【閲覧注意】ロープをくくりつけ、トラックへとシカを運ぶ。もう、動いていない

  • 【閲覧注意】体に触れてみると、まだ温かい

それを見た内田さんは「子どもがいたんだな」とポツリ。わなにかかって動けない母シカに、子シカがおろおろと寄り添っていたのだろう。一晩中。……なんとも言えない。口をつぐんでいると、内田さんがこう続ける。

  • 【閲覧注意】お腹が膨れており、子どもを身ごもっていることがわかった

  • わなの周囲には子どもたちの小さな足跡が

「止め刺しに行ったら、わなにかかった親のそばに子どものイノシシやシカが寄り添っていたり、乳を吸っていたり、時には死んで乳が出なくなった母親の血をすすっていたり……いろんな光景を目にすることもある」

そう言った後、小さな声で「可哀想だろ、おれは可哀想で仕方ないよ」と漏らしていたのが、今も心に残っている。長年にわたって狩猟を経験してきた"猟師なのに"、いや、そんな"猟師だからこそ"の想いなのかもしれない。これが、狩猟の現場なのだ。

サラリーマンが狩猟体験で学んだこと

それから車で宿に戻り、食肉加工センターの見学や地元の飲食店でジビエ肉のピザをいただいたのだが、少し記憶が曖昧になっている。失われつつある山の自然も、猟師たちの想いも、獣害を受ける農家の方々の話も、そしてシカの最期の瞬間も、いろんなことが頭をぐるぐると巡っていたから。

  • ツアーを通じ、猟師という仕事の一端を垣間見ることができた

東京からたった2時間の場所で、息をのむような命のやりとりがあり、そんな命のうえに僕らの命は成り立っている。だから、もっと食べ物を大切にしてほしい? 自然環境を大切にしてほしい? そんなのは当たり前のこと。他にも、ツアーを通じて学んだことは本当に数多かった。でも残念ながら、そういう大そうなことを声高々に伝えられるほど自分は立派な人間じゃないし、たった一度の体験だけで偉そうなことを言いたくもない。

  • 自分が暮らす東京からわずか2時間で行ける、中伊豆。そこには自分の知らないことが数多くあった

ただ、ツアーを経験してひとつだけ言えるのは"知ることの大切さ"。何気なくスーパーに並ぶ肉も、もとをたどれば命があって、飼育した人がいて、食肉へと加工する人がいて、僕らの食卓へと並んでいる。そこにはいろいろな人たちの想いが込められているに違いない。知らなければ当たり前だけど、知ればこの当たり前が"いかに尊いのか"がわかる。

今回出会った猟師をはじめ、農家や役所の職員など狩猟に関わる人たちもまた、それぞれの立場でそれぞれの想いを胸に、一人ひとりが真摯に自分の仕事と向き合っていた。でも、生活のため、家族のため、やりがいのため……いろんな想いを胸に毎日懸命に働くべきなのは、僕らビジネスマンだって同じはず。

遠いようで近い"狩猟"を知ることは、きっと働き方や生活など今の自分を見直すいいきっかけになるに違いない。これだけは、自信をもって言える。