才能あふれるウサギと、地道な努力でコツコツと進む亀による競争を描いた童話『ウサギと亀』。そのストーリーはいまさら説明する必要もないだろう。

プロ野球においては、高卒後数年で1軍で活躍する選手もいれば、回り道をして、20代後半になってブレークする選手もいる。"ウサギ"だろうが"亀"だろうが、どちらのパターンでも成功できる可能性を秘めているのがプロ野球という世界だ。

10代で巨人のレギュラーを奪った坂本勇人

プロ野球の世界に置き換えれば、"ウサギ"の代表格は坂本勇人(巨人)だ。田中将大(ヤンキース)や前田健太(広島)を筆頭に才能あふれる選手が多い「88世代(1988年度生まれの選手たち)」にあって、野手では一番の出世頭だ。

坂本は2006年の高校生ドラフト1巡目で読売ジャイアンツに入団。大卒ルーキーであってもなかなかチャンスが巡ってこないスター軍団にもかかわらず、1年目に1軍デビューを果たしてしまう。翌2年目には開幕スタメンを奪取し、史上2人目、セ・リーグでは史上初となる高卒2年目での全試合出場を果たして、一躍スター選手にのし上がった。

それ以降、満塁本塁打や1,000本安打達成のリーグ最年少記録を塗り替えるなど、「88世代」の野手の中で常に先頭を走り続けてきた坂本。「成長曲線」という意味では、曲線どころか直線続き。最短距離で突っ走ってきた印象すらある。

侍ジャパンの遊撃手としても欠かせない存在となった

今季からは巨人軍史上最年少でのキャプテンに就任。年俸も2億円を突破し、26歳にして球界の盟主の象徴にまでのぼりつめた。

だが、好事魔多し。巨人第82代目の4番打者に指名されたばかりの4月末、左ふくらはぎの張りのため、出場選手登録を抹消。5月13日に再び一軍昇格を果たしたものの、坂本にとって2008年のレギュラー獲得以降、故障での登録抹消は初めてのこと。「やはり"ウサギ"は走り続けることはできないのか……」。そんなことも頭をよぎってしまった。

社会人での1年の遠回りが大成につながった石川歩

高卒で最短距離を走ってきた坂本が"ウサギ"なら、"亀"は誰に当たるだろうか。大学・社会人を経て2014年にプロデビューした石川歩(ロッテ)や、独立リーグで7年プレーし、今季からプロの世界に飛び込んだ入野貴大(楽天)、坂本と同じ2006年ドラフト組ながらこれまで2軍が主戦場だった福田永将(中日)、育成選手として3年プレーし、移籍を機にレギュラーまで獲得した亀澤恭平(中日)らが代表格だろう。今回は、特に石川にスポットライトを当てたい。

石川は、高校時代まで自身でもプロ野球選手になれるとは思っていなかった。高卒後は服飾関係の専門学校に進学するつもりだったが、周囲の薦めもあって中部大に進学。そこでようやく才能が開花し、伝家の宝刀・シンカーを習得。大学日本代表候補にも選出された。

2011年に社会人の名門・東京ガスに就職すると、1年目から都市対抗野球に登板。翌年のドラフト有力候補とも言われた。ところが、社会人2年目はケガもあって公式戦の登板は1試合のみ。当然、ドラフト指名から漏れてしまう。

だが、この遠回りが石川の意識を変えた。フォームを見直し、体重も増やした社会人3年目に最速151キロを計測。2013年ドラフト会議では、ロッテと巨人が1位指名で競合する選手にまで成長を遂げた。まさに『ウサギと亀』の亀のように、一歩ずつ着実に階段を上がり、プロの高みに到達したのだ。

東京ガス時代の石川。プロで戦うためにドラフト指名後、10キロ近く増量したという

プロの世界でも期待通りの投球で1年目から2ケタ勝利を挙げ、新人王にも選出された石川。今季もすでに4勝を挙げ、先発の軸としてチームに欠かせない存在になっている。

一度立ち止まった坂本勇人の次なる一歩は?

『ウサギと亀』をたとえる格言として、「急がば回れ」が使われることがよくある。その語源は、室町時代の連歌師宗長が詠んだ次の歌とされている。

「武士(もののふ)の 矢橋の舟は早くとも 急がば回れ 瀬田の長橋」(※唐橋とする説も)

東から京の都へ上る場合、矢橋(やばせ)の港から船に乗って琵琶湖を横断する航路が最短だ。だが、比叡おろしの強風で航路が乱れることが多く、それよりも瀬田まで南下して橋を渡った方が確実、という意味だ。

だが、こうも考えられないだろうか? 強風をものともしない力があるからこそ、最短距離を走ることができる。それこそが本物の「武士」なのだ、と。

これまで同世代のトップランナーとして、常に向かい風を浴びながら走り続けてきた坂本勇人。登録抹消から復帰後の5月15日のヤクルト戦では、試合を決める本塁打を放つなど、徐々に結果を出してきた。

一度立ち止まってからどんな歩みを見せるかで、彼が本物の「武士」かどうかの判断材料になるはずだ。だからこそわれわれは、今こそ「坂本勇人の物語」にも注目しなければならない。

週刊野球太郎

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