ロッキード・マーティンが8月17日に、海上自衛隊のイージス・システム搭載艦(ASEV : Aegis System-Equipped Vessel)に搭載する戦闘システム一式の試験を完了したと発表した。これで日本に向けて送り出す準備が整ったことになる。

その“眼”となるのが、新型レーダー「AN/SPY-7(V)」だ。弾道ミサイルだけでなく、そこから放出される再突入体や囮などを識別する能力を支えている技術の一つが「多重偏波」である。今回は、AN/SPY-7(V)が異なる偏波をどのように利用し、対象物の識別能力を高めているのか、その仕組みを見ていこう。。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

  • 「DSEI Japan 2025」でロッキード・マーティンが展示していたASEVの模型 撮影:井上孝司

    「DSEI Japan 2025」でロッキード・マーティンが展示していたASEVの模型 撮影:井上孝司

「偏波」とは何か? AN/SPY-7(V)が使う多重偏波技術

この戦闘システムの“眼”となるAN/SPY-7(V)1レーダーについては、過去にもいろいろ紹介しているが、そうした中でまだ取り上げていなかった話を書いてみたい。AN/SPY-7(V)レーダーの特徴である、多重偏波技術である。

電波や光などの電磁波は、「互いに直交する電界と磁界が振動しながら空間を伝わるもの」と説明される。このうち、電解が振動する平面の向きによって、複数の種類の「○○偏波」が存在する。

そのうち、振動方向が常にひとつの平面内で発生するのが、直線偏波(リニア偏波)。これはさらに、電界が水平方向に振動する「水平偏波」、垂直方向に振動する「垂直偏波」、斜め方向に振動する「斜め偏波」に分類できる。

もうひとつ、振動方向が円を描くように回転するのが、円偏波。進行方向に向かって右回りする右旋円偏波と、左回りする左旋円偏波がある。例えばGNSS(Global Navigation Satellite System)では右旋円偏波を使用している。

このほか、回転の軌跡が楕円になる楕円偏波もあるが、これは直線偏波と円偏波の特徴を組み合わせたものだと説明される。

どの種類の偏波を送受信するかは、アンテナの構造に依存する。分かりやすいところで八木・宇田アンテナ(八木アンテナとも)を引き合いに出すと、ズラッと並べる導波器素子(エレメント)を地面と水平の向きにすれば水平偏波になるし、地面と垂直の向きにすれば垂直偏波になる。

  • 導波器素子が露出して並んでいるアンテナなら、偏波の向きは分かりやすい。これは中国海軍の052D型駆逐艦が装備する517B型レーダー 撮影:井上孝司

    導波器素子が露出して並んでいるアンテナなら、偏波の向きは分かりやすい。これは中国海軍の052D型駆逐艦が装備する517B型レーダー 撮影:井上孝司

もちろん、送信側と受信側で向きをそろえる必要があり、これを偏波整合という。これをしないと送受信が正しく行えない。裏を返せば、同じ周波数帯の電波でも、異なる偏波であれば相互干渉が発生しない。これを応用して、混信防止のために異なる偏波を使い分ける手法がある。

また、円偏波にはマルチパスに強い特徴がある。マルチパスとは、例えばGNSS受信機を使用しているときに、衛星からストレートに受信する電波と、近隣の建物などに反射した電波の両方を受信してしまう現象のことだ。

ところが、円偏波は建物や地面に当たって反射すると回転方向が逆になる特性があるため、受信機側で特定回転方向の円偏波だけを受信するようにすれば、マルチパス対策になるとされる。

フェーズド・アレイ・レーダーで偏波をどう変えるのか

先に八木・宇田アンテナの話を書いたが、AN/SPY-7(V)は八木・宇田アンテナを使用していない。ひとつのサブアレイ・スイートに16個の送受信アンテナを組み込んだアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーである。その場合のアンテナはどういう仕組みになるのか。

