人々の情報収集は「クリック」から「質問」へと移りつつある。9月18日に開催されたオンラインイベント「TECH+セミナー DX day for Executive 2026 Sep. 組織はどう変わるべきか──業務基盤・意思決定・DXの再構築」に、アステリア CXO(最高変革責任者)でノーコード推進協会 代表理事の中山五輪男氏が登壇。AIの潮流を概観しながら、現場主導のDXの可能性を語った。

「クリックから質問へ」、人の行動が変わればDXも変わる

中山氏はまず、AIによって人々の行動そのものが大きく変化していると指摘した。2024年には、Google検索の約60パーセントがWebサイトへのクリックに至らなかったという報告がある。また、調べものをする際に検索エンジンを使うことが「まったくない」と答えた人が約4割にのぼるというアンケート結果も紹介された。

「人々はもはやWebサイトを閲覧しているのではなく、AIに直接質問しているのです。これは人間の行動そのものの革命と言ってもいいでしょう。当然、DXのやり方も時代に合わせて変えなければ意味がありません。ただ、これからどういう時代が来るのかを正しく理解していなければ、有効な戦略はつくれません」(中山氏)

同氏によれば、2022年秋に始まった生成AIの時代は、「AIエージェント」、複数のAIが協調する「エージェンティックAI」へと急速に進み、その先には端末側で動く「エッジAI」やロボットなどに搭載される「フィジカルAI」の時代も控えているという。

数十秒で業務アプリがつくれる、病院の事務職員もアプリを自作

業務アプリ開発において生成AIがどれほどの威力を持つのか。中山氏は、代表的な生成AIの無料版に「会社の役員が利用する公用車の管理をしたい。簡単なものでいいので公用車管理アプリをつくってみてください」という同じプロンプトを入力した結果を比較した。

ChatGPTはすぐにJavaScriptのプログラミングを始め、数十秒でWebアプリを完成させたうえ、使い方の説明まで添えた。一方、Geminiは「このレベルならアプリをつくる必要はなく、Googleスプレッドシートの共有で十分ではないか」と代替案を提示した。そしてClaudeは、ダッシュボードや車両一覧、予約管理、利用履歴などの実用的なメニューを備えたアプリ画面を数十秒で構築してみせたという。

「外部のシステム開発会社に頼んだら数百万円かかるかもしれないアプリが、数十秒で、素人でもつくれてしまう。それが今の生成AIによるアプリ開発の世界です」(中山氏)

実際に現場の職員がアプリを開発した事例として紹介されたのが、熊本市の武蔵ヶ丘病院だ。9つの診療科、145床を持つ同院は、「全国ワークスタイル変革大賞2025」九州・沖縄大会で最優秀賞を受賞している。

同院ではこれまで、看護師が毎朝電子カルテを開き、患者1人当たり2~3分かけて発熱や排便の状況を確認して手作業で入力していた。システムから出力されるCSVファイルも、どこに何が書かれているか分かりづらいという課題があった。そこで、一般事務の職員が自らChatGPTを使ってプログラミングを行い、Excel VBAやRPAと組み合わせたアプリを開発。データを病棟のフロアマップ上に自動で取り込み、各ベッドの患者の体温や排便状況がひと目でわかる仕組みを構築したのだ。

  • 武蔵ヶ丘病院でつくられた業務アプリ

    武蔵ヶ丘病院でつくられた業務アプリ

さらに、看護師の勤務表作成の自動化にも成功している。シフト作成は、多様な勤務形態や個々の事情、複雑な人間関係まで考慮する必要があり、これまで何時間もかかっていた作業だ。同院はChatGPTに加え、Googleの最適化ツール「OR-Tools」とSQLiteを使って独自のツールを開発。これにより、看護師が事前に入力した希望を基に、一瞬で勤務表を作成できるようにした。

「普通の病院の一般事務の職員でも、少し勉強すれば生成AIを活用してアプリをつくれるということです。皆さんにもできますから、自信を持ってください」(中山氏)

