今夏以降にジリジリと下がっていた原油価格は、11月末のOPEC総会での生産枠維持を契機に急落した。そして、ウクライナ絡みの制裁が大きな打撃となっていたロシア経済が原油安によって危機的状況に陥るとの観測から、ルーブルが暴落した。ロシア中央銀行による断続的な為替介入は奏功せず、12月16日未明の緊急かつ大幅な利上げによって、ようやくルーブルに下げ止まりもみられるが、依然として予断を許さない状況だ。原油安やルーブルの暴落は、市場でリスク回避の動きを強めて、各国株式市場に悪影響を与え、さらに資源国・新興国通貨の売りにつながった。そして、「安全資産への逃避」によって、円や主要国の国債が買われた(国債利回りは低下)。
ロシアは1998年にも経済危機に直面し、同年8月に政府がデフォルト(債務不履行)し、ルーブルが変動制へと移行して急落した。そのあおりで9月には米国の大手ヘッジファンドLTCMが破たんし、世界的な経済・金融危機が懸念される事態となった。
1998年と同様の危機が訪れるのだろうか。現時点でその可能性は低いように思われる。
1998年のロシア危機は、前年に発生したアジア通貨危機からの波及という文脈でとらえるべきだろう。ロシア危機後にも、1999年のブラジル、2001年のアルゼンチンなどで危機が発生した。当時と比べれば、新興国の多くが変動相場制へ移行しており、無理な為替相場維持はしていない。また、新興国の外貨準備は過去15年間に大幅に増加しており、いざという時に相場安定を図る為替介入の能力は格段に向上している。
1997-1998年に日本で金融危機が進行したことも、相場変動を大きくしたようだ。日本の金利が他の国に比べて極端に低かったため、円資金を調達して外貨運用を行う「円キャリー取引」が隆盛を極めており、投資家のリスク回避が強まるなかでその急激な巻き戻しが起こったからだ。
もっとも、現在の金融市場の動揺の底流には、グローバルな資金収縮への懸念がある。12月17日の米FOMCは、利上げに慎重な、いわゆる「ハト派」的な内容だった。ただ、来年半ばごろに利上げが開始されるとの市場の見方に大きな変化はなく、利上げ観測が高まる局面では新興国市場を中心にある程度の動揺が走る可能性はあるだろう。
ところで、1998年「ロシア危機」は、FRBがLTCMの清算をアレンジし、3度の利下げを実施したことで、徐々に終息した。ただ、米株は調整局面がしばらく続いたものの、米景気は堅調を維持した。グローバルな資金が安全を求めて米国へ流入して、市場金利が大きく下がったからだ。
「ロシア危機」のさなかに、グリーンスパンFRB議長(当時)は「米国がいつまでも繁栄のオアシスではありえない」と述べたが、FRBの利下げがなくても、繁栄は続いたかもしれない。12月17日のFOMC後の会見で、イエレン議長が「ロシアの影響はあまり大きくない」と言い切ったのは、そうした経験があるからだろう。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフ・アナリスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフ・アナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。