火星のように生命が存在し得る他天体に着陸機やローバーなどを送り込む場合、天体環境の汚染や生命探査の結果への悪影響を防ぐ必要がある。そのため、極限環境に耐性を持つ微生物を確実に不活化しつつ、探査機の構成素材を傷めない滅菌技術が求められてきた。しかし、従来の高温や薬剤による手法には、材料の損傷や薬剤の残留、真空下での使用における課題が存在していた。
九州大学は、「低圧高周波水プラズマ」を用いて耐熱性芽胞と放射線耐性菌の不活化効果を検証した結果、どちらにも効果があり、特に耐熱性芽胞に対しては菌数を60分で6ケタ以上低減させるなど、以前より研究されてきた酸素プラズマよりも短時間で高い不活化効果を示したと、9月30日に発表した。
さらに、探査機に使用される高性能プラスチックフィルム「ポリイミドフィルム」への影響は酸素プラズマよりも小さく、材料への負荷を抑えた滅菌技術としての可能性が示されたこともあわせて発表された。
同成果は、九大大学院 総合理工学府の山中綺良々大学院生、九大大学院 総合理工学研究院の林信哉教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のオンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
宇宙探査における滅菌技術の重要性
宇宙探査では、探査機に付着した地球由来の微生物を他天体へ持ち込む「前方汚染」と、地球外由来の物質や微生物によって地球環境が影響を受ける「後方汚染」の両方を防ぐ必要がある。特に、着陸探査やサンプルリターンなどの拡大に伴い、細菌、真菌、ウイルス、芽胞などを含む、増殖可能なすべての微生物を死滅または不活化し、試料や物品に生きた微生物が存在しない状態にする滅菌技術の重要性が高まっている。
日本も無関係ではなく、2026年10月20日に打ち上げ予定の火星衛星探査機「MMX」は、火星表面への着陸は行わないものの、衛星フォボスからのサンプルリターンが実施される。
フォボスの表面には、巨大隕石の衝突時の衝撃などによって火星表面から飛来した粒子が存在している可能性があり、もし太古の火星に生命が存在していた場合、休眠状態で存在している可能性は否定できない。小惑星から試料を回収した初代「はやぶさ」や「はやぶさ2」とは異なり、火星由来物質が含まれ得るMMXでは、後方汚染への対応も極めて重要になる。
これまでの滅菌では、乾熱処理や薬剤による除染が行われてきた。しかし、電子部品や高分子材料への影響、薬剤の残留、高抵抗性微生物に対する効果不足などの課題が存在していた。
そこで研究チームは今回、液体の水を原料とし、低温処理が可能な低圧高周波水プラズマに着目。水プラズマ中の活性種生成や微生物の不活化性能・メカニズムの考察に加え、探査機に使用される素材への影響を評価することにした。
今回の研究成果
物質の第4の状態とされるプラズマは、気体にエネルギーが加わることで一部の原子や分子が電離し、自由電子やイオンなどが存在する状態を指す。プラズマ中ではラジカルをはじめとする反応性の高い化学種(活性種)が生成されることがあり、この活性種は微生物の不活化や物質表面の処理などに利用が可能だ。
今回の研究では、水プラズマ中でOHラジカルが生成されること、それが滅菌処理の対象物まで到達することが確認された。OHラジカルは極めて高い反応性を持ち、微生物を構成するタンパク質やDNAなどの生体分子を酸化することで、微生物の不活化に関与すると考えられている。今回の実験でも、微生物表面のタンパク質などが、水プラズマによって酸化・分解されることが不活化に関与している可能性が示された。
実際の不活化試験では、水プラズマは耐熱性芽胞や放射線耐性菌といった高抵抗性微生物に効果を示すことが確かめられた。特に耐熱性芽胞に対しては、菌数を60分で6ケタ以上低減させ、酸素プラズマよりも短時間で高い不活化効果を示した。
また、探査機の材料への影響評価は、耐熱性や絶縁性、耐放射線性に優れた高性能プラスチックフィルムであるポリイミドフィルムに対して行われた。水プラズマの同素材への影響は酸素プラズマよりも小さく、滅菌効果と材料適合性を両立できる可能性が示されたとした。
研究チームは今後、DNAやタンパク質に生じる損傷を詳細に解析し、水プラズマによる微生物不活化のメカニズムを解明していく方針だ。また、装置の大型化や処理の均一化を進め、探査機の外部表面や惑星環境に接触する機器への応用を目指すという。さらに将来的には、サンプルリターン容器や回収機器などへの適用可能性を検討し、前方汚染だけでなく後方汚染の防止にも貢献できる惑星保護技術への展開が期待されるとしている。




