先日、フジテレビのバラエティ特番として放送された『AI実験バラエティ シンギュラ』第2弾。この番組は、AIを活用したさまざまな実験企画を通じて、“テレビの新たな可能性"を探ることをコンセプトにした作品だ。前回放送では、「脳内大喜利」や「空想ものまねショー」といった企画が大きな話題を呼んだ。
さらに6月9日に発表された第52回放送文化基金賞では、同番組の第1弾がエンターテインメント部門で優秀賞を受賞したというニュースも飛び込んできた。
本稿では、同番組の企画・演出を担当したフジテレビ・飛田将斗ディレクターに、「なぜAIを使った番組を制作することになったのか」という原点について話を聞いた。
大好きなフジテレビに入るため「AI」を武器にした
幼いころからテレビが大好きだった飛田氏は、小学生の頃から「フジテレビに就職したい」という気持ちを抱いており、その気持ちはずっと変わらないまま大学まで進学したという。
入学の時点では経済学部に進学した飛田氏だったが、「いまのテレビマンが持っていないスキルを身に着けることが番組を作るときに大きな強みになるのではないか?」と考え、当時「第3次人工知能ブーム」として注目を集めていた「AI」を学ぶことにした。
「当時は第3次人工知能ブームで、自動車の自動運転の可能性や、プロ棋士に勝った囲碁ソフトなどがよくニュースになっていました。そんなニュースを見て、『AIを使えば、今までの誰も見たことのなかった新しい番組を作れるのではないか?』と思ったんです」(飛田氏)
独学でAIの勉強を始めた飛田氏だったが、大学2年生に進級してからは、東京大学の「東大人工知能開発学生団体HAIT」という人工知能開発団体に加入。人工知能開発に関することを基礎から学んだ。
さらに、海外のAI研究の進展にも関心を持ち、イギリスの大学へ1年間留学。データサイエンスや機械学習について学びを深めた。飛田氏は、「当時はディープラーニングやニューラルネットワークが最も盛り上がっていた時期だった」と振り返る。
“AI×テレビ"という構想は、入社前から存在していた
就職活動では、「フジテレビが好きであること」と、「AIという新しい技術を学んでいること」を自身の強みとしてアピール。「AIを活用した世界発信型のバラエティを作りたい」と面接でも語っていたという。
その結果、憧れだったフジテレビへの入社が決まった。
ただ当時のテレビ業界では、現在ほどAIへの理解は浸透していなかった。
「AIという言葉自体には興味を持ってもらえましたが、『なんだか特殊なスキルを持っている人』くらいの認識だったと思います」(飛田氏)
その後、生成AIブームが本格化したことで、飛田氏が学生時代から思い描いていた「AIとテレビの融合」が徐々に現実味を帯び始める。
実はシンギュラの原型となる企画は、放送の約2年前から存在していたという。飛田氏は「脳内大喜利」の企画をすでに社内へ提出していたが、当時はAIに関する権利面や安全性への理解が十分ではなく、企画は一度保留状態になっていた。
そんな中、あるプロデューサーから「若手ディレクターとAI企画をやりたい」という相談があり、飛田氏が改めて企画を提案。それが、『AI実験バラエティ シンギュラ』として結実した。
AIで昔から親しまれているバラエティソフトを進化させる
飛田氏は、シンギュラを企画した当初から「AIを使って、さまざまなテレビ企画を再構築する箱にしたかった」と語る。
実際、これまで放送された企画以外にも数多くのアイデアが存在していたという。その中の企画の1つには、「AI恋愛リアリティショー」という案があった。
構想していたのは、「本人と全く同じ価値観を持つAIバーチャルヒューマン」を恋愛リアリティショーに参加させ、AIが選んだ相手は本当に本人とも相性が良いのかを検証するという企画だ。
しかし、当時は技術面や制作コストの問題もあり実現には至らなかった。
「今後AI技術が進化すれば、どこかで必ず『AI恋愛企画』は出てくると思っています。できれば早い段階で実現したいですね」(飛田氏)
また、飛田氏は番組全体のコンセプトについて「昔から親しまれているものをAIというフィルターを通して、新しく見せることだった」と説明する。
大喜利やものまねといった、当たり前に存在するバラエティのフォーマットをAIによって進化させる感覚だったという。
今後挑戦してみたいジャンルとしては、音楽・クイズ・料理・小説・恋愛リアリティショーなどを挙げた。
「例えば、楽器ができない芸人でも作曲できるようになるかもしれない。文章が苦手な人でも小説を書けるようになるかもしれない。そういう“AIによる創作の民主化"には、大きな可能性を感じています」(飛田氏)
一方で、AIに対して過度な期待を抱いているわけではない。
企画制作の際、AIを壁打ちとして使うことはあるというが「AIが出してくる企画は、そこまで面白くない」と率直に語る場面もあった。
実際に大量の企画案をAIへ生成させても、最終的に人間が面白いと感じるのは人間自身が最初に考えたアイデアに近いものだったという。
「やっぱり最後は、人間の感覚が重要なんです」(飛田氏)
AIを代替としてではなく道具として活用しながら、人間にしか生み出せない面白さを追求する。その姿勢こそが、『AI実験バラエティ シンギュラ』という番組の根底に流れる思想なのかもしれない。


