紙であれ電子であれ、日々お世話になっている地図。くまなく見て「たのしー地名」を探していた地図。読み方がよくわからず、迷う元になる地図。まあ、基本、実用品でございますな。その地図は、実は星と仲がいいのでございます。ロマンのかたまりみたいな星と実用のかたまりみたいな地図の関係を、ちらっとご紹介いたしますよー。

2017年1月。ネットの知り合いが「つくばのアンテナが解体されてるー」「思い出の風景がなくなるなあ」とつぶやいていました。そう東明さん、ふだんは「ぽけー」としているのですが、つくば方面の研究者に知り合いが結構いるのでございます。で、なんのことやらと思ったら、茨城県つくば市にあった直径32m! の巨大パラボラアンテナが解体されたのですな。1998年に完成し、2016年末まで運用されていた巨大アンテナ。みるみるなくなって行く様子をみなさんおしんでいらっしゃいました。

で、このアンテナの持ち主はどこか、というと、それは…

国土地理院

なので、ございます。

従業員681名。年間経費95億円。全国に10のブランチ。ちょっとした大企業のようですが、これは国家機関の国土地理院のスペックでございます。しかし、国土地理院。「院」がつくと、なんか別格観がありますな(注:個人の感想です)。ほかには、会計検査院とか、日本学士院とか、日本芸術院とかがございますな。孤高な感じというか、独立しているというか、一匹狼という感じがぷんぷんいたします(注:あくまで個人の感想です)。

で、国土地理院です。ここ、なにやってるの? というと、自動車はしらせて写真とりまくって、地図作って、3Dプリンタ用のデータも配布しています。ドローンもとばしてますね。博物館も運営していますな。いや、Googleじゃありません、国土地理院です。国の機関ならではというところでは、広域災害の調査を迅速にやったり、測量士の資格を出したり、測量の検定やったり、地名つけたり、国の位置の確認しておりますな。また海水面の高さの測定もやってますね。正しくは、同院のパンフレットをごらんいただくとして、ここが天体観測もやっているのでございます。実際「宇宙測地研究室」なんてのが国土地理院にあるんですな。この取り壊された32m巨大パラボラアンテナも、宇宙測地研究室が担当しております。いわく「星が伝える大地の動き」なのだそうです。

さて、ここまで読んで「ははあ、地図作りも人工衛星使ったりして、現代はそういう時代だよねえ」と思った方もいらっしゃるかもしれません。はい、たしかに宇宙測地研究室の仕事には、人工衛星データの活用もありますねー。

んが、もっと直接的に宇宙と地図はつながっているのでございます。というか、大規模で精密な地図は、星を観測しないと、作れなかったのございます。

ここで、地図をどう作るか? というお話をチョットだけしますね。

ドラクエなんかだと、勇者を何歩、どっちに歩かせたか? を地道に記録して、紙に落とせば地図になりますな。これが地図作りの基本です。ある場所から3m北になにかがある。そんな関係を、ひたすら紙に落とせば地図になるわけです。ま、ドラクエの場合は、最初っからマップに見えていますけれどねー。

問題は、距離と方向をどうキチンとあわせるか? です。これ、どうしたって誤差がでるわけで、大規模な地図になればなるほど、ズレていくわけですな。まして、海の向こうとか、山の向こうと手前を合わせるのは、そりゃー、うまくいかないわけです。

そこで、共通の目標物を使うってのが次にでてきますな。遠くの山とか岬の方向をしらべます。距離が問題になりますが、これは、三角形の相似という性質をつかってはかります。同じ形(三辺の角度が同じ)の2つの三角形は、一辺の長さの比率が、他の二辺の比率になるってなものです。測れる一辺の長さと角度だけしらべれば、残りの二辺はわかっちゃうってなものですな。この組み合わせのネットワークの基準点「三角点」というやつで、日本では国土地理院が管理しております。

でも、それでもズレはつもっていきます。そこで、もっとずっと遠くを見るんですな。そう、山じゃなくて星を見るんですね。たとえば、北極星はいつも北の1点で動きません。その仰角は、その土地の緯度になるのでございます。北極星を調べれば、土地の緯度はわかる。で、地球は丸いので緯度1度の差は、ぴったり南北なら必ず10000km/90度=111kmとなるのでございます。

あ、10000kmというのは、北極点から赤道までの距離です。そういう風に19世紀のフランス人が定義したんですね。メートルを。実際にはちょっと違うことがわかっていますが、ま、こう覚えておいてもあまり問題ありません。

さて、北極星だと南半球だと役立たない…というだけでなく、東西方向を調べるには使えません。ということで、精密に予想できる星の位置をベースに、時刻、高度、方位を測定することで、その場所の緯度と経度がわかります。実際には1つの星一回だけではどうもなので、なんどもなんども星を観測して、その場所の精密な緯度と経度を調べていくのです。

これ、江戸時代に、日本地図を作った伊能忠敬がやっていたことそのものです。また、20世紀はじめくらいまでの天文台の主要な仕事は、これでございました。地図作りが天文台の業務だったといってもあんまり間違っていないんでございます。日本の国立天文台にも、そのための装置「子午環(しごかん)」があり20世紀の終わりまで使われていました。あ、子午ってのは、ネズミとウマで、干支ですな。ネズミが北、ウマが南で、南北方向にしか向けられない、そのかわり精密につくった観測装置です。ウマの午が南なので、太陽が南にきたら「正午」、その前は午前、後は午後といいますな。

さて、そうやって、各地で星を調べ、間を三角点で埋めていけば、精密で大規模な地図は作れてきます。が、それでも精度には限界があるのですな。星をいくら精密につかまえても、角度で10万分の1度くらいです。まあ、111kmの10万分の1なので、地上の場所を1mくらいまでは追い込めるのですが、まだ足らんということなのですな。

そこで、遙かに遠くにある強力な電波を出す、クエーサーというものが注目されました。これはブラックホールに吸い込まれるガスが、電波を出していると目されています。これをとらえるには、電波を受けるパラボラアンテナが必要です。さらに、アンテナとアンテナの間の電波受信タイミングの差を精密に調べることで、アンテナ間の距離などが精密に求められます。地球の丸みなどに関係なく行えるのがポイントです。

つくばの32mのアンテナは、日本各地にある5m程度のアンテナとともに、この観測を行い、日本の形を精密にたしかめてきたんですな。で、解体してどうするよ? というと、新しいよりコンパクトで強力なアンテナが同じ茨城県の石岡に建設されて運用されています。1ミリメートルという精度で地上の基準を測定するわけですな。

つくばVLBI局 (出所:国土地理院Webサイト)

石岡測地観測局 (出所:国土地理院Webサイト)

そんなに詳しくしらべて、どうするよ? という話もありますが、ここまでくると「巨大地震で地球の自転がわずかに遅れた」とかそういうこともわかってくるのだそうですな。いままで見えなかったものが、わかるように、地球の微妙なことが見えてくるのだそうです。

はたと考えると、国土地理院がそこまでする必要あるんかな? とも思えなくもないのですが、まあ、ほかではやらないこと、徹底的にやっていただくのがいいんじゃないかと思うわけでございます。

なお、国土地理院の見学は、毎年科学技術週間(4月下旬)にありますので、つくばや石岡に近い方などチェックしてはいかがでしょうか。また、科学館は常時公開されておりますよ。

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。