3月28日にプロ将棋棋士とコンピュータソフトによる5対5の団体戦「将棋電王戦FINAL」の第3局、稲葉陽七段対やねうら王(開発者:磯崎元洋氏)の対局が北海道・五稜郭で行われ、やねうら王が勝利。3局目でソフトが初白星を挙げ、プロ棋士側の団体戦勝利は第4局以降へ持ち越しとなった。

対局開始前の様子

局後に行われた記者会見で磯崎氏は「勝てると思っていなかったので、まだ実感はありません」と正直な心境を吐露した。やねうら王は昨年の第3回にも出場し、佐藤紳哉六段を破っている。そして佐藤六段と対戦した昨年のソフトと今回のものを対戦させると6~7割は最新版が勝つという。にもかかわらず「勝てると思っていなかった」と振り返った磯崎氏の真意はどこにあったのだろうか。

「ソフトの貸し出しにより事前に研究されることはわかっていた、それなのにその対策をほとんどやっていなかった」

昨年の第3回より、ソフト側は本番と全く同じバージョンのソフトを事前に棋士側に貸し出すルールが設けられた。本番用として主催者のドワンゴに提出した後のソフトはプログラムの変更を認められていない。この事実は棋士が事前に研究を行えばソフトの指し手傾向をつかむことができる、極論を言えばプログラムの穴を突くことができることを意味している。

やねうら王の開発者・磯崎元洋氏

駒をつかむ電王手さん

事実、今回の第2局で生じたSeleneの反則負けは永瀬拓矢六段が「Seleneは飛・角・歩の不成に対応していない」というプログラムの不具合を発見したことによる。また第1局でも斎藤慎太郎五段は、ある展開に誘導すればソフトが疑問手を指すことを発見していた。

図A:35手目▲2一飛成まで(第1局より)

図Aからの△4四角がその一着である。直前の▲2一飛成を「長考してから」指せば、Aperyがかなりの高確率で疑問手△4四角を打ってくるという。長考してから、というのがポイントで、その間にソフトにも考えさせ▲2一飛成に対する△4四角をソフト側の第一感とすることに成功したのだ。斎藤五段は研究通りに進んで「ホッとした」と述懐している。

事前の貸し出しにより研究されることはわかっていた。対策の一つとしてはソフトが常に最善手を指さず、時折次善手を交えることでランダム性を高くするという手法はある。しかし、プロ棋士相手に次善手を指して勝てるほど甘くはない。結局、プロの事前研究に対する有効な策を取れないまま、磯崎氏は本番へ臨むことになった。

筆者には対局開始後の磯崎氏がしばらく渋めの表情をしていたように見えた。局後にそのことを伝えると「そうですか、研究にハマる心配をずっとしていたので、そのせいでしょうね」という返事があった。

稲葉陽七段

稲葉七段は1988年8月生まれの26歳。兵庫県西宮市出身で2008年4月に19歳で四段に昇段しプロ入りしている。前々回に出場した船江恒平五段、前回出場の菅井竜也六段ともども井上慶太九段門下の俊英だ。

プロ棋士としての経歴は、初参加の第80期棋聖戦で郷田真隆王将、谷川浩司九段、藤井猛九段らの強豪を破っていきなり挑戦者決定戦進出を果たす。木村一基八段に敗れて挑戦こそならなかったものの、関西期待の新鋭として大きくアピールした。以下の棋歴もまずは順調といってよいだろう、竜王戦では2組、順位戦ではB級1組と、ともにトップクラスまであと一歩に迫っている。また13年度には銀河戦で優勝し、自身初の全棋士参加棋戦優勝を果たした。今回の5名で全棋士参加棋戦優勝を成しているのは稲葉七段と阿久津主税八段の2人だけだ。

タイトル獲得こそ同世代の糸谷哲郎竜王に先を越されたが「悔しいです」とライバルへの闘志をあらわにする。次の有力なタイトル候補と言ってよいだろう。棋界の次代を担う俊英はやねうら王をどのように見ていたのだろうか。