低調なH-IIA商業打ち上げ受注、H3の躍進に期待
H-IIAは基幹ロケットとして八面六臂の活躍をし、日本の宇宙開発の発展に大きく貢献した。しかし一方で、十分に実を結ばなかった分野もある。
そのひとつが、商業打ち上げの受注数である。本連載の第8回で触れたように、H-IIの運用中、またH-IIAの開発が始まった1996年には、米国企業から計30機の商業衛星打ち上げの仮契約を獲得していた。だが、その後H-II 5号機と8号機が相次いで失敗し、H-IIAの開発も遅れたことで、契約はすべて解除されてしまう。
H-IIAの運用開始後、あらためて商業受注を獲得し、実際に打ち上げも行われたものの、その数は最終的に5件にとどまった。この実績は世界の大型ロケットの中でも少なく、また1996年の仮契約数を大きく下回る結果となった。
後継機となるH3は、商業打ち上げでの競争力強化をめざしており、H-IIAの受注数を大きく超えることが望まれている。
その見通しは、いまのところ明るい。その根拠のひとつがコストダウンである。ロケットを利用する顧客(衛星会社など)は、ロケットを選ぶ際、打ち上げ価格を最も重要視する。
H-IIAの打ち上げ費用は1機あたり約100億円と、H-IIの半額程度に抑えることに成功していた。2000年代以降、ロシアやスペースXなどが低価格のロケットを投入し、日本の価格競争力は相対的に低下してしまったが、それでも「どこを工夫すればコストを削減できるのか」という知見を蓄積できたことは大きな収穫だった。
H3では、最小構成で約50億円と、H-IIAの半額をめざしており、他の構成でも相当なコストダウンが見込まれている。実現すれば、他国の同クラスのロケットと肩を並べることができる。そこに、H-IIA譲りの信頼性や、ロケットをあらかじめ決めた日程通りに打ち上げる「オンタイム打ち上げ」率の高さが付加できれば、商業打ち上げ市場での躍進が期待できる。
実際に、H3への期待はすでに具体的な形となって表れている。H3がまだ開発中だった2018年、三菱重工は、米国の大手衛星通信会社インマルサットとの間で、H3による打ち上げを実施することで合意した。2024年にはフランスのユーテルサットと複数回の打ち上げ契約を結び、同年にはUAE宇宙庁とも小惑星帯探査ミッションの打ち上げで合意に至った。
H-IIAが商業打ち上げで残した実績は、数としては少ないが、その中で得られた信頼と技術的な知見は確実に評価され、H3に受け継がれている。
H3に求められる“打ち上げ数と頻度向上”
H3がH-IIAを超えるにあたり、もうひとつ重要なのが、打ち上げ数と頻度の向上である。今後、準天頂衛星や情報収集衛星の数が増えることで、政府系衛星の打ち上げ需要はさらに高まり、そこに商業打ち上げの数も増えるとなれば、H-IIA以上の頻度で打ち上げを行う必要がある。
そもそも、H3が商品として成功を収めるためには、打ち上げ数を増やさなければならない。仮に原価率を50%とした場合、100億円のH-IIAは50億円で造っていたことになり、1機あたり50億円の利益が出る。しかし、50億円のH3は25億円で造ることになるため、1機あたりの利益は25億円となる。つまり、単純計算すれば、H-IIAの2倍の打ち上げ数でようやく同等の利益となる。
JAXAや三菱重工が、H3の打ち上げ頻度について「年間7機以上」をめざしていることからも、損益分岐点はそのあたりにあると考えられる。言い換えれば、7機以上が実現できなければ、事業として成立しない。
H-IIAの打ち上げ頻度は、2017年に年間6機を達成したのが最高記録だった。また、打ち上げ間隔では、8号機と9号機を25日間隔で打ち上げたことがあったが、その前後の打ち上げは大きく空いており、あくまで一過性のものだった。
つまり、年間7機以上のロケットを、1カ月から2カ月の間隔でコンスタントに打ち上げ続けるというのは、未知の挑戦となる。
すでにJAXAでは、打ち上げ頻度向上に向けた取り組みを始めており、推進薬の貯蔵施設(タンク)の増強などを図っている。また、打ち上げ頻度をさらに増やすにあたってどういう課題があるかの検討も進んでいる。第1段エンジン「LE-9」の領収燃焼試験(打ち上げ前の試運転)も、現在は種子島宇宙センターで行っているが、H-IIAと同じく田代試験場(秋田県)で行えるよう施設の改修が進んでいる。
今後、製造から組み立て、試験、そして打ち上げ、打ち上げ後のメンテナンスと、運用に必要なすべて工程を、高頻度化に対応できるよう整えられるかが重要となる。
世界で最も安全な有人ロケットになり得るH3
