話題のドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の信友直子監督がこのほど、都内で取材に応じ、撮影の裏話を語った。

  • 『ぼけますから、よろしくお願いします。』の信友直子監督

この映画は、信友監督がアルツハイマー型認知症の診断を受けた母を抱えた家族の内側を、娘だからこその視点で丁寧に描いたドキュメンタリー。90歳を超えた父が80代後半の母の介護を始める日々が描かれ、自身も仕事を辞めて実家に帰るべきかという思いを持ちながらも「撮り続けることがディレクターとしての使命」と感じ、作り上げた作品だ。

最初はフジテレビ系情報番組『Mr.サンデー』(毎週日曜22:00~)で、2016年9月に2週にわたって特集。その後、継続取材とともに17年10月にBSフジで放送されて反響を呼んだことを受け、映画化が実現した。11月3日から東京・ポレポレ東中野で上映が開始されると口コミで話題となり、12月15日現在で48館での上映が決まっている。

きっかけは「ADがチクった」

カメラを回し始めたのは2001年だが、きっかけは「ただビデオカメラを買ったから(笑)」(信友監督)ということで、作品にすることは全く意識せずに家族のプライベートを撮影。14年に母が認知症の診断を受け、その日々を記録しようと考えたが、「父も母もプライドがあるので、両親が亡くなってから形にしようと思って、撮りためていました」という。

しかしある時、家族の記録と同じテープで撮っていた、ある映像のデジタル化を『Mr.サンデー』のADに依頼したところ、「同じビデオの中に映っている老夫婦は誰ですか?」と聞かれ、事情を説明。すると、「そのADさんが私になんのことわりもなく、プロデューサーに『信友さんがお母さんが認知症になってそれを撮影してるらしいです』とチクって、番組にしようとなって(笑)」と話が進んでしまった。

そこで、両親に相談しところ、「案外すんなり『お前の仕事だったら別にいいよ。お父さんもお母さんも年取って恥ずかしいことはないから』って言われて」と了承。それまで父親は頑なに介護サービスを受けることを嫌がっていたが、情報番組として介護生活の情報を伝える必要があるため、地域のセンターを取材すると、心配した担当者がうまく父親を説得して、サービスを受けることになるという思わぬメリットもあった。信友監督は「あのとき『Mr.サンデー』をやっていなければ、今頃まだ父と母は引きこもり状態だったと思うので、AD君がチクってくれて、本当に良かったなと思います(笑)」と振り返る。

  • 母・信友文子さん(左)と父・良則さん (C)「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会

撮影を止めたいと思ったことはなかった

劇中では、かつては気丈だった母親が「家族に面倒はかけたくない」と弱音を吐くなど、切ないシーンも多く登場するが、それを撮影しているのは、一人娘である信友監督だ。「ああいう風に言われると、娘としては本当にどうしようもなくて、ものすごいかわいそうで、最初のうちは私も一緒になって泣いてたんですよ。ディレクターとして人の気持ちを想像する訓練を積んでるから、母の気持ちを想像すると本当に絶望だと思って泣いてたんです」と、つらい心境の中での撮影を回想。

だが、「母も落ち込むときはトコトンへこむんですけど、あんまりへこんじゃうと疲れて寝ちゃうんですよ。その後起きると、もうニュートラルになって、いつものご機嫌な母に戻ってるんですね。それに翻弄(ほんろう)されてると損だなと思って、いなし方を覚えたというのはあります」と、切り替えられるようになったそうだ。

映画のキャッチコピーは「泣きながら撮った1200日の記録」だが、それでも「ディレクターとしてのスイッチが入っているので、(撮影を)自分から止めたいと思うことは一度もなかったです」と断言。『ぼけますから、よろしくお願いします。』というタイトルは、劇中にも登場する母親が実際に発した言葉だが、「母はブラックユーモアとか自虐とかが得意だったんです。母らしい言葉なので、絶対これだなと思いました」と、命名の理由を明かしてくれた。

父と母と私の共同作品

上映後は大きな反響を呼んでいるが、その中でも「『亡くなった父や母に会えたような気がします』という言葉は、すごくうれしいですね。ほとんどの方が、作品がどうこうよりも『うちの親が…』から感想を話し始めてくれるんです」とのこと。

「母があそこまでの老醜を晒してくれて、父も自分を晒してくれて、『ちゃんと見ておきなさい。生きていくということ、年をとっていくというのはこういうことだよ』というのを私に見せてくれて、『それを伝えていくのがお前の仕事なんだから』って言ってくれたんだな、と思うんですね。(上映後)舞台あいさつに出ていくと、みんなすごい泣いていて、熱を感じるんです。ここまで(家族の内側を)出していいのかと悩んだりもしたけど、それを見ると、父と母と私の共同作品だと思ってるから、出したかいがあったなというのはすごく思いますね」と、噛みしめるように語った。

広島の上映館では、父親が急きょ舞台に立って感謝の気持ちを述べる場面も。映画は、真剣な眼差しで見ていたそうで、「『どうだった?』って感想を聞いたんですけど、『いや、わしはあんまり聞こえんしな』とかはぐらかすんですよ(笑)。でも、いろんな人に『良かった』と言われるみたいで、それはすごくうれしいみたいです」と満足の様子。「良い親孝行ができてよかったなと思います」と、信友監督も笑顔を見せた。

  • 広島・呉ポポロシアターにて(前列左から)大島新プロデューサー、父・良則さん、信友直子監督

認知症も「悪いことばかりではない」

また、介護生活の中でも、「母が認知症だから笑えることも実は結構あって、そういうことを見つけるという新しい楽しみ方もあるなと思ってきてるんです」との考えを披露。「父が(舞台あいさつで)あそこまで活躍したというのもありましたし、自分の女房がピンチになるとここまで身をもって奉仕できる男なのかというのを知って、母は案外当たりくじを引いたんじゃないかって思えたり(笑)。認知症だからと言って不幸なことばかりではないので、サニーサイドを見ていこうという気持ちになるんです」と、前向きになれているそうだ。

母親は9月30日、脳梗塞になり、現在入院中。その症状で左手が動かなくなり、リハビリをしているものの、「目的意識を持っていないとリハビリは続かないんですよね。『お母さんは脳梗塞で左手が動かなくなったから、それを治すためにリハビリしようね』と言ったら『あぁ分かった。頑張ります』って言うんだけど、認知症だからしばらくたつと忘れて『なんで動かんのかね』とか言うんです」と、新たな課題に直面していることを告白した。

だが一方で、「どっちかと言うと(認知は)ハッキリしてきたような気がするんです。私が(病院に)行くと、『あぁ、直子よう帰ってきたね』とか言ってるので、それは栄養状態が良くなったからかな(笑)。やっぱり父が作るものだと、栄養が偏るのから。病院のご飯も食べさせてもらっていて、いい身分ですよね(笑)」と笑顔で話し、ここでも“新しい楽しみ方”を見つけている様子が垣間見られた。

こうした状況のため、今後の映像制作については、「(今回の作品で)燃え尽きましたし、これから先、母をどうするかということを考えるのが娘として第一なので、何か他のテーマで作品を作ろうというのはないです」と明言。それでも、「父と母のことは、今も撮っています」と、記録を続けていることを明かした。