ホンダは2018年12月14日に新型「インサイト」を発売する。初代インサイトは後輪の上半分を覆い隠す「ホイールスカート」など、主張の強い近未来的なデザインが目を引いたが、3世代目となる新型は一転してオーソドックスなカタチとなった。今回は、そんなインサイトのデザイン史を振り返ってみたい。

まるで“やんちゃな10代”のように自己主張した初代
1999年にハイブリッド専用車としてデビューしたホンダ「インサイト」は、コンサバティブなノッチバック(※)セダンとして誕生したトヨタ自動車「プリウス」とは正反対ともいえる近未来的なスタイリングだった。そのインサイトも、時代を経るに従い徐々に落ち着いたデザインとなっていったのだが、その様子はまるで、やんちゃだった男の子が、だんだんとまともな社会人になっていく過程のようだった。
※編集部注:ノッチバックとは、エンジンルーム、客室、トランク
世界初のハイブリッド車として1997年にデビューしたトヨタのプリウスは、トランクリッドのあるノッチバックの4ドアセダンスタイルだった。今はかなり先進的で挑戦的なスタイリングのプリウスだが、初代はコンサバティブそのもの。言葉は悪いが、まるで“華のない”見た目だったのだ。少年漫画に出てくる学級委員をクルマにしたら、きっとこんな感じだろうなあ……という雰囲気だったといえば伝わるだろうか。
対して、1999年にデビューしたインサイトは、プリウスとはまるで逆方向のスタイリングを採用していた。3ドアのハッチバックで、乗車定員は2人。とにかく、効率を追求し尽くす考え方で、ものすごく挑戦的な姿となっていたのだった。
初代インサイトのボディデザインは、徹底して空気抵抗を減らす方向で行われている。その象徴となっているのが、リヤフェンダーに取り付けられた「ホイールスカート」と呼ばれるカバーだ。ホイールの露出を避けて空気の流れを綺麗にする手法は、競技用ソーラーカーなどではよく見かけるものだが、市販車ではまれな採用例となった。さらに、ホイールもディッシュタイプで空力重視、リヤウインドウは3次元形状となっているなど、隅々まで空力デザインが徹底されていた。
アルミと樹脂を多用したボディも特徴的だ。もちろん、これは軽量化が目的だった。ホンダはすでに「NSX」でアルミボディのノウハウを得ていたから、そのテクノロジーを流用したのだ。NSXがアルミの板材を多用したのに対し、インサイトではアルミ押し出し材の採用比率を上げている。アルミ押し出し材を使ってフレーム構造を成立させ、そこにアルミ板材や樹脂パネルを組み合わせることで、軽量なボディを作り上げた。
もちろん、エンジンやモーター、内装品などでもホンダは効率を追求した。搭載したのは1リットル3気筒のエンジンだ。結果として、燃費は当時のガソリン自動車として世界最高となる35.0km/L(10・15モード)を達成。「燃費」という一点に対する徹底したこだわりは、思春期の少年少女が譲れないものを持って突っ張る姿のようだった。
ホンダは2006年にインサイトの生産を終了した。インサイトがラインアップから消えたとき、多くの人は「このクルマはホンダの実験だったのだ」と感じ、再び世の中に登場することはないと思ったはずだ。しかし、その予想は裏切られる。
2代目「インサイト」は“リクルートスーツの新入社員”?
ホンダは2009年に2代目のインサイトを発表する。しかし、そのクルマは初代インサイトとは似ても似つかぬ、ごくごく普通の格好をしていた。初代が2人乗りの3ドアハッチバックだったのに対し、2代目は5ドアハッチバックスタイルで登場したのだ。リヤホイールの「スカート」もなくなっていた。
これは完全にトヨタのプリウスを意識したモデルであり、「インサイト」という名前だけを引き継いだモデルにも見えたのだが、一方、その中身はと言えば、やはりインサイトそのものだった。かつては自己主張が強く、突っ張っていた若者が、就職試験のためにリクルートスーツを着て就職活動を実施し、無事に企業に入社して新入社員になった。そんな姿だったのが2代目インサイトだと言えるかもしれない。
2代目インサイトは1.3リットルの4気筒エンジンにモーターを組み合わせたハイブリッドモデルとして登場。インサイトがハイブリッド専用車であるという基本的な部分は変わっていなかったのだ。しかし、非常に興味深いことが起きる。それは、発表から3年後となる2011年のこと。なんと、ホンダはインサイトに1.5リットルモデルを追加したのだ。
ハイブリッド車はエンジン+モーターという複雑な構造をもつため、2種類のエンジンを持つことは非常にまれなケースだ。しかし、インサイトはそれを行った。実は、この出来事の裏には「CR-Z」というクルマの存在がある。2010年に登場したCR-Zは、インサイトよりも高い出力を得るため、1.5リットルのエンジンを積んでいた。ホンダはCR-Zのシステムを使い、インサイトに1.5リットルモデルの「エクスクルーシブ」を追加した。
普通の新入社員だったインサイトは、1.5リットルエンジンを手に入れたことで、「燃費重視」と「走り」という2つの顔を持つ存在となった。
しかし、2009年から2014年まで生産された2代目インサイトは、またも姿を消す。まるで突然の退職、そして失踪といったような感じだ。さすがに、2度も生産が止まったクルマが再び登場するとは誰も思っていなかったのだが、それは現実となった。
新型「インサイト」から感じる“ベテラン社員”の落ち着き
3ドアハッチバックの突っ張ったスタイルで誕生したインサイトは、2代目で5ドアスタイルを取り入れ、普通のクルマに近づいた。そして、3代目となる今回の新型では、ついにノッチバックセダンという“真面目な”デザインを採用した。新入社員のようだった2代目インサイトからみると、まるでベテランの領域。たぶん、身を潜めている間に考え方が大きく変わったのだろう。
初代インサイトが登場したとき、ハイブリッドというのはとても珍しいクルマだった。しかし、それが今や、ハイブリッドは当たり前の時代になった。「ハイブリッドでるあること」を強調するために突っ張っていたインサイトだが、今の時代にハイブリッドであることを際立たせても意味がない。とはいえ、3代目となる新型インサイトの落ち着きぶりには、かなり驚いたというのが本音だ。
新型インサイトのプレスインフォメーションの冒頭には、「燃費世界一への挑戦から生まれたインサイトは、魅力世界一のミドルセダンへと進化する」と書いてある。
この言葉が、新型インサイトの全てを物語っていると言えるだろう。新型インサイトのボディサイズは全長4,675mm、全幅1,820mm、全高1,410mm。ちょうど「アコード」と「シビック」の中間に位置するサイズだ。価格帯も326万~362万円(税込み)とまさにアコードとシビックの間に入る。また、アコードにはハイブリッドがあるが、今のシビックにはハイブリッドが存在しないので、新型インサイトは「シビック ハイブリッド」の役目も果たしていると言える。
新型インサイトでなんといっても感心させられるのは、そのパッケージングだ。ハイブリッドはエンジン車にモーターやバッテリーを追加しなくてはならないので、増える部品をクルマの中に収めるのが難しい。にも関わらずホンダは、室内やトランクルームを圧迫することなく、新型インサイトのパッケージングを成立させている。
当時は珍しかったハイブリッドを使いながら、従来同様の機能性を実現したのが初代インサイトだった。その誕生はかなり衝撃的なもので、世の中にインパクトを与えた。今や、見た目は普通のクルマになったインサイトだが、その中身が、初代同様に挑戦的なものであることには変わりない。目立たないながらもホンダらしさにあふれたクルマ、それがインサイトなのだ。
(諸星陽一)