DXの必要性は理解している。それでも変革が途中で止まってしまうのはなぜか。9月18日に開催されたオンラインイベント「TECH+セミナー DX day for Executive 2026 Sep. 組織はどう変わるべきか──業務基盤・意思決定・DXの再構築」に、スギ薬局 取締役 AX戦略本部 本部長 CDOの各務茂雄氏が登壇。KADOKAWA、三菱UFJ銀行、GovTech東京、JTBでDXを推進してきた経験を基に、良いアナログを活かして経営と現場をつなぐ「AX(Analog & AIトランスフォーメーション)」の考え方を語った。
DXが止まるのは、技術力不足のせいではない
講演の冒頭、各務氏は業界を問わず多くの企業から聞こえてくる「変革の必要性は理解しているが、何から着手すべきか分からない」「部門ごとの改善は進むが、全社最適にならない」「AIへの期待は高いが、既存業務との接続に課題がある」といった声を紹介した。これらの根本的な原因は、技術力の不足ではなく「意思決定と組織連携」にあると同氏は指摘する。
「経営理念(ミッション・ビジョン・バリュー)のうち、バリューまでは出てきても、それを行動指針にまで落とし込むことが十分にできていません。結果として横連携が弱く、役割と権限が曖昧なまま、具体的な『How(どうやるか)』を現場に委ねてしまっている。これが、DXが止まる最大のネックです」(各務氏)
日本の企業では、「誰が・何を・いつまでに・どこまでやるのか」という解像度が粗いまま、トップダウンで走り出してしまうケースも多い。しかし、DXを進めるためには、経営理念を定めた後、仕事の役割を明確にし、コミュニケーションを最適化し、人事制度を実力主義に変え、先行指標を明確にするというサイクルを回す必要がある。
「良いアナログ」を残し、「悪いアナログ」を捨てる
各務氏が提唱するAXの根幹にあるのは、「良いアナログ」と「悪いアナログ」の峻別である。
「日本の良いところは『良いアナログ』、つまりおもてなしの心などにあります。一方で、紙を使った非効率な業務など『悪いアナログ』も持っています。デジタル化というのはアナログの否定ではなく、良いアナログを残すためにデジタルをしっかり使うということです。皆さまは残すものと捨てるものを明文化できているでしょうか」(各務氏)
残すべき「良いアナログ」とは、競争優位の源泉となるものだ。現場の暗黙知、対面で積み上げた信頼関係、目の前の顧客に合わせる力などがこれに該当する。また、「デジタルが苦手な人を支援する力」も重要なアナログの価値だという。
一方、捨てるべき「悪いアナログ」は、変革を止める慣性である。場当たり的な調整、前例踏襲、属人化した情報、形骸化した承認フローなどは捨てるべきだと同氏は語る。
スギ薬局では、この考えに基づきAXに大きく舵を切っている。付加価値創造の類型を「1.デジタルをフル活用した価値創造」「2.デジタルが苦手な人を支援する価値創造」「3.デジタルを使わない暗黙知による価値創造」の3つに分けた際、各務氏が特に重要だとするのは2だ。
「例えばスギ薬局では、スマートフォンの扱いに不慣れなご高齢のお客さまに対し、店舗の従業員がスギ薬局アプリのインストールをサポートしています。このように、従業員同士、あるいはお客さまとデジタルをアナログな接客でつなぐブリッジの役割も大切です」(各務氏)
現場を大切にしながらも、合理化すべきところはUX設計を通じて仕組み化していくことが、AXを成功させる要諦だという。
脱・PPTと要件定義の内製化で、意思決定を変える
では、具体的に会社の意思決定の仕組みをどのようにバージョンアップすべきか。各務氏は、明日から効く具体的な手段として、会議のアップデートと要件定義の内製化を挙げた。
1つ目は、通常会議でのPowerPoint(PPT)の使用をやめることだ。
