海や空の戦闘識別について書いたのであれば、当然ながら陸戦についても取り上げるのが筋というものであろう。ところが陸戦の戦闘識別には、海空とは異なる難しさがある。センサーや無人機が進歩した2026年現在でも、敵か味方かを見分ける基本的な手段には、意外なほど大きな変化がないのだ。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照
陸戦ではどうやって「敵か味方か」を見分けるのか
以前に第462回で、陸戦における敵味方識別に言及したことがある。このときには、「可視光線映像あるいは赤外線映像を目視して、映像の内容で敵味方の区別をつけるのが基本」「BFT(Blue Force Tracker)みたいに、友軍の位置情報をとる手段があれば、いる場所によって敵味方の区別をつけられるのではないか」と書いた。
2026年現在でも、この辺の状況は大きく変わってはいない。
もともと、陸戦では車両にしろ歩兵にしろ、それほど遠距離の交戦を行わないことが多い。海空と比べると彼我が近接して交戦する場面が多いから、敵が視界内に入ってきてから発見・識別して、撃つかどうかを判断する形が多くを占める。
その極端な事例が、対テロ特殊作戦部隊かも知れない。敵が立てこもっている建物あるいは航空機や船に突入して人質を解放しようとすると、善玉と悪玉を瞬時に見分けなければならない。それも目視で。
ただし、砲兵は事情が異なる。榴弾砲にしろロケットや地対地ミサイルにしろ、敵の反撃を避けるため、あるいは敵地の奥深くまで攻撃できるようにということで、射程を延伸する努力が続いている。
砲兵が敵地の奥深くにいるターゲットを狙うのであれば、「対象が何者なのか」を識別する必要はあるが、「対象が敵か味方か」を識別する必要はなくなる。砲兵で敵味方の識別が問題になるのは、彼我が入り乱れて交戦している場面で火力支援を求められた場面だろう。
識別手段についてはこんな調子だが、交戦の様態については変化が生じてきている。いうまでもなく、ウクライナで武装無人機や自爆無人機が多用されるようになった事情が影響している。
つまり、規模が大きい部隊がこれ見よがしに動き回れば、たちまち敵軍の無人機に見つかって攻撃される。そのため、小規模部隊を分散して展開させるとともに、慎重に動かさざるを得なくなったとの話がある。
では、このことが戦闘識別にどう影響するか。
ドローン時代、「上空からの識別」が難しくなる
可視光線映像を目視しているのであれば、第462回でも言及した、発煙手榴弾によるマーキングは意味を持つ。
ところが、赤外線センサーが相手になると、発煙手榴弾は識別手段にならない。赤外線センサーは赤外線放射の多寡によって映像を得ているのであって、色の違いは見ていないからである。
もちろん、友軍の展開状況に関する最新かつ正確な情報が手元にあるのなら、無人機のオペレーターはそれを参照することで、敵味方の区別をつけることができる。「この場所に友軍はいないとの報告を受けているから、これは敵であろう、撃ってよし」というロジック。
また、友軍の地上部隊にJTAC(Joint Terminal Attack Controller、統合端末攻撃管制官)が随伴していれば、そのJTACがレーザー測遠機などを活用して目標の座標などを送り、「ここを撃ってくれ」と要請できる。これなら現場にいる人間が指示するわけだから、間違いは起こりにくい。
しかし、ウクライナで行われているように、地上軍が多数の小規模部隊に分かれて分散展開するようになると、それぞれにJTACを随伴させるわけにも行かない。やはり、センサー映像に頼った識別の必要性はなくならない。
敵味方を見分ける能力をeラーニングで鍛える
ここまで書いたところで駄目元で調べてみたら、面白い話を見つけた。イギリスのバブコック社がイギリス陸軍から、識別の訓練をe-ラーニングで行う契約を受注したという話である。日付は2023年12月8日だから、もう2年半ぐらい前の話だ。
これはVRT(Virtual Recognition Trainer)、つまり仮想環境を用いた認識訓練機材と称する。何をするかというと、さまざまな装甲戦闘車両やヘリコプターなど、陸軍が戦場で遭遇する可能性があるさまざまな物体について「見え方」を覚えるのに使う。
つまり、一般的な外観写真や、仕様などに関する情報に加えて、さまざまな距離、さまざまな角度から対象物を見たときに「それがどう見えるか」というデータを提供する。
しかも、同じ高さから見たデータだけでなく、上空から見下ろした場合のデータもある。もちろん、これは無人機のセンサー映像でどう見えるかを習得するためのものだ。
Supporting Army combat identification training
これがテレビのクイズ番組なら、「では、この車両は何でしょう?」「レオパルト2戦車!」「ブブーッ。これは陸上自衛隊の90式戦車です」などとやりそうなところだが、レッキとした陸軍の訓練システムであるから、もっと真面目にやっていると思われる。
このVRTのキモは、3Dモデルさえ用意すれば、さまざまな角度、さまざまな見え方を変えつつ学習できるところであろう。敵味方を問わず、新手の装備が出現したら、それの3Dモデルを作製してシステムに追加すればよい。
そしてVRTはe-ラーニングだから、ネットワークにつながっていれば、世界のどこにいても訓練できる。
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。


