コロナ禍の下、受験シーズン真っ只中となっている。受験生とその家族にとってはただでさえ緊張の期間であるのに加えて、感染対策に神経質とならざるを得ない状態が続く毎日。このために日頃から長い間準備をしてきた受験生諸君の健闘をただ願うだけである。

先日、新聞にとある超難関私立中学校の入試問題が掲載された。日曜日の朝で暇を持て余していた私は、単に興味本位で目を通したが、結局額に汗をかきながら悪戦苦闘する羽目になった。

超難関名門私立中学校の入試問題に挑戦

今回のコラムのタイトルは当初「入試問題を解いてみて」とする予定であったが、入試問題に「挑戦」ということになった。私が挑戦したのは東京の名門、開成中学校の「算数」の入試問題である。ここで重要なのは私が挑戦したのが高校ではなく「中学校入試」で、科目が数学ではなく「算数」だったということだ。

なぜ「挑戦」というタイトルになったかというのは、結局時間内にたった一問も解けなかったからだ。元来文系の私であるが、数IIBくらいまではやっていて、数学は結構得意科目ではあっただけにこのショックはかなりのものであった。

この入試問題はWeb上にも公開されているので、腕に覚えのある方は挑戦してみるのもよいだろう。試験問題は大きな設問が4題、その中に小問合わせて12問ある。制限時間は60分なので、時間配分のペースとしては一問5分ということになる。問題に取り掛かるまで、「合格点は何点くらいで、私は何点取れるだろう」くらいの考えであったが、取り掛かって最初の10分で「果たしてこれは中学校の入試問題なのだろうか?」という自問で頭がいっぱいになった。

  • 2022年度の開成中学校の「算数」の入試問題

    新聞に掲載された2022年度の開成中学校の「算数」の入試問題 (著者撮影)

第一問目は一見して一次方程式なので(「算数」なので未知数はXとは表示されていない)基本的には計算問題であるが、これがやたらと煩雑である。

分数と少数が混在しているので「通分」などをしている間に時計を見るとすでに5分が経過している。こんなはずでは……と思いながら問題全体を見渡して愕然とした。

複雑な計算問題の次は円形を含む図形の面積、円錐を輪切りにした一部の体積、確率の問題と続く。円錐の体積の方程式などは憶えていないので諦めて、最後の時計の長針・短針が重なる時刻を割り出す問題にとりかかるが、いくら考えても式が立てられない。すでに15分が経過している。このころには私の頭は完全にパニック状態となっていて、「これは零点の可能性もある」という恐ろしい思いがよぎる。

最後には、ぶつぶつと独り言を言いながら何やら紙に書きなぐっていた私は、かみさんに「さっきから何をやってるの?」と声を掛けられ「これが中学校の入試問題だなどとはおかしい、けしからん!」、などと逆切れ状態となる始末。かくして私は60分の悪戦苦闘の末「零点」という予想だにしなかった厳しい現実に向き合うこととなった。

そこで日頃親しくしている高校時代からの親友Kにメールをして同じ問題に挑戦してもらうことにした。K君は私と同じ年齢であるが、大きな違いは彼が日本で最高クラスの大学の数学科を卒業した秀才であることだ。高校時代の全国模擬試験などは向かうところ敵なしで、大学にも現役合格した猛者である。しかし、問題をざっと見渡した後、彼から意外な答えが返ってきた「まったく解ける気がしない……」。

  • 算数問題

    私がまったく式を立てられなかった問題を見事回答したK君の答案 (著者撮影)

後日、K君と昼食を共にした際に、私は問題が掲載された新聞の切れ端を持参して感想を聞いた。K君によると、1-2問を解いた時点で時間をかなり使ったので、60分集中してやったとしても半分も正解できないだろうという感想であった。かつての数学の天才K君は、その理由として、歳による集中力の低下と「算数」と「数学」の違いを挙げた。

すでに編み出された方程式、数式、定理などを基礎に体系化された「数学」のアプローチと違い、「算数」は出された問題に対してまっさらな頭で対応しなければならないので、それに向けてのトレーニングをあらかじめ受けていない場合には難問となりうる、ということだ。

こういった難関を突破して突き進む受験生集団の開成中学校、まさに恐るべしである。

数学とコンピューター科学

数学の問題が面白いのは、正解は1つしかないが、そこに到達するアプローチの方法が複数あることだ。古今東西の数学者が実に多くの難題に、個性あるアプローチで挑戦してきた。

例えば19世紀に活躍した数学者リーマンが自らの論文で「最後まで証明ができなかった」と書き残した“リーマン予想”は歴史的に知られる“未解決問題7問”の1つで、スーパーコンピューターのトップブランドCray Computerの研究所は、このリーマン予想の証明を含む未解決問題7問に対してそれぞれ100万ドルの賞金を懸けたが未だにその内6つは2022年2月時点で解決していない。しかし、こうした努力の過程で編み出された関数や定理は、数学に留まらず、経済学、社会学、コンピューター科学、先端医療などの多くの開発分野で大いに役に立っている。

コンピューターの世界でまず思いつくのは「アルゴリズム」である。深層学習などAI開発の最先端ではより効率のいいアルゴリズムで書かれたプログラムを、最高性能のコンピューターチップで処理することで驚異的な発展を続けている。

AIの話題があふれる今日、今まで聞きなれなかったアルゴリズムという言葉は一般紙などにも登場する言葉になった。いうなれば、コンピュータープログラムを書く時のアプローチの仕方で、幾通りもある中で効率の良いものが好まれる。卑近な例で言えば「1から100までの数字を足した場合の総数は?」という問題がある。「1+2+3+……」と足して力業で解決する方法もあるが、「100+1、2+99、3+98……」と考えると「101×50=5050」という掛け算で一気に答えを導くことができる。

今日のAI最前線では、高度に効率化されたアルゴリズムを多用したプログラムを、CPU、GPU、TPU、FPGAといったタスクに最適化したハードウェアで計算させることにより、AI性能を驚異的に上げることができるようになった。

そういえば、開成中学校の算数の問題であるが、かつての天才K君の解答例を見てハタと気が付いた。私の頭のアルゴリズムは「何でもいいから力ずくで計算」というものであったが、K君の答案はそれよりもずっとすっきりしたエレガントなものであった。しかし、彼も含めて開成中学の「算数」の入試は突破できなかったという事実に変わりはない。