【書評】『転落の記 私が起こした詐欺事件、その罪と罰』(本間龍・著/飛鳥新社)

【評者】中川淳一郎(編集者)

『転落の記 私が起こした詐欺事件、その罪と罰』(本間龍・著/飛鳥新社)

この本は、2000年代前半、東証一部上場を控えていた広告代理店・博報堂の未公開株購入をちらつかせた詐欺事件当事者によるざんげの書である。

「もうけに目がくらむとロクなことはない」という話と「簡単なもうけ話なんてもんは存在しない」、ということがよく分かるので、まじめに人生を送りつつも、「ラクに金もうけをできる方法がどこかにあるのでは……」と考えている方は読むと良い。

多分読み進めていくと、その考えが一気に吹っ飛び、やはりまともに働こうと考えなおすか、同じ一攫千金でも宝くじを買って夢をみる程度にとどめるかになるだろう。

ただ、この本を読んでもまだ「いや、ラクな話はあるはずだ……」と信じているようであれば、う~ん、なかなか重症かもしれません。

この本のストーリーである、詐欺事件のあらましを説明しておくと、博報堂の営業マンだった著者が、得意先から960万円を回収できなかったことから始まる。得意先は「期をまたいだからもうダメ。請求しないお前が悪い」と言ってくる。

本来博報堂の上司と得意先責任者とで話し合うべき状況にあったのだが、その時上り調子にいた著者は社内での立場が下がることを恐れ、自らのポケットマネーで960万円を支払うことを決意。

ところがそんなカネがあるわけもなく、懇意にしていた人々に「博報堂の未公開株を買うことができる」とウソをささやくのである。

未公開株は、上場時に10倍になるのはザラということもあるもので、懇意にしていた彼らの欲に付け込んだ著者は自分の貯金・300万円と合わせ960万円を振り込むことに成功。

だが、そこから図にのった著者は、不倫による豪遊、借金返済のための闇金からの融資などを経て借金を膨れ上げてしまう。しかも、借金返済のアテにしていた博報堂の株価は2005年の上場時、原資の4倍程度にしかならなかった……。

というのがストーリーの骨子。

特筆すべきは、「博報堂が上場するのは知ってるよな。オレだったらお前らのために買ってあげられるよ。ついては今カネを出せ」という方便に20人もの人々が引っ掛かってしまったということである。

まぁ~、未公開株の話ほどうさんくさいものはない。それはいくら博報堂のような知名度のある会社であろうとも同様のはずなのだ。単なる一社員が「未公開株を買える」と言う点を疑わなくてはいけないのに、人間というものはカネが絡むともはや正常な判断ができなくなるものなのかもしれない。

もともとは「怒られたくないよう!」という臆病(おくびょう)な社畜精神から大事な人を次々とだまし、挙げ句のはてには家族からも見捨てられ、不倫相手からも借金をしては「手切れ金だ!」とばかりに返済不要と言われる、まさにダメ男を絵に描いたような著者なのだが、個々の判断箇所では「こりゃマズい」という感覚はあったようである。

人間の判断というものは少しでも「これはマズい」と思った場合、それは往々にして正しい。その一方、「こりゃうまくいく! もうかる!」ということは誤りであることだらけ。

エリート(笑)が転落していく様を見てメシウマ状態(他人の不幸でメシがうまい!と思う状態)になることを楽しむ本かと思いきや、実は『あなたの「こりゃマズい!」という判断は正しい!』(飛鳥新社)といった自己啓発書としても通用する本でもあった。

また、「全編山場」のような本なので、読書中の気持ちの高揚感が途切れることなく一気に読める点も高ポイントである。

で、私も博報堂出身で、著者とは同時期に同社にいたが(面識はない)、彼と同様に社員持ち株会に入っていた。

2000年ごろから毎月3万円ずつ積み立て、未公開株を51万円分持っていたが、その株はどうなったか? 2001年3月、退職の時に人事から「払った額で買い取る」と言われ、結局何ももうからなかったのですな、ガハハ!

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