SUBARUは、「ITでサステナブルなSUBARUをつくる(=変革し続けるヒトと仕組みづくり)」というビジョンを掲げてDXを推進している。その柱となっているのは、全社の生産性を1.5倍にすること、SDV(Software Defined Vehicle)時代の価値づくりへ貢献すること、ITトリプルハーフに挑戦すること、そしてガバナンスとセキュリティでブランドを守ることの4つだ。

9月15日~16日に開催された「TECH+データ×イノベーションEXPO 2026 Sep. イノベーションの停滞要因を打破するデータの活かし方」に同社 執行役員 CIO(最高情報責任者)IT戦略本部長の辻裕里氏が登壇。同氏が言う「地に足のついたSUBARUらしい愚直なDX」で改革したこと、実現したことなど、同社ならではのDXの内容について説明した。

10年の遅れを1年で取り戻したSUBARUのDX

SUBARUが本格的にDXに取り組み始めたのは、2020年の春だ。新型コロナウィルス感染症の流行でリモートワーク導入が急務となるなかで、当時、紙や押印を前提とした業務も多く残るなか、同社は「10年の遅れを1年で取り戻す」との意識で、全社的なデジタル化に舵を切った。VPNのライセンスが100しかないところから、1万人がリモート勤務可能な環境の整備、Microsoft TeamsやUiPathといったデジタルサービスの導入、物理的なワークスペースの新設、さらに給与明細や部品表の電子化、会計システムの刷新などを通じて、ペーパーレスまで1年で実現した。

これにより、従業員満足度調査ではほとんどの指標が向上。とくにワークライフバランスや能力向上機会に対する満足度は大きく跳ね上がった。しかしその一方で、やりがいや誇りといった指標は伸びが停滞していた。PCのログ分析もそれを示している。ほぼ全員が1日の45パーセントの時間をOutlookとExcelの操作に費やしていたのだ。また管理職のPC稼働時間がとくに長いことから、管理職の負担が大きく、社内のコミュニケーションにも課題があると推測された。

そこで2023年からIT基軸の働き方改革として、負担感の大きい仕事であるオフィスの3M(面倒・マンネリ・ミスできない)を削減する活動に取り組んだ。その結果、実際の作業時間短縮は39分だったが、従業員アンケートでは約67分の効果を実感したとの結果が得られた。つまり、嫌な仕事を削減すれば実際の時間以上に効果を感じられ、モチベーションを上げられるのである。この活動は「スマートワークDXプロジェクト」(スマプロ)と名付けられ、現在も生成AIの活用を中心に継続して全社で行われている。

  • 2023年より継続しているIT基軸の働き方改革

    2023年より継続しているIT基軸の働き方改革

AI時代の働き方とマネジメントの改革

AI時代には働き方やマネジメントも変わる。辻氏は「スマプロが5分の仕事を1分にする改善だとすれば、生成AIは5日の仕事を1分にするもの」だと話す。進捗の確認や軌道修正を経て5日かかった仕事が1分でできるなら、1人でやるべきか、チームで取り組むべきかといったマネジメントも変化するし、すぐに意思決定をしなければならないためスピード感も変わる。

働き方の変革は経営層自らが先頭に立って進めることがSUBARUの方針だ。実務者は自律的に生産性向上を図るべきだが、その前にまず役員が率先垂範で自ら仕事のやり方を変え、管理職は実務者を支援するようマネジメントを変えるのである。こうした考えの下、最初に取り組んだのは役員に対するハンズオントレーニングだ。その一方で全社員に対し、先進的な技術にこだわらず、例えばExcelのような身近なところから、自分を改善できる力をつけてもらおうという「スマートエンプロイー化」という教育活動も行った。

さらに、全社の底上げのためにIT部門主導のITアカデミーを設立したほか、自動車がSDVになる時代を迎え、ソフトウェアやAIの技術が必須となるため技術部門向けのソフトウェア人財育成も強化した。AIの有用性を体感してもらうため、事業所を巡回する展示会形式の啓蒙活動も行っている。AI活用の前に重要になるデータについては製造部門を中心に活用を進め、取引先も含めた勉強会を開催。ここではツールの導入や可視化がゴールではなく、手段を問わず実務の改善に活かすことが重要であることを強調している。

