DXの本来の目的である企業変革をいかにして成し遂げるべきか。9月18日に開催されたオンラインイベント「TECH+セミナー DX day for Executive 2026 Sep. 組織はどう変わるべきか──業務基盤・意思決定・DXの再構築」に、CIO Lounge正会員で日本データマネジメント・コンソーシアム理事、元カシオ計算機CIO/生産本部長の矢澤篤志氏が登壇。基幹システム刷新を企業変革につなげるための手順について解説した。
なぜ「真のDX」は進まないのか? 目的化とサイロ化の壁
矢澤氏はカシオ計算機で海外営業・物流部門を経て、情報システム部門長/CIOとしてグローバルERP導入と業務プロセス標準化を主導。その後は生産本部長としてサプライチェーン、エンジニアリングチェーンの改革を率いた。2025年に同社を退職した後は、企業の業務改革や基幹システム刷新を支援している。CIO Loungeで多くのCIOと議論を重ねるなかで、業種を超えた共通の悩みが見えてきたという。
「システムを新しくしたのに、なぜ業務は変わらないのか。AIやデジタル技術を入れても、なぜ期待した価値につながらないのか。そもそも、このような改革を誰がリードすべきなのか。企業や業種は違っても、抱えている悩みには多くの共通点があります」(矢澤氏)
同氏は経済産業省の「DXレポート2.0」におけるDXの定義を引きつつ、「DXの本質は、もともとデジタル化ではなく、企業変革であった」と振り返る。
2018年のDXレポートで「2025年の崖」が提起されてから7年。経産省の振り返りでは、大企業の74%、中小企業の53%、全体で約6割の企業がいまだにレガシーシステムを残しているとされる。情報処理推進機構(IPA)の調査でも、日本は米独と同水準のIT投資を行ってきたにもかかわらず、その効果は現場の効率化やコストダウンにとどまり、企業成長にはつながっていないという。
矢澤氏は最大の原因として「目的化のずれ」を挙げる。業務改革を伴わないデジタル化投資や、経営・事業戦略と結び付かないシステム化投資が多いということだ。加えて、日本企業ならではの構造的な問題もある。
「日本の現場の方々は非常に優秀なので、組織ごとに常に改善を繰り返してきました。そのことによって、部門ごとの改善が逆に組織のサイロ化を呼び、エンド・ツー・エンドでのプロセスの視点や改革の意識がなかなか醸成されないのです」(矢澤氏)
さらに、20~30年前に構築した基幹システムの構造を可視化し、抜本的につくり変えられる人材の不足も深刻だ。そして同氏は、推進体制について「こうした変革はCIOやCDOだけでは難しい。現場を統括するプロセスオーナーが旗を振り、自分の範囲である業務プロセスを変えきることをリードしなければ、うまくいくものではない」と強調する。
「WHY」を定め、3つの「WHAT」を設計してからシステムへ
では、具体的にどう進めるべきか。矢澤氏が示す手順の一丁目一番地は、提供価値、すなわち「WHY」だ。
グローバル経営の強化など、経営起点で企業価値を高めたいのであれば、ERPによる徹底した標準化がベースになる。一方、品質向上やリードタイム短縮など、業務起点で提供価値を高めたいのであれば、エンド・ツー・エンドでの差別化やプロセスの再設計が必要になる。何のためにシステムを刷新するのかを経営レベルで議論し、必要に応じて中期経営計画に落とし込む。そのうえで、業務プロセス、組織、デジタルプラットフォームという3つの「WHAT」を設計し、ようやく具体的なシステム導入に入る。
WHYが曖昧なまま「ERPを刷新しよう」とシステム起点で走り出すのが、典型的な失敗パターンだという。
「本来のビジネスや現場のWHYが曖昧なまま要件定義に入ると、各部門の現行業務の要求をそのまま引き継いでしまいます。現場のサイロ化された業務が、そのまま新しいシステム基盤に乗るだけになってしまうのです」(矢澤氏)
また、As-IsからTo-Beへの変化によってどんな効果が得られるのか、KPIを先に明確にすることも欠かせない。効果が見えなければ現場の改革は動かず、逆に先にメリットを示せば現場に一体感が生まれるからだ。
