人間なら誰でも、生きていれば悩みのひとつやふたつは必ずあるはずである。自分だけであれこれと悩んでいても答えが出ない時は、人に相談してみるというのもよい方法だ。相談相手が人生経験豊富な人なら、それで悩みが解決できることもあるかもしれない。仮にすっきり解決しなくても、他人の意見を取り入れることで視界が変わることはよくあることだ。

もっとも、必ずしも自分の周りによい相談相手がいるとは限らない。そんな「身近に人生相談ができるような人はいない」という人は、今回紹介する『日本人の人生相談』(石原壮一郎/ワニブックス/2015年1月/1,300円+税)を読んでみるというのはいかがだろうか。もしかしたら、ひとりだけで悩んでいては解決しなかった問題の答えが、本書の中から発見できるかもしれない。

日本人の人生相談を俯瞰する

石原壮一郎『日本人の人生相談』(ワニブックス/2015年1月/1,300円+税)

著名人が一般人からの質問に回答するという形式の本は既に多数出版されているが、本書はそのような従来の人生相談本とはちょっと違う。多くの人生相談本は回答者がひとりだが、本書は既に出版されている人生相談本の内容をテーマ別にまとめたものなので、回答者は総勢74名と非常に多い。回答者のラインナップには村上春樹、所ジョージ、赤塚不二夫といった著名人からホームレスのNさんやTさんといったちょっと変わった相手まで含まれており、こういった人たちの人生相談への回答を一冊で知ることができるのはだいぶお得感がある。

従来型の人生相談本には、「独善におちいりやすい」という弱点がある。多くの場合人間の悩みは複雑で、数学の問題のように唯一の答えを出すことはできない。同じ質問でも答える人によって回答が真逆だったり、視点が全然違っていることは普通に起こりうる。回答者が一人だけしかいない人生相談本を読んでいると、このことに気がつきにくい。人生相談において、誰かの答えを絶対化して盲信してしまうのは危険なことである。

本書の場合、そのような危険は少ない。ひとつのテーマについて立場の異なる3人(4人の場合もある)の回答を取り上げるというスタンスなので、自ずと意見は相対化され誰かの意見を盲信することにはなりえない。それと同時に、ただバラバラの意見を紹介するだけでなく回答の共通項を探るという試みもなされているので、結局何を参考にすればいいのかわからない、という状態にもおちいりにくい。バランスの取れた本だと言えるだろう。

「毛髪の薄さ」とどう向き合うべきか

本書の中で個人的に一番面白かった悩みは、「毛髪の薄さ」に関する悩みだ。このテーマについての回答者は格闘家のアントニオ猪木、作家の原田宗典、漫画家の赤塚不二夫である。まだ若いのに髪の毛が薄くなってきて悩んでいるという質問者たちに対して、アントニオ猪木は「開き直ってカツラを楽しんでみてはどうか」と答え、一方で原田宗典は「たとえハゲたとしても自分だったらカツラは被らない」と答えている。同じカツラでも、被るか被らないかについて意見が割れているのはおもしろい。ちなみに、赤塚不二夫は「問題なのはハゲかどうかではなくキミ自身のキャラクター」と回答している。

毛髪の薄さに対する解決策は概ね「恥ずかしいならカツラをしろ派」と「いっそのこと全部剃ってしまえ派」の二派に分かれる。それではこの二派では全然違うことを言っているのかというと、そうでもない。「本人が気にするほど周りは気にしていないのだから、そんなに気にすることはない」という意見については二派とも共通している。人生相談を俯瞰してみてみると、このように一歩引いたところから悩みについて再考することができる。

人生相談の歴史を知る

本書には、著名人の人生相談を俯瞰する本編とは別に、人生相談の歴史を俯瞰する「男の人生相談100年史」という付録もついている。この付録も非常に面白い。この付録では、大正3年から現代に至るまで、新聞の人生相談コーナーでどのような人生相談がなされてきたかを時系列で紹介しているのだが、これを読んでいると近代日本の生活の変遷が実感を持って理解できる。

たとえば、昭和八年のある雑誌の身の上相談コーナーでは、二十四歳で高等商業学校を卒業した若者が「医者になるべきか、満州に渡るべきかどうすべきか」といった相談をしている。この質問自体が既にかなり時代を感じさせるのだが、回答者である早稲田大学理工学部長が「それはもう、ぜひとも満州に行くべきだ」と全力で満州に渡ることを推しているところなど、当時の日本の空気が伝わってきて興味深い。

思うに、僕たちが現代社会で感じている悩みなども、もしかしたら時が過ぎれば「昔の人の悩み」になるのかもしれない。もちろん、時代が変わっても変わらない悩みだってあるだろう。いずれにせよ、目の前にある悩みを一歩引いて他者の視点や歴史の文脈によって理解することは意味のあることだ。本書はその助けとなるに違いない。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。