コストダウン、商業打ち上げ、そして打ち上げ頻度の向上──H-IIAから引き継がれた挑戦は、H3によって確かな成果へと形を変えつつある。そして、その歩みの先には、まだ果たされていない大きな夢が残されている。有人宇宙飛行である。
日本はこれまで、独自の有人宇宙船を持ってこなかった。それどころか、H-IIAの運用が始まった直後の2004年には、内閣府の総合科学技術会議・宇宙開発利用専門調査会がまとめた「我が国における宇宙開発利用の基本戦略」において、「我が国としては、当面独自の有人宇宙計画は持たない」との文言が盛り込まれるなど、忌避に近い扱いだった。
一方、JAXAをはじめ現場のエンジニアは、さまざまな形で有人宇宙船の構想を生み出し、世に問うてきた。たとえば2001年には、NASDA(当時)の先端ミッション研究センターが、日本独自の有人宇宙船「ふじ」の構想を発表した。
2005年には、JAXAがまとめた「JAXA長期ビジョン」(JAXA 2025)において、「20年後頃までに、使い切りロケット打ち上げによる有人輸送・帰還機を実現し、運用の開始をめざす」と提案された。
また、2008年にもJAXAは、宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)をもとにした有人宇宙船の構想を発表している。
しかし、いずれの構想も正式なプロジェクトになることはなく、また国として有人宇宙船を持つという方針も立てられることなく、時間だけが流れてしまった。
その間、2003年には中国が有人宇宙飛行を成し遂げ、2020年には米国のスペースXが、民間企業として初の有人周回飛行を成功させた。さらに、インドも有人宇宙船の開発を進めており、数年のうちに有人宇宙飛行に挑むことを計画している。
人類の有人宇宙活動はこれからもとどまることはないだろう。2030年には国際宇宙ステーション(ISS)の引退が予定されているが、その後も、民間の宇宙ステーションが複数機運用される計画が進んでいる。月面基地や有人火星探査の構想もある。今後、人類の活動圏は確実に広がり、宇宙に定住する時代も夢ではない。むしろ、人類が陸地を旅し、大海原を航海し、空をも飛べるようになった歴史を踏まえれば、宇宙へ出て行くことは必然であるとも言える。
それを踏まえ、日本も独自の有人宇宙船を開発すべきであろう。そこにおいて、H3は本質的な安全性とロバスト性をもっており、有人宇宙飛行の実現に大きく役立つ。
H3の第1段エンジン「LE-9」と第2段エンジン「LE-5B-3」で採用しているエキスパンダー・ブリード・サイクルという仕組みは、その原理上、エンジンのどこかに異常が発生しても、大爆発を起こすことなく、安全かつ緩やかにエンジンが止まるようになっている。また、不安定な状態からでもエンジンを始動させることができ、実際にH-II 8号機、H-IIA 6号機では、墜落しつつある中でもエンジンに着火し、正規の燃焼圧力まで立ち上がった実績がある。
つまり、エキスパンダー・ブリード・サイクルのエンジンと、それを全段に採用するH3は壊れにくく、またエンジンが壊れても、ロケットが大爆発するような事態に波及しにくいという特徴がある。
これは、有人宇宙船を打ち上げるロケットとして高い信頼性が発揮できるというだけでなく、万が一ロケットに問題が発生しても、脱出装置が起動し、宇宙飛行士が乗った宇宙船をロケットから退避させるまでの時間を稼ぐことができ、宇宙飛行士の命が助かる確率を上げることになる。
すなわち、H3は、世界で最も安全な有人ロケットとなる可能性がある。
もちろん、実際に有人宇宙船を開発するためには課題が多く残されている。宇宙からの再突入技術はまだ実績が少ない。独自の宇宙服や完全な生命維持システム(ECLSS)もない。予算や人員を確保する必要もある。
しかし、ISSへの参画を通じて基礎技術は着実に積み上がっており、現在も国際有人月探査計画「アルテミス」のため、技術開発が続いている。独自の有人宇宙飛行に必要な技術が少しずつ整う中、H3の存在は、その実現に向けた大きな後押しとなるかもしれない。
ペンシル・ロケットからN-I、H-II、そしてH-IIAへと至る道のりは、決して平坦なものではなかった。幾度もの失敗と挫折を経ながらも、そのたびに技術を磨き、知見を積み重ね、次の一歩へとつなげてきた。その歩みの先に、日本のロケットは世界と肩を並べるに至った。
そしていま、H3は新たなフロンティアを切り拓こうとしている。日本の宇宙利用をさらなる高みに導き、世界から信頼され頼られるロケットとなり、月や火星、宇宙の謎に敢然と挑む。そして、有人宇宙飛行という長年の夢も、もはや遠い未来の幻想ではない。
H-IIAが翔け抜けた軌跡の先、未踏の宇宙をめざす日本のロケットとエンジニアたちの挑戦は、これからも続いていく。