役員クラスのプロセスオーナーが変革を率いる
組織設計で重視するのは、プロジェクトを終えた後も改革を続けられる体制だ。矢澤氏は「以前のように10年、20年に一度の業務改革やシステム刷新では、今の世の中の変化に対応できなくなってきている」と語る。
そのためには、エンド・ツー・エンドの変革をリードする役員クラスのプロセスオーナーが鍵となる。
カシオ計算機では、サプライチェーン改革で生産本部長の矢澤氏自身が、エンジニアリングチェーン改革では開発本部長が、CRMなど顧客接点の改革では営業本部長がそれぞれプロセスオーナーを務めた。このときCIO/CDOは、全体を俯瞰してプロジェクトマネジメントやプロダクトマネジメントを支援し、改革全体をオーケストレーションするプロデューサーの役割を担ったという。
標準化と差別化を見極め、BPMNで「共通言語」をつくる
業務設計では、WHYに応じて領域ごとに方針を分ける。財務会計や購買、人事労務といった標準領域(SoR)は、ERPの業務体系に合わせて徹底的に標準化する。一方、エンジニアリングチェーンやサプライチェーン、CRMといった競争領域(SoE)では、顧客から最上流までをエンド・ツー・エンドで分析し、変えるべきところは大胆に変え、強みは徹底的に磨く。
矢澤氏は、1990年にマイケル・ハマーが提唱したBPRの原点「時代遅れの業務プロセスをそのままシステム化するのではなく、捨てて一からつくり直すべきだ」という言葉に立ち返ることを勧める。この「システム化」を「AI化」に読み替えることで、いま取り組むべき真の課題が見えてくるという。
「時代遅れの業務プロセスをそのままAI化するのではなく、それを捨てて一からつくり直すべきだということです。30年前につくられた業務プロセスは、さまざまなシステムの制約によってそうつくらざるを得なかったもの。しかし今は、『こうしたい』ということがさまざまな基盤によって実現できる時代になっています。プロセスオーナーが自分ごととして、エンド・ツー・エンドでこうしたいということを現場のメンバーと一緒に考えていくことが重要です」(矢澤氏)
その具体的な実践手法として、同氏は、業務プロセスの国際標準表記法「BPMN(Business Process Model and Notation)」を紹介した。経営、業務、システムを階層構造でつなげて可視化でき、ボトルネックを特定したうえでTo-Be像を描ける。詳細フローにシステム機能まで定義できるため、業務部門とIT部門が共通認識の下で要件定義を進められ、テストや運用段階での手戻りも抑えられるという。
一方、これらを支えるデジタルプラットフォームの設計については、単なるアプリケーションの入れ替えにとどまらず、エンタープライズアーキテクチャの抜本的な見直しが求められる。
ここでは、既存資産を「残す・置き換える・つくり変える」に仕分けしたうえで、早い段階でのクラウドシフトを図る。さらに、サプライチェーンなどのエンド・ツー・エンドプロセスを柔軟につなぐため、API連携やエンタープライズサービスバスを用いた疎結合な構造へと移行していく。
「これからの時代は、全社でAIを活用できる基盤づくりが重要なポイントです。そのためには、従来の構造化データだけでなく、各部門に分散している非構造化データも含めて統合できる環境を整えなければなりません。業務改革の方針が決まった段階で、IT部門が自ら在るべきシステム基盤像を設計していくことが重要です」(矢澤氏)
先送りされた「崖」は、千載一遇のチャンス
講演の最後に矢澤氏は、「2025年の崖を悲観する必要はない」と語った。2018年当時にはなかった生成AIが、いまやクラウドやSaaSに組み込まれ、プロジェクト初期から構築段階まで、時間とコストを削減できるようになったからだ。
「6割の企業がまだレガシー刷新をできていません。逆に言えば、今の最新基盤を使うことで、AI時代の企業に生まれ変わる千載一遇のチャンスではないでしょうか」(矢澤氏)



