どんな人でも「いいアイディアが浮かんでこない」ことで悩んだ経験が一度や二度ははあるはずだ。いくら考えてもどこかで聞いたことがあるようなありきたりなアイディアしか思い浮かばず、自分の発想力の乏しさに絶望したことがある人もいるかもしれない。驚異的なスピードで質の高いアイディアを生み出し続けている人を見ていると、自分はあまりにも凡人だと感じ始めてしまう。中には「自分にはアイディアを生み出す才能がない」とアイディアの創造自体を諦めてしまう人もいる。

ジェームス・W・ヤング『アイデアのつくり方』(CCCメディアハウス/1988年4月/800円+税)

多くの人は、いいアイディアを生み出すことができるかどうかは「才能の有無で決まる」と考えているようだ。たしかに、才能の影響が一切ないと言うことはできない。しかし、だからと言ってアイディアをつくる能力を「一部の才能ある人にだけ特権的に付与されたもの」と考えてしまうのは極端すぎる。仮に才能はそこそこだったとしても、やり方しだいでうまくアイディアを作り出す方法は存在しないのだろうか。

今回紹介する『アイデアのつくり方』(ジェームス・W・ヤング/CCCメディアハウス/1988年4月/800円+税)は、そんな「アイディアの製造プロセス」を才能のせいにせず体系的に説明した本である。本書はいわゆる発想法関連の本では古典中の古典であり、原著の初版が出版されたのはなんと1940年で今から70年以上も前のことだ。「そんな古い本が役に立つの?」と思う人がいるかもしれないが、これが驚くほど時代を感じさせない普遍的な内容なのである。未だに絶版になることなく版を重ね続けているのが本書の普遍性を示すひとつの証拠になるだろう。「自分は発想力が乏しいからアイディアがまったく生み出せない」と思い込んでいる人は、ぜひ本書で書かれているプロセスを試してみて欲しい。

たった100ページの本に詰まった発想法のエッセンス

本書を手にして最初に驚くのは、その「薄さ」である。全部で約100ページ、しかも後半40ページは解説なので、本文はたったの60ページしかない。それでは文字を小さくしてギッシリと文を詰め込んでいるのかというと全然そんなことはない。文字はかなり大きめだし、本文の上下には余白がたっぷりある。帯には「60分で読める」と書いてあるが、読むのが早い人ならそれよりもっと早く読み終わるに違いない。

もっとも、本書が薄いのは物理的に薄いだけであって、内容が薄い本だというわけではない。わずか60ページの本文では、「アイディアのつくり方」をストレートに過不足なく伝えている。やろうと思えば事例を足したり同じことを繰り返し述べるなどして、いくらでも本文の水増しはできただろう。本書があえてそれをせずエッセンスをそのまま提示する形をとったのは、本書で提示される「アイディアの生産プロセス」に著者が自信を持っていたからに違いない。

あたりまえのことだが、本は厚ければ厚いほどいい本であるというわけではない。ものごとを説明するには、適切な情報量がある。シンプルには語りえないことを無理やりシンプルに説明しようとすると誰にも理解できない本ができあがるが、逆にシンプルに説明できることを複雑に説明しすぎると冗長で何が言いたいのかわからない本ができあがる。そして、アイディアの製造プロセスを説明するのが目的なのであれば、本書の情報量はかなり適切だ。

無から有は生まれない

ところで、ここまで何度も「アイディア」という言葉を使ってきたが、そもそもアイディアとはなんだろうか? 本書では、アイディアを「既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」と説明している。つまり、完全な無から有を生み出そうとしているのではなく、既に存在しているものを新しく組み合わせることこそが発想だ、と考えているわけだ。

そうなると、大事なのは「どれだけ組み合わせ対象となる既存の要素を用意できるか」と「いかに組み合わせるか」の2つに還元できることになる。本書では、前者を資料収集の問題として扱い、後者は有意識下および無意識下での咀嚼・組み合わせ・発見の問題として扱っている。意外と忘れられがちなのが、前者の資料収集の問題だ。「自分には発想力がない」と悩む人の多くは、そもそもその前提となる資料収集を怠っていることが多いように僕には思える。

詳細はぜひ本書を読んでもらいたいのだが、ここでいう資料収集は非常に広い意味で使われている。世の中のあらゆるものごとに関する知識や関心が、アイディアを製造する際には資料となる(一般的資料)。これらの一般的資料を収集する営みは、生涯をかけて行うものであり終わりはない。「◯◯には興味がない」なんてことばかり言っていると、いいアイディアをつくる機会はどんどん少なくなっていく。

本書を読めば、「アイディアの製造プロセス」を知識として身につけることは容易いだろう。しかし、それで実際にいいアイディアを生み出せるようになるためには日々の生活から広く一般的資料を集める努力が必要になってくる。そういう意味では本書はきっかけの本に過ぎず、読んだだけでは不十分だ。やる気のある方には、ぜひ実践まで行っていただきたい。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。