フェーズド・アレイ・レーダーでは、素子ごとの送受信タイミングのズレによって合成波の送信方向を変えたり、受信波の入射方向を判断したりする。

  • AN/SPY-7(V)シリーズで使用するサブアレイ・スイートの実大模型。現物を手に持ってみたこともあるが、諸事情により写真はない 撮影:井上孝司

    AN/SPY-7(V)シリーズで使用するサブアレイ・スイートの実大模型。現物を手に持ってみたこともあるが、諸事情により写真はない 撮影:井上孝司

しかし、個々の素子が持つアンテナが単純な単一アンテナ、例えば棒状のモノポール・アンテナでは、そのアンテナに適合する向きの偏波しか送受信できない。素子ごとの給電タイミングの違いにより、送信する合成波そのものの向きを変えることはできても、偏波の方向は変えられない。

例えば、垂直偏波と水平偏波の両方を送受信したい場合には、素子のアンテナ構造に工夫をして、垂直偏波用のエレメントと、水平偏波用のエレメント、そしてそれぞれ専用の給電点を用意する。これには複数の形態があるが、AN/SPY-7(V)がどういう形態になっているかは判明していない。

そこで、単純な素子単位ではなく、個々の素子が持つ垂直偏波用の給電点と水平偏波用の給電点について、給電のタイミングを精確に制御する。面白いのは、垂直偏波用の給電点と水平偏波用の給電点を対象とする出力を増減させることで、偏波の角度を変えられること。

垂直偏波用の給電点、あるいは水平偏波用の給電点だけを使えば、垂直偏波あるいは水平偏波になる。ところが、両方を同位相・同出力にすると、斜め45度の直線偏波になる。出力の比を加減することで、この角度を変えられる。また、位相を1/4周期分(90度)ずらすと円偏波になる。

ここまでは単一の素子の話だが、複数の素子について給電のタイミングを制御することで、合成波の方向をコントロールできる。これはフェーズド・アレイ・アンテナ全般に共通する話。

多重偏波で弾道ミサイルや「囮」をどう見分けるのか

1つのアンテナ素子を用いて、例えば垂直偏波と水平偏波を同時に使用すると、二偏波(双偏波)MIMO(Multiple Input Multiple Output)になる。前述したように、垂直偏波と水平偏波は相互干渉しないから、結果として伝送能力が倍増する。移動体通信の分野では、5Gや6Gのミリ波・サブテラヘルツ波通信で高速通信のためにこれを用いている。

レーダーの分野では、気象レーダーにおける実用事例がある。水平・垂直の両偏波を同時に送受信することで、雨粒の横幅と縦幅の比率計測して、雨、雪、雹の種類と精確な降水量の観測を実現する。そういう識別ができるのであれば、他の空中物体の識別もできる理屈となる。

具体的には、飛来する弾道ミサイル、あるいは、そこから放出される再突入体や囮といったものを精確に捕捉追尾するとともに識別する使い方である。同じ対象物でも、垂直偏波を当てる場合と水平偏波を当てる場合では、反射波の強さやタイミングが異なるため、両者の情報を併用することで、より高度な識別が可能になると期待できる。

  • アラスカのクリアー宇宙軍施設に設置したLRDR Photo:DoD

    アラスカのクリアー宇宙軍施設に設置したLRDR Photo:DoD

AN/SPY-7(V)は、米ミサイル防衛局(MDA : Missile Defense Agency)がミサイル早期警戒用に開発させたLRDR (Long Range Discrimination Radar)にルーツがある。そしてdiscriminationとは識別という意味だ。高い識別能力を持たせるために、異なる種類の偏波を同時に送受信する多重偏波技術を使っており、それをAN/SPY-7(V)も共用している。

というか、両者はそもそも同じサブアレイ・スイートを使っている。よって、AN/SPY-7(V)はLRDR譲りの高い識別能力を持つ、という話になるわけだ。