本連載は「組み込みエンジニア必須のスキル - オシロの基本を身に着ける」(2007年掲載)を改訂したものです。

前回までは、オシロスコープの使い方について述べてきました。それでは、オシロスコープを使って、どのような測定ができるのでしょうか。今回は、その実例をいくつか紹介します。今回のお話は専門用語が多く、多少難しいかもしれません。しかし実例を知ることにより、オシロスコープは単なる波形表示装置ではなく、エンジニアの直面する問題を解決する強力なツールであることが分かるでしょう。

グリッチの観測

デジタル回路設計において、障害を発生する大きな要因のひとつに「グリッチ」と呼ばれる異常パルスがあります。グリッチは正常なデジタル信号のパルス幅に比べ、そのパルス幅が極めて細いため、その検知は容易ではありません。正常のデジタル信号に適したサンプリングレートを用いると、それはグリッチの幅に対して不十分なサンプリングレートとなります(本連載第4回目を参照)。その結果、グリッチは表示できません(図1)。

図1 グリッチを表示できない例

「ピークディテクト」を使った例

このようなサンプリングポイントの狭間に隠れてしまいがちなグリッチを発見し、その大きさを測定する例を紹介します。まず、グリッチの存在を見るためには、波形取り込みの1つである「ピークディテクト」という機能が有効です(図2のセンタの矢印部分)。ピークディテクトは、サンプリングレートが遅いにも拘らず、細いパルスを検出する特殊な仕組みを持つからです。

図2 ピークディテクト機能によりグリッチを観測

また、図3と図4はセンタ部分を拡大したものです。

図3 センタ部分を拡大

図4 図3と同じくセンタ部分を拡大

なお「ピークディテクト」機能は、オシロスコープのほとんどの機種において、波形取り込み方式を選択するメニューの中にあり、それを選択するだけで、機能します。

注意点としては、「ピークディテクト」にて検出した波形は、その形が正確に表現されていない事を知っておくことです。使用しているサンプリングレートでは捉えられない極細グリッチの発見が目的ですので、オシロスコープは、検出後"ここにあるよ"と画面上に示すのみで、波形の形を保証しません。

「パルス幅トリガ」を使った例

グリッチの検出には、トリガの一種である「パルス幅トリガ」機能も有効です(図5)。パルス幅トリガの条件を通常パルスのパルス幅(図3の例では50ms)より小さく設定(図5の例では49.9ms)すると、異常な極細パルス(この例では35ns)がトリガ条件に合致することになり、グリッチ波形そのものを捕らえることができます。

図5 パルス幅トリガ機能によりグリッチを観測

グリッチの発生頻度がそこそこ高いのであれば、この手法によりグリッチが発生しているか否かを判定することができます。

「パーシスタンス表示」で異常なグリッチを観測

さらに波形表示方法を選ぶことにより、グリッチ波形がどの程度の頻度でオシロスコープに捉えられているかも観測できます。エッジトリガレベルの振幅を低めに設定し、「パーシスタンス表示」(重ね書き表示)にしてみましょう。パーシスタンス表示は、長時間にわたって表示した波形を画面に保持する機能です。まれに発生する異常なグリッチも画面に保持し続けることになるので、1度でも捉えられたグリッチは画面にはっきりと残ります。異常なグリッチは、正常な波形の濃さに比べて薄めに表現されるので、描かれた波形の明るさがオシロスコープに捉えられた頻度に直結し、グリッチがどの程度の頻度で発生しているかを知る手がかりとなります(図6)。

図6 パーシスタンス表示(重ね書き表示)機能を使えば、グリッチの発生頻度も観測できる

「パーシスタンス表示」機能は、オシロスコープのほとんどの機種において画面を選択するメニューの中にあり、それを選択するだけで機能します。このようにさまざまな機能を使い悪玉グリッチを検出し、発生した障害の原因追及への出発点とすることができます。

ノイズの観測

設計した回路に意図しないノイズが発生することがあります。これはエンジニアにとって頭の痛い問題です。ノイズの特性は、図7のように時間領域で観測してもなかなか知ることができません。太く膨らんだトレース(ここでは黄色い帯)がノイズの存在を示すだけです。

図7 時間領域で観測した場合、ノイズの特性を知ることは難しい

「FFT」機能を使う

そこで、FFT(Fast Fourier Transform : 高速フーリエ変換)と呼ばれる機能を使ってみましょう(図8)。これにより周波数領域への変換を行い、ノイズを構成する周波数成分とその大きさを知ることができます。ノイズを構成する周波数成分が分かれば、ノイズの発生原因が特定できます。ノイズの成分をシステムクロック、オシレータ、リードライトストロボ、表示タイミング、スイッチング電源などといった既知のシステム信号の周波数と照合します。同じ周波数成分を持つものが犯人です。

図8 FFTを使ってノイズ特性を知る

「FFT」機能は、オシロスコープのほとんどの機種において演算機能を選択するメニューの中にあり、それを選択するだけで動作します。

FFTを正しく使うには

FFTを使うにあたり、注意しなければならないことがあります。まず、メニューによりウィンドウ(窓関数)を適正に選ぶことです。これにより正確な表示レベルになり、周波数の解像度が最も高くなります。なお、図7の例では周波数をより詳しく観測する目的でHanningウィンドウを選びました。

周波数成分を読み取るには「カーソル」を使います。オシロスコープのたいていの機種では、カーソルを起動してメニューから「周波数」を選択すれば、準備完了です。カーソルをFFT波形の中で一番大きなレベル(矢印参照。画面の真ん中から少し左より)に合わせてみましょう。そうするとその周波数が簡単に読み取れます。図7の例では「20MHz」と読み取れました。この20MHzは回路のシステムクロックの周波数と一致します。つまりシステムクロック信号が漏れ込むことにより、意図しない大きなノイズを発生させていたことが突き止められました。 このように、オシロスコープはさまざまな問題を解決する強力なツールとなります。次回はさらに役立つ使用例として、電源におけるさまざまな測定例を紹介します。お楽しみに。

稲垣 正一郎(いながき・しょういちろう)

東洋計測器
前職ではテクトロニクス社にて10年にわたりテクニカルサポートセンター長を務めた。