現在の火星は大気が非常に薄く極寒・乾燥の不毛な環境となっているが、これまでの探査で発見された表面の流水地形や水成鉱物などの証拠から、約38億年前には液体の水が存在し、北部に広大な海があったと考えられている。しかし、これは研究者の間の統一的な見解ではなく、海の実在性や、実在したとしてもいつまで存在したのかという正確な時期はわかっていなかった。
そうした中、高知大学と岡山大学、長崎大学の3者が、水槽実験と探査データの解析を通じて、火星のデルタ地形の形成条件・分布・形成年代を解明したことを、10月1日に共同発表した。
約38億〜32億年前の北半球に広大な海が存在し、約32億年前に海が消失したことや、約21億〜1億年前には小規模な湖沼環境が出現していたことを突き止めたことも、あわせて明らかにしている。
同成果は、岡山大 環境生命自然科学研究科の鬼頭蓮大学院生(研究当時)、高知大 理工学部の長谷川精准教授、岡山大 学術研究院 先鋭研究領域(惑星物質研究所)のルジ・トリシット准教授、長崎大の武藤鉄司名誉教授、イタリア・ダヌンツィオ大学の小松吾郎准教授(千葉工業大学 惑星探査研究センター 客員主席研究員兼任)らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の、宇宙探査分野のオープンアクセスジャーナル「npj Space Exploration」に掲載された。
火星の海はいつ消えた? 正確な時期を検証
火星の海は従来、約35億年前までには消失したと考えられていたが、正確な時期は不明だった。また、推定海岸線の標高差の大きさから「海ではなく湖沼が点在していた」とする説もあり、火星の太古の水環境を巡っては長年議論が続いていた。
そこで研究チームは今回、地球上の地形と共通点を持ち、火星の水環境履歴を解明する鍵とされる「デルタ地形」(三角州)に注目。ただし、先行研究では扇状地との混同や形成年代解析の不十分さがあったため、長崎大の実験水槽(マルジ5号)で海水面の変動を模擬し、水位下降や上昇に伴うデルタ地形の形態変化を検証することにした。
今回の研究成果
海が沖へ後退する「海退」を模擬した実験の結果、急速な水位下降時にはチャネル(流路)の分岐が抑制され、海側へロブ(細長い堆積地形)が伸びていくことが判明。特に、途中で水位下降速度を急加速すると、遅い下降速度で形成された扇形のデルタから細長いロブが伸びる「ロブ伸長型デルタ」が再現された。一方、水位上昇時には段々地形の「ステップデルタ」が形成され、これは急激な水位上昇によって堆積が起こらない場所ができることで生じる仕組みであることが明らかにされた。
続いて、NASAの探査機による画像データを用いて火星表面のデルタ地形が詳細に観察された。すると、実験で再現された2種類のデルタに類似した地形が、複数地点で発見された。その分布を調べると、ロブ伸長型デルタは先行研究で推定されていた広大な海岸線付近に位置し、デルタを形成した河川の流れも北部低地側(かつての海方向)に向かっていることが判明した。
一方、ステップデルタは海岸線から離れた「閉鎖盆地」(流入河川のみが存在するクレーター湖)にのみ分布しており、標高分布は広範で海岸線よりも遥かに高所にも及んでいた。加えて、形成河川の流向も海とは反対の南向きなど、多方向に分散していた。
次に、2種類のデルタ地形のクレーター解析に基づく年代測定が行われた。その結果、ロブ伸長型デルタは約38億年前から約32億年前までの間に形成されたことが導き出された。なお、水位安定条件で形成される「チャネル分流型デルタ」も同様の年代値を示したという。
これらのデルタ地形の年代は、先行研究が示す海の存在の痕跡地形(海岸線、津波堆積物)や大規模流水地形(バレーネットワーク、アウトフローチャネル)の形成年代ともきわめてよく一致しているとした。これらにより、約38億〜32億年前には北部低地に広大な海が存在し、約32億年前頃の大規模な海退によって海が消失したことが突き止められた。
一方、閉鎖盆地内のステップデルタの形成年代は約21〜1億年前と新しい年代を示し、海の消失後も局所的な湖沼環境が存在していた可能性が示唆された。なお、約32億〜21億年前はどちらのデルタ地形も形成されておらず、この期間は、火星表層の水活動が一時停滞していた可能性が示されたという。
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今回の研究で対象とされたデルタ地形と、他の流水関連地形の年代・標高分布の関係。緑と黄の点線は、先行研究で推定された太古の海岸線の標高。ロブ伸長型デルタとチャネル分流型デルタは38〜32億年前の、太古の海岸線の標高範囲に集中する。一方、ステップデルタは21億年前以降の地質学的に新しい時代に形成され、幅広い標高に分布する (出所:高知大ニュースリリースPDF)
約21〜1億年前の局所的な湖沼環境は、火山活動や隕石衝突に伴う山岳氷河や地下氷(永久凍土)の融解水がクレーター盆地内に流れ込んで発生したと推測される。このことから、約38億年前頃に存在した火星の生命生息可能環境(ハビタブル環境)は、約32億年前の海消失後も、約21億年前以降の局所的な水活動によって従来の想定より遥かに新しい年代まで持続していた可能性があり得るとのこと。今回の成果は、火星の環境進化史や生命存在可能環境の持続性に関する非常に重要な成果と考えられるとしている。




