――将也として演じた上で一番難しかったセリフは?

松岡:一番最後です、一番最後。

山田:うん、うん。

松岡:ちょっと自分にキレてましたもん。「なんで声かれてんだよ! 私」と思って。

山田:そうそう。ブースに入った時に松岡さんの殺気を感じました(笑)。

松岡:ほんとに「なんでできないんだ!」って思っていたので。ちょっとのことで声がかれてしまうし。でも、あの怒鳴っているところは、声がかれた状態で自分でもどの音が出たのかわからないところが採用になったので、それ自体は結果オーライだったんですが、次のところのニュアンスがなかなか表現できなくて……。

山田:そこはすごく"そっ"としたセリフでしたもんね。

松岡:でも、録るごとに悪くなっていったのは「やっべ!」のところですね。最初やって「いいですね」と言っていただいてから、私が「もう一回お願いします」と収録するごとに悪くなっていったのはここでした。

――松岡さんは実写とアニメ作品で演出の違いなど新鮮に感じたことはありましたか?

松岡:声優業の仕事は3本目ですけど、今回は監督がブースの中に入ってきて、二人っきりで隣に座って、喫茶店かファミレスで話しているような感覚で「ここはこれがあるからこうなんですよね」みたいな話をしてくださいました。その時間がすっごい心地よかったんです。

勝手な私の希望的観測ですけど、監督とはすごく言い方が似てるのかな。思っていることがたとえ違っても、それを出力する時の"フォントが一緒"な感じがするんですよ。だから言ってることがすごいわかる。ブースの後ろにいた方たちは苦笑いしてたけど(笑)、私たちはわかってるんですよ。

山田:それはすごくうれしいです。私もそう思ってました! 私、言ってることにけっこう首をかしげられることが多いんですよ。「山田、今のでよかったの?」って。それで「山田の言い方反省会」とかになるんです(笑)。でも松岡さんは、なに一つ首をかしげず、しかもそれをちゃんと理解しているというのがすごくわかったんですよ。

――珍しい演出スタイルですよね。

山田:具体的な答えを求められることが多いんですけど、受け手の見解を狭くするかもしれないので言葉の選び方には気を遣っています。それがけっこう曖昧模糊とした印象になることが多いみたいで。松岡さんは出したものの周りの空気を感じ取ってくださる方で、私も一緒にやっていてすごく心地よかったですね。

松岡:実写でも思っていることが言葉でなかなか伝わらなかったりとか、監督の言っていることをこちらができなかったりというのはどうしてもあるので……。伝わる・伝わらないの問題なので、これがいい悪いではないと思うのですが、今回は監督とすごく合ってたので、とても心地よく楽しくできました。こういうことはあまりないですね。

『聲の形』で将也を演じたことで、自分の中で俳優と声優の架け橋の兆しが見えたように感じました。これから山田さんともまたお仕事をしていきたいし、ほかのアニメーションに出る機会をもしいただけたとしても、この作品のことを思い返せば突破口になる気がします。

――『聲の形』は個性的なキャラクターが出てきます。ともすれば描き方次第ですごく嫌に見える恐れもあると思うのですが、そのバランスは意識されましたか?

山田:とにかく"みんなを肯定する"というのがモットーだったので、その子たちの信念とか美学は崩さないようにして、それをちゃんと肯定するようにしました。「この子ってこんなこと考えてる性格の悪い子なんですよね」って見方は絶対にしない。というか、そんなふうに思えないし、思ったらそれはその人のことを否定していることになるので。それに、そんなことをできる立場でもないなって。

――川井さん(悪意はないように見えるが、その行動によって周囲を振り回していく。小学生時代、そして現在高校生である将也とも同級生)なんかは嫌に見えやすいですよね。

松岡:川井さんについては、監督のベストアンサーがあるんですよ!

山田:では、発表していいですか(笑)。"生まれながらのシスター"です。

松岡:こんなしっくりくる言葉なくないですか!?

山田:生まれもってのシスターなんです。シスターになろうっていうシスターじゃなくって生まれながらのシスターなので。

松岡:私も好きじゃなかったんですよ。彼女のことは"暴走機関車"だなって思ってたんです。でも、彼女は生まれながらにシスターだからそうなっちゃうんですよ。

山田:シスターの裾がはだけて足が見えちゃってても、川井は気にしないんですよ。生まれながらのシスターなので。彼女はシスターの足が見えてちゃダメとか知らないんですよ。でもシスターになろうとしている人は、「ああ、シスターが足なんか見せちゃダメです! 髪の毛も隠さなきゃ!」とか思うじゃないですか。それがないだけ。だからウソも何もない、彼女の正義がちゃんとそこにあるんですね。

――最後に山田監督に。今回映画でご一緒する前と後で、松岡さんの印象はどう変わりましたか?

山田:思った通りだったというか、ファンとして応援していた時の自分が思い描いていた"松岡さん"が、そのまま"松岡さん"で来てくださって……。そこは思い描いていた以上でした。今回一緒にやっていく中でコアの部分まで共有できたというのを私も勝手に思っていたので、ただただうれしく思っております。本当に幸せな出会いだったなと。この度はオファーを受けていただいてありがとうございました(笑)。

松岡:こちらこそ、お話いただきまして本当にありがとうございました!

山田尚子(やまだなおこ)
アニメーション監督・演出家。
京都府出身。
2004年京都アニメーション入社。
長編映画初監督を務めた『映画けいおん!』(2011年)は第35回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を受賞。また、2014年に公開されたオリジナル長編映画『たまこラブストーリー』では第18回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞に輝いた。
松岡茉優(まつおかまゆ)
女優。
1995年生まれ、東京都出身。
NHKドラマ10『水族館ガール』主演・嶋由香役、NHK大河ドラマ『真田丸』 春(竹林院)役、『ちはやふる』(2016年)若宮詩暢役など、数多くのドラマ・映画に出演。2017年にはケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出の舞台『陥没』への出演が決定している。

(C)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会