IT部門の組織強化を実現した改革

これらの改革を推し進めるには、IT部門の組織を強化する必要があるため、辻氏はいくつもの変革を行った。その結果、SUBARUのIT戦略本部は6年間で人数が10倍になり、退職率は半減、従業員満足度は社内で最上位、さらにITメンバー1人あたりのこなせる業務量は業界平均よりも一定大きくなったという。

  • IT部門の組織変革

    IT部門の組織変革

同氏がまず変えたのは、自身のマネジメントだ。実務を理解し先頭に立って細かいところまで指示をするのではなく、働きやすい環境をつくるための後方支援を中心に据えた。社員の力を最大限発揮できるようフォローすることに注力し、自走できる組織に育てることを意識しているそうだ。

「CIOはChief Information Officerであるとともに、“チーフ・癒し系・お母さん”であると考えています」(辻氏)

トップコミュニケーションも変革した。今やITやデジタルに無関係な役員はいないと考え、CEOやCFO、CTOといった従来のCxOに加え、最高モノづくり責任者(CMzO)や最高バッテリービジネス責任者(CBBO)といった同社が新設したCxO、さらに事業系役員や社外役員など、多くの役員とIT雑談をする25分間の1on1を実施している。他部署からは見えない苦労などを話すことで、お互いの関係性を向上させ、ITの理解を深めることができているという。

IT部門をワンチーム化したのも組織強化が目的だ。まず情報子会社を統合してオペレーションを統一し、海外の主要拠点にはCIO/CISOを招致、技術ITインフラ部門も統合して、データや教育といった横串を通すようなチームもIT戦略部門に集めた。

さらに、風土改革のため、業務も遊びも含めて誰でも提案ができる「円卓会議」を週2回実施し、さまざまなイベントに結び付けている。集まって何かをやるという“昭和の良さ”を活かしてモチベーションを向上させ、挑戦に向けたハードルを下げるのが目的だ。

AI活用は「点の活動」から「面の活動」へ

AI時代に向け、AIについての考え方も変えようとしている。文房具のように1人ずつが効率化に活用していた従来の方法はいわば「点の活動」だが、今後は業務プロセスの刷新やビジネスの強化といった「面の活動」が重要になると辻氏は説明する。

SUBARUではすでにさまざまな点の活動をしてきた。会議の議事録をAIによる簡易議事録とすることで作成時間をほぼゼロにしたほか、AIエージェントで情報検索することで時間を50~80パーセント削減、グローバル会議において自動翻訳ツールを活用してロスを大幅に削減、資料の作成・要約で時間を10分の1に短縮といった実績がある。

一方、昨年から取り組んでいる面の活動の1つが採用面接だ。一次面接をAIアバターで行うことで面接を公平かつ平準化し、人財評価を統一した。また、ITサポートデスクではチャットボットにより定型対応を自動化し、一次受けにAIを活用。難易度の高い案件にだけ人間が対応している。システム開発については、AI駆動開発のコード自動生成などを全工程に取り入れることで内製化しつつ、総コスト、工期、工数の半減を目指している。

面の活動において同氏が「最近のヒット」と話すのが、BPO(外部委託)だ。AIによるリバースエンジニアリングと簡易BPR(業務再構築)によって業務時間を15分の1に短縮。現地で業務内容を説明し、半分の単価で海外BPOに出せるようにした。これらの取り組みを通じて、全体として30倍のパフォーマンスが向上した事例も出ているという。

「今では若手社員が1人で自分の仕事を海外に出張して渡してくるというようなことまでできるようになっています。今年度はこれを事業部門にも拡大していきます」(辻氏)

AIの活用を実際の成果に結び付けるため、各部門には生産性向上リーダーを配置している。リーダーがまず自組織を設計し直し、要員計画を立て直す。そしてAIを活用して業務を仕分けし、DXをリードしていく仕組みをつくった。先に組織を変えることでAI活用を前提とした組織づくりを進めている。

最後に辻氏は、「孫の世代までに日本を元気にしたいと思っています。そのためにはIT、AIをもっと使って盛り上げて、企業を元気にしたい。AI時代は日本企業の大きなチャンスなのです」と語って、講演を締めくくった。