地上での自然現象や空、宇宙、DNAといった自然の領域を、写真や映像、音といったマルチメディアを使って表現するマルチメディア・アートの先駆者である、野村仁の40年近くにおよぶ活動を振り返る回顧展『野村仁 変化する相ー時・場・身体』が国立新美術館において開催されている。期間は7月27日まで。本展では野村が1990年代後半に取り組んだ《HAAS Project》で制作し、アメリカ大陸横断を行なったソーラーカー「サンストラクチャー ’99」も出品されている。

マルチメディア・アーティストの先駆け、野村仁の初の回顧展だ

《サンストラクチャー ’99》1998-1999
野村は1993年に京都市立芸術大学の学生、OBによる「SPL(ソーラー・パワー・ラボ)」を結成し、ソーラーカーを制作。国内での優勝を経て、1999年には「サンストラクチャー `99」でアメリカ西海岸を出発。1カ月後、ケネディ・スペース・センターのスペースシャトル発射台を臨む東海岸に到達した。野村はサンストラクチャーでアメリカ大陸横断を成し遂げることで、太陽エネルギーを実践のエネルギーへと変換したのだ

《サンストラクチャー ’99》1998-1999 ※全体

《サンストラクチャー ’99》 1998-1999 ※正面

《サンストラクチャー ’99》 1998-1999 ※搭乗席部分

映画『天使と悪魔』の中でラングドン博士も言っているが、「アート」の語源はラテン語の「アルス(ars)」。アルスはギリシャ語におけるテクネ(テクニックの語源)であり、本来は人間の技や技術を意味する言葉だった。この事を知れば、芸術が自然やその成り立ちに目を向けて表現したり、ダ・ヴィンチのように科学とアートを軽々と行き来したジーニアスの存在も合点がいく。しかし、自然を科学的な視点で見つめ、最先端の技術を用い、写真や映像、音といったさまざまな媒体を使って表現する(=マルチメディア・アート)ようになったのはここ最近の事だ。そうした意味において野村仁はこの分野における先駆けと言える。

《Tardiology : 東京》2009(左)、《Tardiology》1969/2009 写真8点組(右)
会場すぐに展示された7メートルを超えるダンボール作品の「Tardiology : 東京」。右の写真作品はダンボールが自重で崩れていくさまを捉えている。会期を終える頃には本作品はどのように変化しているだろう?

《Tardiology》1968-1969

《時間の矢 : 酸素 -183度》1993(下)、ほか写真作品数点(上)

《COWRA(電磁波と放射)》1987-1992(手前)、《パラボラアンテナ》1991-2009(壁面の写真作品)
「COWRA(Cosmic Waves & Radiation)」は銀河と太陽から放射される電磁波を地球上のアンテナで受信し、その波長を音に変換してスピーカーで放射する作品

野村は1960年代末からいち早く写真を使った美術表現に取り組んできた。巨大なダンボールが自重により時間とともに朽ちて崩れていくさまや、ドライアイスなどの固体物がゆっくりと変化していく様子を写真に記録することで、「重力」や「時間」を眼に見えるかたちに示した作品で注目を集めた。また、太陽や月の運行の軌跡の美しさや、地球上の植物の営みと宇宙の関連を写真や映像に収めるなど、その表現手法はメディア表現の進化に伴って、ますます変化してきた。

野村は、物の変化を観察するなかで、「物が今ここに在るとはいかなることか」や、「物や時間によって成り立っているこの世界とは何なのか」に関心を持ち、その眼差しの対象を、地上の現象から、空や宇宙、DNAへと、およそこれまでのアート表現で捉えるには限界があった領域にまで広げ、深めてきた。さらには銀河や太陽からの電磁波を受信して、波形を音に変換する『COWARA』や、太陽エネルギーによって動くソーラーカーを制作した『HAAS Project』など、ますます野村の思考と科学技術が結ぶ事で、新しい表現を実現させてきた。科学技術は進展することで、アートと互いに影響を与えあう存在になってきたのだ。

壮大な科学実験の集大成のような野村の作品群が一堂に会したまたとないこの機会に、アートと科学の出会いが生み出す知的な刺激をビンビン感じて欲しい。

《真空からの発生》1989 京都国立近代美術館蔵

《軟着陸する隕石 `96》1991-1996

《正午のアナレンマ ’90》1990 和歌山県立近代美術館蔵
空に現れた八の字を描く太陽は合成ではない。一年間同じ場所で定期的に撮影する事で得られた実写だ。自然現象に潜む運動の"残像"を明快に視覚化してみせたのだ

地球上の生命の起源には隕石が深く関わっているという説がある。鉄隕石が錆びて崩れ、小片になっていくさまは、隕石から生命が誕生していく時間の経過を表しているようだ

《北緯35度の太陽》1982-1987 京都市美術館蔵
魚眼レンズ付きカメラのシャッターを開放して、太陽の一日の運行を撮影すると、空に光の線が現れた。これを一年分撮りため、光の線をつなげたところ、夏と冬でぐるぐると渦を巻き、春分と秋分で直線が交差する無限大の形をした、予期しない美しさになった

《赤道上の太陽》1989(奥)、《ゆらぐ球体と暗黒エネルギー又はゆらぐ宇宙の出現》2007(手前)

関連イベント ※いずれも聴講無料。要本展観覧券(半券可)

■アーティスト・トーク

6月6日│土│ 14:00-15:00

「自然は時間と共に真の姿を現わすか」 野村仁(出品作家)

会場 : 国立新美術館3階講堂 / 定員250名(先着順)

■講演会

7月12日│日│ 14:00-15:00

「 時間の知覚」 中原佑介氏(美術評論家)

会場 : 国立新美術館3階講堂 / 定員250名(先着順)

■解説会

6月20日│土│・7月18日│土│14:00-14:30

同館研究員が本展の内容を分かりやすく紹介する。

会場 : 国立新美術館3階研修室 / 定員60名(先着順)