AIに仕事を任せる時代だからこそ、業務アプリが必要

続いて中山氏は、2025年は「AIエージェント元年」だったと振り返った。AIエージェントとは、環境を認識し、「考える・調べる・実行する」というプロセスをユーザーや他のシステムと対話しながら自律的に行うシステムだ。同氏は生成AIを「人間の脳」、AIエージェントを「人間の身体」に例え、「自分の分身や秘書のようなもの」と説明する。

デモでは、AnthropicのAIエージェント「Claude Cowork」に指示を与える様子が紹介された。「NVIDIAのIRサイトだけを参照して、2020年以降の四半期ごとの純利益データを抽出し、Excelにまとめて折れ線グラフにして」というプロンプトを入力。すると、AIエージェントが自らブラウザを起動して該当サイトにアクセスし、フォルダを新規作成して2つのExcelファイルを自動生成した。さらに、データの正しさを裏付けるため、参照したWebページのスクリーンショットまで保存していた。

「AIエージェントに仕事をしてもらうには、AIエージェントがアクセスする業務アプリが数多く存在しなければなりせん。AIに仕事を任せる時代だからこそ、アプリ開発が重要です。DXのデジタルとは業務アプリのこと。業務アプリがなければ、DXの実現は難しいでしょう」(中山氏)

業務アプリをつくる方法は3つある。1つ目はSIerへの外部委託だが、十分な予算と、SIerと対話できる人材がいなければ難しい。2つ目はIT部門のエンジニアによる内製化で、近年進んでいる。そして中山氏が期待を寄せるのが3つ目、一般社員がノーコードツールや生成AIを使って開発する「市民開発」だ。

「外に頼るのではなく、現場のことをよく分かっている自分たちの手で、AIがアクセスするための業務アプリをたくさんつくってください」(中山氏)

AI役員が議論する「エージェンティックAI」、そして「ループ」へ

中山氏は、2026年を「エージェンティックAI元年」と位置付ける。エージェンティックAIとは、複数のAIエージェントが協調・連携しながら複雑なタスクを遂行する仕組みや、そのアーキテクチャ全体を指す。

例として紹介されたのが、ノーコードでAIチャットボットやAIエージェントを構築できるプラットフォーム「miibo」だ。デモでは、AIのCEO、CFO、CMO、CTOを仮想の会議に招待。人間が議論の開始を指示するだけで、AI同士が議論を進めてレポートをまとめる様子が示された。社内データが流れる“大きな川”から各AIエージェントが必要なデータを得てリアルタイムに学習し、会社の戦略を議論するというイメージだ。

実企業の取り組みとして、キリンホールディングスの事例も紹介された。同社は2025年7月、AI役員「CoreMate」の本格運用を開始した。これは、社員4人のチームが約2か月で内製したものだ。異なる専門性を持つ12人のAI役員が、経営会議の音声をリアルタイムに解析し、意見や論点を提示する。

「ときには忖度しない意見も飛び出すそうです。人間の会議は忖度だらけで、なかなか本音を言えませんが、AIは忖度なく本音を言ってくれます」(中山氏)

  • AI役員「CoreMate」

    AI役員「CoreMate」

さらにその先にあるトレンドが、「ループエンジニアリング」だ。従来の生成AIでは、人間が指示と修正依頼を繰り返していた。これに対してループでは、目標を設定すれば、AIがドラフトの作成、自己評価、修正、テストと検証を自律的に繰り返す。そして完成条件を満たすまで改善を続ける。営業の提案書作成やプログラミング、データ分析など幅広い業務に応用でき、単発の実行より高品質な成果を得やすいのが利点だ。

同氏は、今後1~3年で生成AIの活用が「チャットで質問して答えをもらう」かたちから「目標だけ与えてAIが自律的に仕事を進める」かたちへシフトする可能性があると説明した。ループはその中核となる考え方の1つだという。

  • 「ループエンジニアリング」のイメージ

    「ループエンジニアリング」のイメージ

講演の最後、中山氏は、日本ではとくに中小企業でDXがなかなか進まない現状に触れ、「生成AIという便利なツールがあります。現場のことをよく知っている社員が主導して、生成AIをベースにした新たなDXの手法を実践してみてください」とエールを送った。