シリコンバレーでは知らない人はいない米国の業界誌「EETimes(Electronic Engineering Times)」が今年で創刊50周年を迎える。他誌の話題についてコラムを書くのはいささか恐縮ではあるが、EETimesは半導体業界で働いた人なら、一度ならずとも掲載記事に接したであろうシリコンバレーを代表する業界誌である。業界全体の財産ということでご容赦願いたい。そのEETimesが今年で創刊50周年に当たるというので、特集記事が載っていて思わず読んでしまった。

  • EETimes

    筆者のスクラップブックにあったEETimesに掲載されたLSI Logic社の広告

EETimesが報道してきたシリコンバレーの50年

EETimesの創刊は1972年である。Intelがその数か月前に世界初の汎用マイクロプロセッサー「4004」を発表しているというから、創刊以来の50年はシリコンバレーが半導体市場と一緒に急速に拡大した時代とオーバーラップする。

EETimesはデザイン・エンジニアだけでなく、半導体業界にかかわる営業、マーケティング、管理職/経営層と幅広い読者層を抱え、当時は週刊のタブロイドサイズの業界誌であった。

競合他誌が多数存在したが、廃刊・統合の結果脱落していった中、現在でもWebで最前線の報道を続けている老舗業界誌となった。シリコンバレーで今何が起こっているかを知る上での情報源としては頼もしい存在である。

50周年を迎えて「消えていった他誌と違った点」について、現在の編集長は「Big Iron(メインフレーム)からワークステーション・PCへと主要プラットフォームが急速に変化した時代のスピードに柔軟に対応できた結果」と分析している。さすがにシリコンバレーの日々の変化を目の当たりにして、いち早く報道してきた同誌編集長の言葉は今日的な示唆に富んでいる。

50周年の特集記事はさぞかし過去50年で起こった数々の出来事を振り返る内容満載であると思って期待して読んだが、過去のイベントについては1セクションのみで多少拍子抜けがした。そう、EETimesは常に未来におこる変化について敏感なのだ。この姿勢こそが、同誌が業界の加速的な変化を最前線で追いかけ続けてきた原動力なのだと思う。

それでも「シリコンバレーのルーツ」と題された過去振り返りのセクションは、次の3章で構成されていて、懐かしい写真の掲載もありオールドファンには楽しい内容である。

  • 創設者、レジェンド、大いなる遺産:この章はそれまでサクランボ農園の集まりだったシリコンバレーに(もちろん当時この地域はシリコンバレーとは呼ばれていなかった)創立したショックレー研究所とそこに吸い寄せられるように集まったレジェンドたち
  • プレーナー技術とフェアチャイルド社:半導体の生産技術の基本となるプレーナー技術と本格的な商用半導体市場の形成に大きな貢献をしたフェアチャイルド社
  • スタートアップの情熱とベンチャーキャピタル:AMD、Intelを始めとするスタートアップの出現と、その将来性をいち早く察知して資金提供をするベンチャー投資家たち
  • シリコンバレーの歴史

    シリコンバレーの歴史を語る時に必ず登場する各社の系譜図。著者作成

特集記事にはカラーの素晴らしい系譜図が掲載されているが、そのまま使うわけにはいかないので、ここでは以前に私自身が纏めた図を掲載する。フェアチャイルド社からスピンアウトした主だったブランドはAMD、Intel、National Semiconductor、LSI LogicのほかにSigneticsがあるが、現在活躍しているブランドの先祖をたどれば、たいていこの5社にたどり着く。しかし、この5社の中で現在も活躍しているのはAMDとIntelのみである。

吉川明日論とEETimesの思い出

1986年にAMDに入社した私にとって、EETimesは常に重要なニュースソースであった。何の知識もなく、元来エンジニアでもないのにいきなり飛び込んだ半導体業界であるが、最初の仕事は広報関係がメインであったので同誌にはいろいろな思い出がある。

Webなどない当時、毎週月曜日発行のタブロイドサイズのEETimesは、日本にいる私にも航空便で水曜日くらいには手元に届き、その充実した内容について行くのに精いっぱいであった。米国出張の際には、すっかり溜まってしまった雑誌をそのまま紙袋にドサッと入れてキャビン内に持ち込み、目的地に到着するまでに読み終えてそのまま捨てるということを繰り返した憶えがある。そんなことをやっていると、隣に座った同業者と会話が弾むこともあった。

今ではなくなってしまったが、当時は小さな日本支社があって、David Lammersという名物記者が高円寺に事務所を構えていた。そのため、高円寺の安い居酒屋で何度か飲んだ事が懐かしい記憶としてある。当時は半導体を代表とする日本の電子業界は米国の経済安全保障を脅かす、ちょうど現在の中国のような存在で、日本発信の話題が同誌のヘッドラインを飾った事も多かったが、やはり何といっても読者の関心の中心はマイクロプロセッサーについてだった。

CISCのx86と、各社独自の命令セットを持ったRISC系の高性能マイクロプロセッサーが乱立する群雄割拠の状態で、その両方の分野で激しいつばぜり合いを繰り返すAMDとIntelの話題は、常に表紙を飾るヘッドラインであった。

  • AMD

    マイクロプロセッサーの話題は当時から常にヘッドラインを飾る花形である。写真は著者所蔵品のAMD CPUを使ったキーホルダー

EETimesがこれからの50年に見る景色と業界への提言

さて、シリコンバレー50年の歴史をつぶさに報道したEETimesがこれからの50年に見る景色はどのようなものだろう?

ここでも私の期待は非常にポジティブな形で裏切られた。記事を読む前に私は、「EETimesが50年先に見るプロセス技術」などを期待していたのだが、未来予測の大きな部分が“GREEN”という言葉で括られていた。

EETimesはシリコンバレーを代表する業界誌としての「Mission(使命)」を環境問題に集約し、「環境問題は今や社会学、経済学、哲学といった分野の学者や活動家の問題ではなく、必要性に根差した電子業界全体の喫緊の問題である。ゆえに、今後の編集方針はこの使命に基づいた報道となる」、と言い切ったあたりは業界誌リーダーの存在感を充分に感じさせる。

もちろん、将来に向けてシリコンに取って代わるGaNやSiCなどの電子材料や、これからの先端Fabの建設に重要な水の問題など具体的な提言、各界からの取材記事なども多く含まれているが、すべての記事に共通するのは「高性能ではあるが省電力」というGREENの視点での報道の姿勢である。今や、経済安全保障の根幹を支える存在となった半導体・電子材料に期待される要件をしっかり見据え、業界誌リーダーとして牽引しようとする気概が充分に感じられる。

全編を読むのはかなり骨が折れる作業とはなるが、一読の価値がある記事だった。