この連載ではしばしば、状況認識(SA : Situation Awareness)という言葉が出てくる。指揮官が戦闘の指揮や作戦行動の指揮を執る際には、彼我のユニット(部隊あるいは航空機や艦艇などのプラットフォームなど)の位置、針路・速力、敵味方の区別、部隊規模、各種のステータスといった情報が必要だ。

それをどのように提示するかが問題になる。提示の仕方がまずいと、敵と味方を間違えたり、ユニットの種類を間違えたりといった事態になりかねない。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

空母ミッドウェイのCICでは、当時の戦闘情報表示の実例を見ることができる

  • サンディエゴで公開展示されている空母ミッドウェイ。ここに面白い展示がある 撮影:井上孝司

    サンディエゴで公開展示されている空母ミッドウェイ。ここに面白い展示がある 撮影:井上孝司

なぜNTDSは“記号”で状況を見せたのか?

誰でも訪問できる場所で、その一例を提示している場所はないかということで思いついたのが、カリフォルニア州サンディエゴで博物館として保存展示されている、空母ミッドウェイ(CV-41)。

空母としてのメカあるいは搭載機が展示のメインだが、実はミッドウェイの知られざる(?)見どころとして、戦闘情報センター(CIC : Combat Information Center)がある。現役艦なら「関係者以外は立入禁止」になる区画だが、なにせ1991年に退役した古い艦であるし、当然ながら搭載している機器も昔のもの。それなら公開しても差し支えないということであろう。

しかも素晴らしいのは、そのCICに置かれているコンソールで、ちゃんと画面の表示がなされていること。そこで本題である、NTDS(Naval Tactical Data System)の話が出てくる。

NTDSとは、情報処理用のコンピュータ、それとLink 11やLink 14といったデータリンクを組み合わせて、艦隊を構成する艦同士で同じ状況図を生成・共有できるようにしたシステム。個艦ごとに自艦のセンサーだけを用いて状況を把握したのでは、それを他の艦と共有できないが、データリンクを介して情報を共有すれば話は別。

そして今回の本題は、そのNTDSのコンソールで情報を見せるために使っているシンボル。ちゃんと空母ミッドウェイ博物館の担当者は「わかっている」ので、NTDSのシンボルに関する説明もなされている。

NTDSでは、敵味方や種別を“形の違い”で識別できるシンボルを使って状況を表示する。

  • コンソールの画面表示例。ちゃんと表示を見せてくれるところ、実に「わかっている」と思う 撮影:井上孝司

    NTDSの表示例。形と配置だけで敵味方や種別が判別できる。ちゃんと表示を見せてくれるところ、実に「わかっている」と思う 撮影:井上孝司

シンボルは、敵味方とユニット種別の組み合わせを、形と配置で表現している。

  • NTDSで表示に使用するシンボルの説明パネルもある 撮影:井上孝司

    NTDSで表示に使用するシンボルの説明パネルもある 撮影:井上孝司

例えばレーダーが何かを捕捉した場合、それはレーダー電波を反射するなんらかの物体でしかない。そこでIFF(Identification Friend or Foe)を使って誰何したり、あるいは目視確認したりすることで、初めて敵味方の区別がつく。

その過程では、敵味方の区別がつかない「正体不明」の状態もあり得る。すると、NTDSのコンソール画面には「味方」「敵」「不明」の三種類が存在することになる。

そしてNTDSは海戦のためのシステムだから、関わるユニットとしては水上艦、潜水艦、航空機がある。それぞれについて「味方」「敵」「不明」があるから、順列組み合わせとしては9種類になる。

どうやって“ひと目で分かる記号”を作ったのか?

