分子の中には、右手と左手のように鏡に映した像同士がどうしても重なり合わない「キラリティ」を持つものが多数存在する。このような関係にある分子は「鏡像異性体」と呼ばれ、「L型」または「D型」に区別される。

我々の身体をはじめ、地球生命の基本構成要素である主要20種類のアミノ酸も、分子構造が対称な「グリシン」を除く19種類にL型とD型が存在する。同じ原子で構成されていても、形状が鏡像の関係にあるだけで機能が大きく異なる場合があり、医薬品などでは一方に薬効があっても、もう一方が人体に有害となることすらある。

しかし、地球生命の大きな謎のひとつが、ほぼL型のみしか利用していないという、偏りが存在する点だ。2026年のノーベル化学賞に選ばれた、東京理科大学の硤合憲三名誉教授らの研究内容「非対称自動触媒反応」にもつながる話だが、この偏りは生命誕生の過程を解き明かす手がかりであると同時に、地球外生命の痕跡を探るバイオシグネチャー(生命痕跡の指標)候補としても注目されている。

そうした中、大阪大学は、1分子のアミノ酸が金のナノギャップを通過する際に流れる「量子トンネル電流」を測定し、その電流波形を機械学習(AI)で解析することで、アミノ酸のL型とD型を判別する技術を開発。10月5日に研究成果を発表している。

  • 今回の研究では、マーチソン隕石や火星類似環境のアタカマ砂漠(画像)の試料が分析され、宇宙生命探査への応用を見据えた技術の有用性が実証された (出所:阪大Webサイト)

    今回の研究では、マーチソン隕石や火星類似環境のアタカマ砂漠(画像)の試料が分析され、宇宙生命探査への応用を見据えた技術の有用性が実証された (出所:阪大Webサイト)

同成果は、阪大 産業科学研究所の大城敬人准教授、同・谷口正輝教授らを中心に、米・ジョージア工科大学、NASA ゴダード宇宙飛行センター、米・シカゴ大学、米・マサチューセッツ工科大学などの研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の旗艦オープンアクセスジャーナル「Nature Communications」に掲載された。

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小型・高感度な電気式宇宙生命探査装置の実現へ

「宇宙で見つかったアミノ酸がL型とD型のどちらに偏っているか」を調べることは、その有機物がどのようなプロセスを経て形成されたのかを考察する上で重要となる。

これまでキラリティを調べるには、偏光を利用した光学測定や、キラル化合物を用いた分離分析などが用いられてきた。しかし、将来的に火星や氷衛星などにおいて、探査機による有機物などの現地分析を行うには、小型・高感度であり、同時に複雑な光学系や反応操作を必要としない分析技術が不可欠だ。

そこで研究チームは今回、2本の金電極の間に約0.5nmという隙間(ナノギャップ)を形成し、そこを1分子のアミノ酸が通過した際に生じる微弱な量子トンネル電流の波形を測定することにした。

今回の研究成果

今回の研究では、前述の微弱な量子トンネル電流の波形全体を機械学習で解析したところ、19種類すべてのキラルアミノ酸についてL型およびD型のいずれなのかを高い精度で識別。さらに、極低濃度のアミノ酸検出や、複数のアミノ酸が混合した試料の組成推定にも成功した。

また、地球外有機物を含む「マーチソン隕石」や、火星類似環境として知られるチリ・アタカマ砂漠で採取した実試料でも主要なアミノ酸組成が捉えられ、従来の液体クロマトグラフィー質量分析と共通する傾向が確認された。一方、成分ごとの定量値やD/L比には相違もあり、実用化にはさらなる精度向上が不可欠だとしている。

今回の研究により、キラル分子のL型とD型の構造が、電流によって1分子ずつ読み取れることが実証された。特に宇宙探査では、装置の重量、サイズ、消費電力、耐振動性などに厳しい制約があるため、大型の光学系を必要としない全電気式の検出技術は有利だ。標識分子やキラル認識分子(試薬)も用いないため、将来的な分析装置の小型化・簡素化につながる可能性があるという。

今回の技術が、分子の存在確認にとどまらず、「どの分子であるのか」、「キラル分子のL型・D型のどちらか」、「その存在量はどの程度か」を1分子ずつ電気的に読み取れる装置へと発展すれば、火星や巨大ガス惑星の氷衛星、小惑星などの試料から生命や生命誕生前の化学反応の痕跡を調べる新たな分析手段となる可能性がある。

一方、実際の宇宙探査への搭載には、未知物質を含む複雑な試料への対応、汚染管理、定量精度の向上、宇宙環境での動作検証など、さらなる研究が必要だとしている。