強い刺激性と毒性を持つ化学物質「ホルムアルデヒド」は、そのイメージとは裏腹に、水中での化学反応を通じて、糖やアミノ酸などの生命材料分子につながり得る重要な分子でもある。これまでの研究から、同物質が温暖だった太古の火星の大気中で生成され得ることは示されていたが、どこにどれほどの量が地表へ届いたのかは明らかにされていなかった。

東北大学と東京科学大学(科学大)の両者は、大気中でのホルムアルデヒド生成を計算する光化学モデルと、火星全体の気候を再現する全球気候モデルを組み合わせて詳細なシミュレーションを実施。その結果、水蒸気が多く雨が降りやすい地域ほど、ホルムアルデヒドが生成されて雨と共に地表へ運ばれやすいことを明らかにしたと共同発表した。

  • 太古火星における大気ホルムアルデヒドの地表供給量分布 (出所:科学大Webサイト)

    太古火星における大気ホルムアルデヒドの地表供給量分布 (出所:科学大Webサイト)

また、供給量は南半球よりも北半球の方が数倍多く、山岳地帯では地形による上昇気流で雨が生じるため局地的な集中域が形成されることや、特に湿潤地域の周辺にある盆地では、大気から運ばれたホルムアルデヒドが河川などで集積し、蒸発によって濃縮されて有機物合成が進んだ可能性があることも併せて報告された。

同成果は、東北大大学院 理学研究科の小山俊吾研究員(現・科学大 理学院 地球惑星科学系 研究員/東北大大学院 理学研究科 客員研究員兼任)、科学大 地球生命研究所の鎌田有紘研究員、東北大大学院 理学研究科の寺田直樹教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国天文学会が刊行する、惑星科学分野のオープンアクセスジャーナル「The Planetary Science Journal」に9月30日に掲載された。

太古の火星で、生命材料はどこにどれほど届いたのか?

現在の火星は寒冷で乾燥した不毛の世界だが、地形や鉱物の証拠から、約38〜36億年前には一時的に温暖で湿潤な時期があったと考えられている。厚い二酸化炭素の大気に、火山活動や隕石衝突などで供給された水素が加わることで温室効果が強まり、北半球の海や各地の湖、河川など、液体の水が存在できた可能性が指摘されている。

火星でかつて生命が誕生した可能性が議論されているが、それを検討するには、単に液体の水の存在だけでなく、糖やアミノ酸などの生命材料がどのように供給されたのかを知ることが重要だ。ホルムアルデヒドは大気中の光化学反応で生成され、地表の水に溶けると、水中で進む化学反応を通じて糖を含むより複雑な有機物の原料になる。そのことから、太古の火星において生命材料分子が作られる道筋を考える上で鍵となる分子である。

研究チームはこれまで、太古の火星大気がホルムアルデヒドの生成に適していたことや、その炭素同位体の特徴が火星探査で見つかった有機物を説明し得ることを示してきた。しかし、従来の計算は火星全体を平均した一次元モデルであり、水蒸気や雨の地域差を考慮できていなかったという。どこにどれほど届くのかを地図として示すことが、探査結果との比較や将来の着陸地点選択に必要だと考えられている。

そこで研究チームは今回、地表温度、水蒸気量、気圧、紫外線強度をパラメータとし、大気中の化学反応を考慮して各分子種の密度を扱う光化学モデルによる計算を行い、それぞれの条件で生じるホルムアルデヒド量を整理した参照テーブルを作製した。

続いて、この参照テーブルを、太古の火星における惑星全体の大気の流れ、気温、水蒸気、雲、降水などを三次元で計算する全球気候モデルに組み込み、約38〜36億年前の温暖な環境を想定して、火星全体のホルムアルデヒドの地表供給量分布を計算することにしたという。

今回の研究成果

計算の結果、ホルムアルデヒドの地表への供給量は火星全体で約100倍の地域差があることが示されたとした。水蒸気が豊富な場所では、水分子が紫外線で分解されることでホルムアルデヒド生成に必要な反応が進む。さらに、生成されたホルムアルデヒドは雨に溶け込み、効率よく地表へ運ばれる。

この2つの効果が重なるため、北半球の海やヘラス盆地などの水域で供給が多くなり、北半球の平均は南半球を数倍上回る結果が得られたとした。全球平均の供給量は1平方m当たり年間約5mgだったのに対し、タルシスやエリシウムなどの山岳周辺では、斜面に沿って空気が上昇して降水が生じるため、最大で年間約50mgと全球平均の約10倍に達することが導き出された。

今後、モデルが予測する供給量の多い地域と少ない地域で、古い地層に含まれる有機物の量や炭素同位体の特徴を比較できれば、大気由来のホルムアルデヒドが火星有機物にどの程度寄与したかを検証することが可能になるという。特に、湿潤地域に隣接し、水が集まって蒸発しやすい盆地は、ホルムアルデヒドが濃縮されて有機物合成が進んだ可能性のある有望な探査対象とした。

研究チームは今後、大気中での化学反応と気候を三次元で直接結び付けたモデルの開発や、地表に届いた有機物の分解・保存過程の実験を進めることで、太古の火星における化学進化と生命誕生の可能性をより詳しく解明することをめざすとしている。