そこで前掲の図を見ると、味方は○、敵は◇、正体不明は□、と形を変えて区別している。さらに、航空機は上半分、潜水艦は下半分、水上艦はすべて、とシンボル図形の表示の仕方を変えている。飛行機は空中にいるものだから上半分、潜水艦は海中にいるものだから下半分、水上艦は水面の上にも下にもあるから両方、とまことに分かりやすい。

実際の画面表示では、これらのシンボルについてさらにベクトルを示す線を引き出して、動きが分かるようにしている。味方の艦であれば、艦番号を併記することで、それぞれのシンボルが何者なのかがひと目で分かる。といっても、艦番号は諳んじておかなければならないが。

この、形状と文字の組み合わせによって、対象物の正体がひと目で分かるようなシンボルのデザインを生み出したところが、NTDSにおける「ミソ」のひとつといえるのではないか。

いくら優れた情報処理システムがあっても、画面を一瞥してパッと状況を把握できないような表示の仕方をしたのでは、有用性が削がれる。なにもNTDSに限ったことではないが。

なぜ人力でも状況認識ができたのか?ダウディング・システムの工夫

では、さらに時代を遡って1940年夏のイギリスに行くとどうなるか。ドイツ空軍がイギリスの軍事施設や都市に航空攻撃を仕掛けて、それを英空軍が迎え撃った、いわゆる英本土航空決戦(Battle of Britain)のときの話である。

このとき英空軍はすでに、チェイン・ホーム(CH)と呼ばれるレーダー網を構築、さらに目視による監視や聴音機も加えることで、ドイツ軍機の飛来を把握する仕組みを構築していた。ただし本当に重要なのは、それらの探知手段で得た情報を集約・整理して、指揮官に見せる仕組みを作っていたところにある。

それがいわゆるダウディング・システム。このシステムを構築した、初代ダウディング男爵、ヒュー・キャズウェル・トレメンヒーア・ダウディングにちなんだ命名である。

このシステムでは、地図上に彼我の部隊を示す「駒」を置く。その駒は、CHレーダーなどから入ってくる情報に基づいて適宜、WAAF(Women's Auxiliary Air Force)隊員がポインティング・ロッドと呼ばれる棒を使って動かす。

地図はグリッド線で複数のエリアに分けてアルファベットで区別、さらに個々のエリア内でも縦横のグリッドをひいてあり、例えば「M53」といえば「Mエリアの左から5本目、下から3本目の線が交差する位置」といった具合に呼ぶ。その形で位置情報が入ってきたら、それに合わせて駒を動かす。

それぞれの駒には、敵味方の区別に加えて、高度や機数を示す数字が書かれたプレートを付ける。味方機の場合、所属する飛行隊の番号を書いた札を上に立てる。

ダウディング・システムでは、駒と数字の組み合わせで部隊の位置や規模を直感的に把握できるようにしていた。

  • 「ダウディング・システム」で使用していた、グリッド表示入りの地図と、その上に乗せて移動する駒。駒を見れば所属飛行隊、機数、高度が一目でわかる 撮影:井上孝司

    「ダウディング・システム」で使用していた、グリッド表示入りの地図と、その上に乗せて移動する駒。駒を見れば所属飛行隊、機数、高度が一目でわかる 撮影:井上孝司

こうすることで、彼我の編隊がどこにいて、それぞれの規模はいかほどなのか、がひと目で分かるようにした。さらに指揮所の壁には戦闘機基地ごとのステータス・ボードがあって、飛行隊ごとに、待機中とか交戦中とかいう情報、それと使えるパイロットの数などといったステータス情報を出していた。

こういう情報があるから、多数の敵に少数の味方戦闘機を差し向けてしまうとか、すぐに任務に就けない飛行隊に迎撃を下達するとかいう事態を避けやすくなる。

なぜNATOは記号を統一したのか?

ひと目で状況が分かるといえば、NATOが使用している陸軍向けの兵科記号も同じ。歩兵、砲兵、空挺など、多数の兵科があり、さらに部隊の規模も大小さまざま。それが敵と味方の双方について必要。

それをひと目で分かるように、統一した記号を定めている。NATOの標準規定だから、加盟国はみんな同じ記号を使うわけで、同盟国同士の情報共有が円滑にできる。

兵科の違いは記号の形状で示すことができるが、部隊規模はどうするか。そこで記号の上に書く文字によって区別をつけている。御興味があったら、Wikipediaの当該ページを見てみていただきたい。

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。