2022年2月24日にロシアがウクライナに戦争を仕掛けて以来、現在でも交戦は続いている。そうした中で注目を集めているのが、「Flightradar24」で東欧諸国の上空に現れている、NATO諸国の軍用機だ。

空中給油機がぐるぐる

特に目立つのが空中給油機。空中給油機は一般的に、一定の空域内でレーストラック・パターンを描きつつ、周回飛行を実施する。もちろん、燃料が減ってきたら補給のために基地に戻り、代わりの機体がやってくる。

常識的に考えれば、「軍用機なんて存在を秘匿したいだろうに、どうしておおっぴらに飛んでいるの?」となりそうではある。

そこで関わってくるキーワードが、ADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast、放送型自動従属監視)。ADS-Bのトランスポンダを搭載して、自機の位置や所属などの情報を告知している機体が、「Flightradar24」の画面に現れる。

この仕組みは、洋上で用いられる、船舶自動識別システム(AIS : Automatic Identification System)と似たところがある。ところが、AISでは意図的に贋の情報を放送したり、送信機を切ってしまったりする事例がある。

空の上でもそれは同様で、ADS-Bの送信を意図的に止めたり、内容を偽ったりする機体がいても不思議はない。見方を変えれば、意図的にトランスポンダをオンにして自機の存在を “広告” している軍用機は、何らかの意図があって自機の存在を公にしているのだと考えるほうが自然であろう。

といっても、空中給油機が飛んでいるだけでは「何のために飛んでいるの?」ということになる。空中給油機がいるのは、燃料を受け取る必要がある機体が同じ空域にいるからだ。では、何者が?

何が飛んでいるかが問題

こういう状況下で空中給油を必要とする可能性が高い機体といえば、各種の情報収集資産と相場は決まっている。つまり、ELINT(Electronic Intelligence、電子情報)やSIGINT (Signal Intelligence、信号情報)の収集を企む機体である。

  • スウェーデン空軍が運用しているELINT収集機は、ビジネスジェット機のベストセラー、ガルフストリームIVの改造機

実戦となればレーダーや通信機を使わざるを得ない。それを仮想敵国の側から見れば、ELINTやSIGINTの収集を実現する絶好の機会となる。実戦に限らず演習でも、同じ理由からELINTやSIGINTの収集を目論む「のぞき屋」がやってくる。どこの国でもやっていることだ。

また、早期警戒機を飛ばせば、ベラルーシやウクライナの上空を飛んでいる飛行機の動向を把握できる。高度10,000mを飛んでいれば、400kmぐらい先までの範囲が見通し圏内に入る計算だから、それだけのレンジを持っているレーダーを作動させれば、航空機の動向を把握できる理屈。

さらに、陸上の移動目標、言い換えれば走っている車両を捕捉追尾できるレーダーもある。いわゆるGMTI (Ground Moving Target Indicator)機能で、合成開口レーダー(SAR : Synthetic Aperture Radar)のモード切替によって実現する事例が多い。

早期警戒機、あるいはGMTI機能を備えたレーダーを搭載した機体があれば、状況把握だけでなく、ロシア軍の動向に関する情報をウクライナ側にこっそり流す支援も実現できる理屈となる。ELINTやSIGINTは、妨害の参考にしたり、通信内容を盗み聞きしたりといった使い方がある。

つい、戦闘機や爆撃機といった戦闘用機にばかり注目が集まってしまうが、情報収集や敵軍の動向監視も極めて重要な要素。それによって状況認識が進めば、より効果的に交戦できる可能性が高くなる。この手のISR(Intelligence, Surveillance and Reconnaissance)資産はフォース・マルティプライヤーと呼ばれることがあるが、これは「戦力を増やしたのと同じ効果を発揮させるやつ」というぐらいの意味。

この手の機体は、できるだけ隠密裏に任務を実施したいから、存在を秘匿すると考えるのが常識。もし、わざとADS-Bトランスポンダを作動させることがあれば、それは自機の存在をおおっぴらにすることで、何らかの「効果」を期待する意図があってのこと。

ISR用途の無人機

ただし、有人機では飛行可能な時間に限りがある。燃料切れや搭乗員の疲労という制約があるからだ。前者は空中給油機を使うことで補えるが、後者は対処が難しい。すると、航続距離が長い無人機(UAV : Unmanned Aerial Vehicle)ではどうか、という話になる。大形の機体なら丸一日ぐらいの滞空が可能だし、人が乗っていないから、人的な制約は生じない。オペレータは地上で勤務して、適宜、交代すればよい。

例えば、RQ-4グローバルホーク。現時点で米空軍の現役にあるグローバルホークは「ブロック30」と「ブロック40」の2種類があるが、このうちどちらが飛んでいるかで、手に入る情報は違う。

ブロック30の場合、EISS(Enhanced Iintegrated Sensor Suite)と称するセンサー群を備えているが、これはAN/ASQ-230 ASIP(Airborne Signals Intelligence Payload)と電子光学センサーが中核になる。

  • グローバルホーク・ブロック30。後部胴体下面にL字型のアンテナが並んでいるが、これがSIGINT収集を担当するASIPのアンテナ

一方、ブロック40で中核となるのは、MP-RTIP(Multi-Platform Radar Technology Insertion Program)というレーダー。これは合成開口レーダー(SAR)だが、GMTIの機能も備えている。

  • こちらはブロック40。胴体下面に突出しているフェアリングの中身が、MP-RTIPレーダー

つまり、単に「グローバルホークが飛んでいる」というだけでなく、ブロック30が飛んでいるのか、ブロック40が飛んでいるのかで、飛ばすことの意味は違ってくる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。