白土三平が世に送り出した不朽の名作忍者漫画『カムイ外伝』が、松山ケンイチ主演で実写映画化された。本作を監督したのは、巨匠・崔洋一。いかにして崔監督はこの名作を映画化したのだろうか。
『カムイ外伝』STORY
理不尽な階級社会の最下層に生まれ、忍として育ったカムイ(松山ケンイチ)。カムイはそんな世界に嫌気がさし、抜け忍となり、追われる身となる。数々の追手を返り討ちにしながら、ただ自由に生き延びようとするカムイは、旅の途中で漁師の半兵衛(小林薫)と出会う。だが、半兵衛の妻(小雪)は、かつてカムイが命を狙った抜け忍のスガルだった。
――『マークスの山』、『刑務所の中』、『クイール』、『血と骨』など、崔監督の作品には、原作モノが多いという印象もあります。今回の『カムイ外伝』も人気漫画を原作にしていますね
崔洋一(以下、崔)「その都度、アプローチは違うんです。もちろん、監督としての希望をいえばオリジナルというものは必要だと思います。ただ、現在の映画界の状況では、創り手も観客もテキスト、要するにわかり易い説明を求めています。そこで、原作モノの需要が多いのは確かです」
――原作が確立された作品を映画化する際、強く意識する部分は何なのでしょうか?
崔「オリジナルをやるような気持ちで原作と取っ組み合うという部分です。原作を上手にダイジェストにするのも大切だし、分析、解体して再構築する事も大切です。そこにオリジナリティが出てくる。僕の場合は、原作の文字から得る情報をどのように映像化するか、それをいつも考えています」
――『カムイ外伝』という誰もが知る原作に、今回どのようにアプローチしたのでしょうか
崔「宮藤官九郎に脚本を依頼した時点で、原作から離れていくという予想はあったのですが、1年半かけて脚本をふたりで詰めていくうちに、結果として原作に近くなっていきました。映画は生き物だと改めて思いましたね。揺ぎないモチーフはありつつも、その形は生き物のように変化するんです」
――宮藤さんとの共同作業はいかがでしたか?
崔「僕は、好奇心に満ちたフリークスとしての彼を高く評価しています。それに対してストレートな監督としての僕がいる。その二人の化学反応を『カムイ外伝』では期待していた。結果、本当に組んでよかったと思っています」
――モノローグによって、原作の物語背景を説明するというスタイルも英断だったと思うのですが
崔「この作品においては、物語に入っていき易いガイドが必要だと思いました。カムイの背景は観客に知っておいて欲しかったというのもあります。観客に理解してもらうというだけでなく、物語としても、あのモノローグは必要だったと思います」
――崔監督の作品でこれまでも繰り返し描かれている差別や、マイノリティの持つ強さなどは、原作の『カムイ外伝』でも大きなテーマです。それは、やはり監督も描きたい部分だったと思うのですが
崔「確かにそうですね。強い原作には、作り手として強い主体性が必要です。僕の作品で描く物語の主人公、及び主人公を取り巻く背景……そこに出てくる強い人々はアウトサイダーとまでは行かずとも、境界線ギリギリにいる人々なんです。つまり、社会で少数派の側にいる人々。こういった人の生存本能というものは、時として滑稽だし悲劇的です。そういう部分を描く事は多いですね。
今回の作品だと、カムイは逃亡者です。逃亡者は強い自分と弱い自分を内包しているという矛盾を持っています。その矛盾が新たな追っ手を呼び、新たな事件を引き起こす。そんなカムイを支える心根は、生存本能、つまり”生きる”ということです。生と死に関する成長期の青年が持つ観念的なもの、生存本能とある種の虚無。その虚無を今回は置いておいて、生存本能のほうを描きたいと思いました。刹那と生きるエネルギーが行き来する混沌を、物語全体のカラーとして『カムイ外伝』では描きたかったんです」
――時代劇で忍者モノということもあり、セットもかなり大掛かりです。VFXも満載でした
崔「普段とは違う方法論で監督した部分もあり、それは、苦しみでもあり、楽しみでもありました(笑)。僕の作品ではほとんど出てこなかった絵コンテが、『カムイ外伝』では、ほぼ全カット必要だったんです。この作品は、あくまでも忍者映画です。開き直って堂々と有り得ない映像を描くことを念頭に置き、CGやワイヤーをとにかく大胆に使いました。ただし、アクションに関しては、人の力を信用したかった。松山ケンイチをはじめ、キャストは撮影前にみなトレーニングをして身体能力を上げてきました。忍者とはいえ、『人間の身体を駆使して戦う』という原点は外したくなかったんです」
――キャストに関してはいかがでしたか?
崔「ベストですね。小林薫以外は全て僕にとっては新しい顔で新鮮でした。松山ケンイチはもちろん、伊藤英明、小雪、佐藤浩市……。皆、またどこかで仕事を共にする役者たちだと思いました」
――『カムイ外伝』は崔監督作品としては、『クイール』以上にエンタテインメントに振り切れている作品だと感じました。崔監督はこの作品を、どのように楽しんで欲しいですか?
崔「あまり構えないで観てほしいですね。松山ケンイチは意外にセクシーだし、伊藤英明は『海猿』みたいな爽やかなマッチョではないし(笑)、小雪の妙なシャープさも楽しんで欲しい。とにかく、開き直ったVFXや忍術アクションも含めて、良い意味でツッコミどころ満載の作品です。"アクションを支える物語に酔いしれる"というようなタイプ映画ではないかも知れませんが、皆さんにはカムイ化して観て欲しいですね。皆、カムイになって、カムイの視点から映画を楽しんで欲しいです。目の前に手裏剣が飛んでくるような感覚で楽しんで欲しい(笑)」
――崔監督は韓国映画『ス SOO』を撮られるなど、監督として長いキャリアをお持ちなのに、良い意味で固まらないというか、動き続けていているという印象があります。これから、どのような作品を作っていきたいのでしょうか?
崔「多分、僕はピンボールのような状態ですよね。一生コリントの中で動き続けているのかもという感じです。そういう自分の中の運動性みたいなモノは必要だと思っています。色々な振り幅があって、色々なものをやっていくんだと思いますよ」
PROFILE
さい・よういち
1949年生まれ。『十階のモスキート』(‘83年)で映画監督デビュー。『月はどっちに出ている』(‘93年)で53もの映画賞を受賞、日本を代表する映画監督のひとりとなる。『血と骨』(‘04年)で日本アカデミー賞最優秀監督賞受賞。他の監督作品に『マークスの山』(‘95年)、『犬、走る DOG RACE』(‘98年)、『刑務所の中』(‘02年)、『クイール』(‘03年)、韓国映画『ス SOO』(‘07年)など多数。最新作は9月19日公開の『カムイ外伝』。日本映画監督協会理事長を務める。
『カムイ外伝』は9月19日(土)より全国ロードショー
(C)2009 「カムイ外伝」製作委員会
撮影 : 石井健