第457回で、敵味方識別に使用する機材の主役である、IFF(Identify Friend or Foe)について書いた。電波を用いて誰何して、電波を用いて応答する仕組みだが、そこでやり取りする情報が平文のままで、果たして安全性・信頼性を確保できるものであろうか?

軍用IFFには暗号化機能が必要

そこで、軍用のIFFでは暗号化機能を併用するのが一般的。つまり、誰何や応答に用いる無線のやり取りを暗号化して、第三者に内容が漏れないようにする。暗号化した通信を成立させられるということは、双方の当事者が正しい鍵を持っているということだから、そういう意味でも信頼性の実現につながるといえる。

そこで、過去のデータを洗って、IFFに関わりがある暗号化機能に関する情報を拾ってみた。アメリカで、IFFと組み合わせる暗号化機材として名前が出てきたのが、手持ちのデータの中ではKIV-77とKIV-78の2機種。

KIV-77はレイセオン(現在はレイセオン・テクノロジーズ)の製品で、IFFモード4とIFFモード5に対応する。組み合わせるIFFの機種として、PAC-3弾道弾迎撃ミサイル・システムと組み合わせるAN/TPX-58の名前が出てきた。お値段については、2009年のデータだが「8,000セットで1億ドル」との数字がある。

KIV-78はゼネラル・ダイナミクスC4システムズの製品だが、現在はゼネラル・ダイナミクス・ミッション・システムズが手掛けている。この装置が対応するIFF機材として、モード5対応IFF・Mk.XIIAの名前が出てきた。

また、米海軍がBAEシステムズに発注したとのデータもある。これは組み合わせる相手がちょっと変わっている。AN/USM-708通信/航法用アビオニクス試験装置(CRAFT : Communication/navigation Radio Frequency Avionics Flightline Tester)だという。この装置はIFF機器も試験対象としているので、「暗号化した誰何・応答が正常にできるかどうかをテストするために、試験機材でも暗号化装置が必要」という話になるわけだ。

「どうせIFFが暗号化機能を必須としているのなら、最初からIFFと暗号化装置をワンセットにすれば?」と思いそうになる。しかしそうすると、どちらか一方だけを改良したり入れ替えたりするのが難しくなる。対外輸出に際して、相手国のメーカーが手掛ける機器を組み合わせたい、安全保障政策上の理由からセキュリティ・レベルが低い暗号化機器を組み合わせたい、となった場合のことを考えても、別々にしておく方が便利だ。

実際、そういう事例がある。ロッキード・マーティンが欧州諸国向けにMEADS(Medium Extended Air Defense System)地対空ミサイル・システムを売り込んだときに、アメリカ製ではなく、欧州メーカー製のIFF用暗号化機材を組み合わせた。もちろん、米軍の暗号化システムを所掌する国家安全保障局(NSA : National Security Agency)などから承認を取り付けた上での話だが。

アメリカのメーカーばかりでは面白くないので、他国のメーカーはないかと思ったら、EADSディフェンス&セキュリティ(現在はエアバス・ディフェンス&スペース)が手掛けている、航空機搭載用暗号化モジュール・ACVMU(Aircraft Crypto Variable Management Unit)の名前が出てきた。ユーロファイター・タイフーンで搭載実績がある。このACVMUは、IFFだけでなく無線通信の暗号化もできるという。

  • ユーロファイターは、エアバス製の通信/IFF向け暗号化モジュールを使用している 撮影:井上孝司

暗号化するなら鍵管理も必要

コンピュータ・ベースの暗号について御存じの方ならお分かりかと思うが、暗号化アルゴリズムだけでなく、そこで可変要素となる鍵情報の管理も必要である。これは軍用の暗号化機材も同じことで、当然ながら、「鍵の作成・配布を確実に行いつつ、管理の負担をどうやって軽減しようか」という課題に直面する。手作業でやっていたら間違いの元だ。

そこで、ゼネラル・ダイナミクスC4システムズが十数年前に米空軍から、RRK(Remote Rekey Modernization)という鍵管理システムの設計・製造・導入・サポートを行う契約を受注していた。RRKとは、アメリカ国内で米空軍が使用する暗号化用の鍵を管理するシステムで、IFFなどが対象になる。

また、L3コミュニケーションズ(現在はL3ハリス・テクノロジーズ)も、AEHF(Advance Extremely High Frequency)衛星通信用の鍵管理システムを手掛けている。そのL3コミュニケーションズと合併する前のハリスも、暗号化関連機材と組み合わせて使用する鍵管理デバイス・KIK-11 TKL(Tactical Key Loader)を手掛けていた。専用のASIC(Application Specific Integrated Circuit)を用意して、ボタン操作ひとつで対象機器に鍵情報を送り込むことができるというのだが、それ以上の詳しいことは分からない。

エアバス・ディフェンス&スペースもまた、イギリス軍向けに鍵管理システム「LKMS(Local Key Management System)」を手掛けている。同社はこれ以外に、A400M輸送機やユーロファイター・タイフーン用の鍵管理システムも手掛けているというから、別の製品もあるようだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。