戦闘識別というと、基本としては「敵味方の識別」が問題になる。間違って味方を撃ってしまったのでは、何もいいことがない。ところがさらに、「敵なのは間違いないが、それが何者なのか」というタイプ識別の問題も出てくる。そこで錯誤が起きると、作戦目的の達成が怪しくなることもある。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照
なぜ「敵の種類」を見誤ると危険なのか
例えば、装甲が薄い歩兵戦闘車(IFV : Infantry Fighting Vehicle)が相手だと思って、それに合わせた種類の弾を選んで撃ってしまった場合。思った通りの相手なら有用だが、実は相手が重装甲の戦車でしたということになると、弾の無駄遣いにしかならない。
海の上でも同じような話がある。例えば、1944年10月25日のサマール沖海戦。要約すると、「レイテに押し寄せた米軍の上陸部隊を殲滅しようとして、日本海軍が戦艦を主力とする水上艦隊を送り込んだところ、それが上陸作戦の支援を担当していた米海軍の護衛空母部隊と遭遇したために生起した海戦」である。戦史ではよく知られた海戦である。
このとき、日本海軍の戦艦部隊が、米海軍の護衛空母部隊を正規空母と勘違いして追いかけ回したのは有名な話。「敵の主力艦隊を、ここ一番の決戦で殲滅して雌雄を決する」という思考からすれば、「上陸部隊を乗せた輸送船よりも空母の方が重要」と思ってしまうのは無理もないのだが、それは本題から外れるので措いておくとして。
「トマト缶」と渾名されたぐらいで、装甲なんて備えていない護衛空母に戦艦の大口径砲弾を撃ち込んだところで、当たった弾はすっぽ抜けてしまう。むしろ、小口径の副砲を使うとか、巡洋艦や駆逐艦を先頭に出して魚雷を撃つとか、いろいろやりようはあった。ところが実際には、戦艦が先頭に立って追いかけ回し、主砲を撃っていた。
第三者による後知恵なのは百も承知だが、「なんでそんなことに」と思ってしまう。正規空母なら30ノットぐらい出せるのだから、米空母が20ノットかそこらでノコノコと逃走するのを見て変だと思わなかったのか、という話だ。とはいえ、後で全体像が分かってからならなんとでもいえる。
いきなり「米空母がいる」となれば逸り立つのも無理はないし、曇天やスコールや砲煙が元で視界が良くなければ、艦型で識別するのも難しい。しかも、米側も必死になって抵抗して、随伴していた駆逐艦や空母の搭載機が果敢に立ち向かってきたから、それの応接もしないといけない。
ともあれ、艦種の識別を間違えると戦果につながらないという一例を、後世に残すことになった。
敵艦はどう識別するのか
外見で識別できるのは、目視できるぐらいの近距離まで彼我が接近した場合。当節の海戦では対艦ミサイルを使うから、そもそも目視による識別という手段に出番がないのは、以前に書いた通り。
敵艦をレーダーで捜索するのであれば、IFF(Identification Friend or Foe)による敵味方識別は成立しうる。また、相手の艦が電波を出していれば、それをESM(Electronic Support Measures)で傍受・解析して、正体を把握できる可能性もある。事前に必要な情報をそろえてあれば、だが。
陣形によって識別できる可能性もある。敵艦隊が輪形陣を構成していれば、中心には空母などのHVU(High Value Unit)がいて、その周囲を随伴艦が取り巻いていると考えるのが自然。それなら周囲の取り巻きを無視して、陣形の中心にいる艦を狙うという話になる。
では、縦陣を組んでいたらどうするか。「指揮官先頭」という観点からすれば、指揮官が乗っている旗艦が先頭にいて、それがもっとも重要な艦であると考えるのが自然なこと。でも、必ずそうなるとは限らない。
その一例が、1941年5月24日のデンマーク海峡海戦。デンマーク海峡を南下していたドイツ海軍の重巡洋艦「プリンツ・オイゲン」と戦艦「ビスマルク」を、英海軍の巡洋戦艦「フッド」と戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」が迎え撃ち、「フッド」が轟沈した海戦である。
このとき英艦隊は独艦の識別を誤ったようで、まず、先行する「プリンツ・オイゲン」に狙いをつけて撃ち始めた。すぐに間違いに気付いて狙いを修整したというが、初動で出遅れたのは否めない。「戦艦と巡洋艦のペアなら戦艦が旗艦であり、それが先頭に立つだろう」という先入観が邪魔をした可能性はある。
もっともこれは、「プリンツ・オイゲン」と「ビスマルク」の艦型がよく似ていたから、という事情も影響しただろう。もちろんサイズは違うが、連装砲塔を前後に2基ずつ据えたところも、煙突の数も同じだ。
最新レーダーでも識別は万能ではない
普通のレーダーだと、探知目標は電波を反射する「点」でしかないから、他の手段を援用しないとタイプ識別はできない。ただ、対象を映像化する手段がないわけではない。それが逆合成開口レーダー(ISAR : Inverse Synthetic Aperture Radar)。
合成開口レーダー(SAR : Synthetic Aperture Radar)はレーダー・アンテナの移動を利用するが、ISARは逆に、探知目標の動きを利用する。ということは、航行とか波による動揺とか、とにかくなんらかの動きを伴う目標でなければ、ISARによる映像化はできないことになる。
それに、映像化できたとしても、そのクオリティは相手の動きや移動量に左右されるので、ISARがあれば確実とはいいきれない。使える手段を総動員してデータを集めて、それらを照合したり相関をとったり、という地道な手段に頼るしかなさそうである。
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。




