今回も前回に引き続き、RTX社レイセオン部門が手掛けている艦載用のアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダー、AN/SPY-6(V)ファミリーに関する話を。
前回は、レイセオンでNaval Power部門のNaval Systems & Sustainment、つまり艦載システムとそれの維持管理を担当している副社長、ジェニファー・ゴーティエ(Jeniffer Gauthier)氏によるメディア・ラウンドテーブルでの話をもとに、SPY-6の4つのバリエーション、RMA共通化の背景、SPY-6が転用できる理由などを説明した。今回は、その第二弾となる。
デジタルレーダーにおけるソフトウェア制御の強みは何か
ソフトウェアの更新により、レーダーは後から性能向上や新たな脅威への対応が可能になる。
ソフト更新で性能を引き上げられる
ソフトウェアの改良によって、目標識別能力などレーダーの性能は運用後も引き上げられる。
AN/SPY-6(V)のような、ソフトウェア制御のデジタル・レーダーは、ソフトウェアの改良によって新たな機能を追加したり、既存の能力の水準を上げたりできる。
分かりやすいところでは、受信した反射波を解析して「なんらかを探知した」という判断につなげるシグナル処理の部分。その解析を行う部分のソフトウェアを改善することで、目標識別の能力が上がる等の効果を期待できる。新たな種類の脅威が出現したときに、それがどういう反射波を返してくるかが分かれば、その反射波を読み取れるようなソフトウェアを書くことで新たな脅威に対応できる。
これは筆者の私見だが、モデリングとシミュレーションによって「こういう形状、こういう飛行プロファイルの脅威が、こういう飛行条件で飛来したときには、こういう反射波が戻ってくるはず」という計算ができれば、それをソフトウェア開発に活用できるのではないか。コードを書き上げたら、試験で検証した上で現場に配布すれば良い。
小型・低速の脅威にもソフトで対応
新たな脅威が出現しても、その特性に合わせたソフトウェアを開発することで対応できる。
最近では、陸上のみならず洋上でも自爆無人機の脅威が現出している。この手の脅威は、速度が遅い分だけドップラー・シフトが小さいから、ドップラー・シフトを手がかりにして移動目標を拾い出すのが難しくなる可能性がある。また、物理的なサイズが小さいから、それがレーダー反射断面積(RCS : Radar Cross Section)を小さくする方向に働く懸念がある。
AN/SPY-6(V)は現時点でも、こうした脅威に対応できる能力があるというが、脅威の側だってどんな進化を遂げないとも限らない。しかし、新手の脅威が出てきたときにソフトウェアの改良で対処できるのならば、いちいち艦をドックに入れる必要はなくなる。新しいソフトウェアを展開先の現場に送ってインストールすれば済む。
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イラン製の自爆無人機。カタログ・スペックは大したことがなくても、数を恃んで多数が押し寄せれば厄介な脅威となる 出典:米国防情報局のレポート“Iranian UAVs in Ukraine: A Visual Comparison AUGUST 2023 UPDATE”
電子戦(ECCM)でも柔軟に対応できる
電子妨害への対処もソフトウェアで実装でき、状況に応じた柔軟な対応が可能になる。
EP(Electronic Protection)、昔のいい方だとECCM(Electronic Counter Countermeasures)の面でも、ソフトウェア制御の恩恵がある。「こういう妨害を受けたときには、こういう対処をする」というソフトウェアを書いて組み込む… そんな話になるだろうか。
レーダーを単独で機能させるのではなく、複数のレーダーを組み合わせて機能させる場面でも、同じハードウェアのままで、ソフトウェアを新たに開発して対応できると考えられる。
例えば、バイスタティック捜索やマルチスタティック捜索を実現する場合。この場合、送信を担当するレーダーと、受信を担当するレーダーが別々になる。受信を担当するレーダーが、送信を担当するレーダーとは別のところにひとつだけあればバイスタティック捜索、それぞれ異なる位置に複数あればマルチスタティックになる。
いずれにしても、受信専用とする側はアンテナが受信したシグナルをソフトウェアによって解析する。ただしその際に「いつ、誰が、どこから送信したビームなのか」という情報が要る。それはデータリンクを用いて、バイスタティックあるいはマルチスタティック捜索を行う艦同士が連携する必要があろう。
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複数のレーダーを組み合わせて連携動作させる、MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)レーダーのイメージ 出典:NATOの“Multi-SensorSystems:Multiplicityhelps”(Matthias Weiß)