「PPTで図解を使って説明するのが悪いわけではありません。しかし、テキストで説明すべき行間を、文字が入りきらないからと詰めて俳句のようにしてしまい、分かったような気になるのが問題なのです。結果的にミスコミュニケーションが発生し、後で揉める原因になります」(各務氏)
スギ薬局のAX戦略本部では定例会議などにおいて「PPT禁止令」が敷かれており、図解が必要な場合以外はテキストベースで論理を詰め、事前にインプットを済ませてから議論と判断のためだけに会議の時間を使っているという。
2つ目は、要件定義とアーキテクチャ設計の内製化である。
「ベンダーの提案をそのまま入れた仕組みは、数年後に必ず技術負債になります。なぜなら、ベンダーがその企業に対して10年、20年先まで“愛”を持って接することは難しいからです。要件定義とアーキテクチャ設計だけは絶対に丸投げしてはいけません。社内の従業員、お客さま、取引先を『顧客』として捉え、愛のある設計を自社で行うべきです」(各務氏)
組織連携を変える「サービス型チーム」とデータドリブンな人事
続いて各務氏は、部門最適の積み上げからの脱却を図る「サービス型チーム」への移行について解説した。プロジェクト型の横断連携は一過性であり、解散すると改善サイクルが残らない。そのため、部門横断で専門性を束ね、永続的に価値を出し続けるサービス型チームを構築することが重要だという。
ここで欠かせないのが「ロールアサインリスト」の作成だ。ロールは戦略層と執行層の2層で構成される。戦略層にはストラテジストやコンサルタントなどのロールをサービスグループ単位で、執行層にはサービスオーナーやエンジニアなどのロールをサービス単位で置く。そのうえで、誰がどのロールを担うかを1枚の表に書き切る。
「空白のロールは、外部採用、内部登用、育成の3択で埋めます。人がいないからといって、ベンダーへの丸投げは禁じ手です。この空白こそが、その組織の連携課題そのものなのです」(各務氏)
さらに、こうした適材適所の配置を行うためにはデータドリブンな人材マネジメントが必要になる。同氏は、ポジションありきで仕事を割り振る“仕事ガチャ”や、役割が不明瞭なまま多段の階層をつくるアンチパターンを提示した。
スギ薬局では、これを防ぐために従業員のデータ化を推進しているという。
「人の特性については『FFS診断』などを用いて、誰がどのような特性を持っているかを可視化しています。また、スキルについても『スキルマトリックス』を作成し、誰がどのDXスキルをどのレベルで持っているかを可視化する取り組みをAX戦略本部についてはほぼ完了しています。ただ、人の情報を可視化できても、アサイン先を可視化できていないとマッチングはできません」(各務氏)
AIを部下として迎える時代の役割分担
講演の終盤、各務氏はAI時代における人間とAIの役割分担について言及した。同氏はAIを単なるツールではなく、部下や同僚といったステークホルダーとして捉えるべきだと語る。
「AIには定型作業の代行やドラフト生成を任せます。しかし、最終的な判断や意味付け、振り返りを行い、“魂を入れる”のは人間の役割です。人間はより温もりのある対応と、AIの健全性の監視へとシフトしていくべきです」(各務氏)
AIの導入効果は、組織のリテラシーをそのまま映し出すという。指示が曖昧な低リテラシーの組織では、AIはもっともらしい誤りを高速に量産するだけになる。逆に高リテラシーな組織であれば、判断プロセスをプロンプトやエージェントに落とし込み、組織全体にスケールさせることができる。
「外部からAI人材を採用するだけでは溝は埋まりません。現場の原体験を持つアナログ人材こそが、アナログとAIを橋渡しする人材の母集団になります。これこそが日本企業の勝ち筋です」(各務氏)
良いアナログを捨てずに、AIとつなぐ。そのために変えるべきは技術ではなく、意思決定と組織連携だ。「DXは経営改革であり、AXである」――各務氏のこの言葉は、日本企業が自らの強みを生かしてAI時代を戦うための指針と言えるだろう。