探知能力は“配分”で変わる ソフト制御が生む柔軟性
ソフトウェア制御により、レーダーの能力は状況に応じて特定の方向や任務に集中させることができる。
デジタル・レーダーでは、シグナル処理やビーム制御の機能もソフトウェアが管制している。だから、全周を均等にカバーしてまんべんなく防空の笠を被せることも、脅威の方向(threat axis)を中心とする特定のセクターに集中することもできる。
アンテナ・アレイ自体は固定式だから、特定の方向に向けて指向するRMAを増やすわけにはいかない。しかし、そこから出すビームの幅を変えたり、シグナル処理の能力を特定セクターからの探知に集中させたり、といったリソース配分の制御は可能である。それにより、特定のセクターに限定して(全周をくまなくカバーするときよりも)高い能力を得ることは可能という話になる。
他社製品の話になるが。1面アクティブ・フェーズド・アレイの回転式アンテナを使い、普段はそれを回して全周をカバーしていても、ミサイル防衛任務では脅威の方向にアンテナを固定して、そちらに全能力を集中する。そんな製品もある。タレス・ネーデルランドのSMART-L MM(Multi Mission)がそれである。
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AN/SPY-1(V)と比較したときの、AN/SPY-6(V)の能力向上に関する説明資料。もっとも、AN/SPY-1(V)の源流は1970年代にまで遡るのだから、単純に並べて比較されても、いささか酷な話ではある 出典 : Raytheon
新たな開発計画「STORM」とは何か 同時多方向探知の仕組み
STORMは、複数のビームを同時に送受信することで、広範囲を効率的に捜索するための新技術である。
複数ビームを同時に扱う技術
STORMでは、異なるビームを同時に送信しながら、それぞれを受信側で分離して処理することが可能になる。
レイセオンは2026年4月に、米海軍の研究部門ONR(Office of Naval Research)から、新手の研究開発契約を2,260万ドルで受注した。計画名称をSTORM(Subarray Transmit Orthogonality for Receive Multiplexing)という。
名称にある“Transmit Orthogonality” (送信の直交性)とは、周波数帯域が重複する複数のビームを送信しても、それらを混信させずに受信側で分離できるという意味。
無線通信技術との共通点
この直交性は、無線LANなどで使われているOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)にも関わりがある。無線LANでは、これを「極限まで多くのデータを詰め込んで伝送能力を高める」ために使用している。
しかしレーダーではおそらく、それぞれ異なる方位に向けて、独立したビームを同時に放って、捜索・追尾を実施するのではないか。
同時多方向の捜索を実現
なぜ「同時に放って」と書いたかというと、それが “Receive Multiplexing” (多重受信)に関わってくるためである。
パルスの送受信が重複しないようにタイミングを調整して、順番に異なる方向に向けて個別にビームを放つ方法も考えられるが、それでは広い範囲を捜索するのに時間がかかる。
サブアレイ単位でビームを制御
そこで、サブアレイ単位の独立送信という話につながる。AN/SPY-6(V)はアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーだから、個々の送受信モジュールをソフトウェアによって個別制御できる。
それを利用して、アレイ・アンテナ全体で単一のビームを放つ代わりに、複数のサブアレイに分けて、個別に異なるウェーブフォームのビームを放つ。そのビームの向きは当然ながら、送受信モジュールごとの位相の変化によって変えられる。
指向性変調で信号を選別
そこからさらに、指向性変調の話につながる。これは、特定の方向に対してのみ正しく復調できる信号を送信する技術。つまり「この方向のターゲットに向けて放ったビームの反射波だけを抽出」「この方向から入射したビームだけを抽出」が可能になる。
これらの合わせ技により、同時に異なる複数の方向に向けてビームを放ち、何かに当たって反射してきたビームを個別に抽出できれば、同時に複数の方向をカバーできることになって捜索の効率が向上する。いいかえれば、広い範囲を迅速にカバーできる。
妨害耐性の向上にもつながる
また、指示した方向以外から入射した電波は、自身があずかり知らない他者が送信したものということになるから、妨害波と判断できる。するとこれは、EP能力に応用できる。
と推測してみたのだが、今後の開発状況に注目してみたい。
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。

