AIエージェントが日々の業務に入り込み、これまで人がこなしてきた作業を次々と肩代わりし始めています。ソフトウェア開発はもちろんのこと、リサーチや採用などさまざまな分野で仕事の進め方そのものが変わろうとしています。
では、作業の多くをAIに委ねられる時代に、人はどこで価値を生むのでしょうか。本稿では、ソフトウェア開発などの現場の例を手がかりに、「タスク」と「目的」という二つの視点から、これからの働き方と、企業がいま動くべき理由を考えます。
AIは「仕事の中身」まで変え始めた
過去10年あまり、経営者やリーダーは「働き方の未来(Future of Work)」という言葉で、テクノロジーがビジネスをどう変えるかを語ってきました。実際、SaaSはパッケージソフトを、クラウドは自前のインフラを、そしてコラボレーションツールはオフィスという「働く場」を、それぞれ置き換えてきました。
AIによって昨今起きている変化も、その延長線上にあります。ただし、これまでと決定的に違うのはその速さです。例えば、AI評価研究機関であるMETRによると、ソフトウェア開発の分野では、AIが扱える作業の複雑さが、およそ7カ月で倍になっているという指摘もあります。生産性はゆるやかな右肩上がりではなく、階段を飛ばすように非線形に伸び始めており、AIは仕事の中身そのものを描き変えつつあります。
そこで改めて問われるのが、「その仕事は、誰があるいは何が担うのか」という点です。
AIに「タスク」を任せ、人は「目的」を担う
AIがもたらす変革は、私たちにこれまでとは違う構えを求めます。AI以前の時代には、仕事の設計も、評価の物差しも、人材育成の考え方も、「多くを、速く、幅広くこなせる人ほど優秀だ」という前提に立ってきました。この前提は長きにわたって続いてきたものなので、AIの活用が進んだからといって、いますぐ消えるわけではありません。しかし、その前提だけでは通用しなくなりつつあります。
その理由を、仕事の捉え方から考えてみましょう。NVIDIAのCEO、ジェンスン・フアン氏は、仕事を「タスク」と「目的」に分けて捉えると、AIとの付き合い方が見えてくると指摘しています。フアン氏の見方は、身近な仕事に当てはめて考えてみると分かりやすいかもしれません。どんな仕事にもタスクがあります。例えば、ソフトウェア開発のエンジニアのタスクはコードを書くことです。けれども、ソフトウェアエンジニアリングの本来の目的は、「テクノロジーを通じて課題を解き、次に取り組むべき価値ある課題を見つけ出す」ことにあります。タスクが次々とAIによって自動化されるいまだからこそ、この「何のためにやるのか」という目的が、これまで以上に重みを持ちます。
それはエンジニアだけではありません。アナリストや採用など、さまざまな部門で働く担当者の日々のタスクは、ますますAIが引き受けられるようになります。一方で、その担当者が本来目指している目的までは、AIには肩代わりできません。なぜならば、目的とは作業を片付けること自体ではなく、その仕事に人が見いだす価値そのものだからです。タスクと目的には線が引かれており、「どうすれば仕事をうまくこなせるか」ではなく、「どうすればこの作業をAIに任せ、自分は本来の目的に集中できるか」に、これからの働き手の勝負どころがあります。
人の役割が「目的」へ移ると、当然私たちの立ち位置そのものも変わります。人とAIエージェントが協働する時代には、進む方向を決めるのは人の側になるからです。誰もが小さなチームのマネージャーのように、狙いを定め、目指す成果を描き、実行を複数のエージェントに委ね、その結果を吟味し、機械には真似のできない判断で軌道を修正していく。そういう働き方が当たり前になります。
AIがもたらすのは数%の改善ではない
人の役割が変わると、そこから生まれる成果の大きさも、これまでの延長では測れなくなります。AIによる生産性の向上は、その捉え方から見直す必要があるのです。
トーマス・エジソンは、ろうそくの薄暗さを、より良いろうそくを作ることで解決しようとはしませんでした。電球を発明して解決したのです。AIがもたらすのも、これと同じ種類の飛躍です。ろうそくを明るくするのではなく、ろうそくから電気へと移るような変化をもたらすのです。つまり、AIによって仕事を数パーセント改善するという話ではなく、成果の伸び方そのものが大きく変わります。
それが現場でどう表れるのか、新しい機能をリリースしようとしているソフトウェア開発のエンジニアを例に考えてみましょう。エンジニアは準備段階で、要件を確かめるために管理ツールを開き、設計方針を追ってWikiをたどり、直近の変更を見にコードリポジトリを開き、未解決の疑問を探してやり取りの履歴をさかのぼります。つまり、要件を確かめる準備作業だけに、数時間かかることも珍しくなく、それがスプリントのたびに繰り返されます。
このシーンに、複数のAIエージェントを活用するとどうなるでしょう。あるエージェントは要件を集め、別のエージェントは設計上の矛盾を洗い出し、直近の変更を要約し、脆弱性をスキャンし、実装計画のドラフトまで用意する。エンジニアはその結果に目を通すだけで、すぐ実装に入れます。
同じ変化は、他の部門でも起こります。顧客サポート部門では、担当者が顧客の問い合わせ(チケット)を開く前に、エージェントが経緯を整理して回答のドラフトまで用意することにより、解決までの時間を短縮できます。また、法務部門でも、判例を集めるエージェント、リスクのある条項を指摘するエージェント、修正案を書くエージェントが並行して動けば、契約書のチェックを効率化し、弁護士は交渉の戦略や、人でなければ下せない判断に力を注げます。
AI活用の遅れが企業の競争力を左右する
ここまでは、実際に始まっている変化をご紹介しました。監査やコンサルティングを手がけるプロフェッショナルサービス大手のEY社が行った調査では、回答したほぼすべての企業がAIによる生産性向上を実感し、その約半数が「効果は大きい」と答えました。しかも、その成果の使い道は人員削減よりも、成長への再投資が中心でした。これは一部の先進企業に限った話ではなく、すでに広く根を張りつつある動きです。
競合が先にAIの成果を成長へ変えていくなかで、いま最大のリスクは、踏み出すのが遅れることです。すぐに踏み出す企業、なかなか踏み出さない企業、この差はどこから生まれるのでしょうか。
AI活用を前提にしている企業は、従来型の企業が抱えがちな幾重もの手続きや承認の重さに縛られず、製品を次々と世に出しています。こうした企業は、AIを後から足す機能としてではなく、会社や事業の中心にAIを据えて仕組みを組み立ててきました。AIを有能な相棒として活用してきたのです。
裏を返せば、AIをうまく活用できず意思決定や実行が遅い企業の場合、その運用面の遅れは、これまでとは桁違いに重くのしかかることになります。スタートアップより大企業のほうがその傾向は強いと言えるかもしれませんが、ここから抜け出せるのはスタートアップだけではありません。規模の大小を問わず、エージェントが速さと安全性を両立して働ける土台を整えた企業が、先頭に立ちます。
その土台とは、AIによる判断の責任の所在をはっきりさせること、必要な情報を全社で共有すること、そして規模が広がっても効くガードレールを用意することです。この土台がなければ、AIの活用は部門ごとにばらばらに進み、全社の成果に結びつかないまま、本来集中すべき仕事から人の注意をそらすだけの実験に終わってしまいます。
AIエージェントを生かす企業に必要な「土台」
では、こうした企業はこの変化にどう向き合えばよいのでしょうか。まず必要なのは、私たちが働き方について当たり前と思ってきた前提を、いったん手放すことです。AIの進化の速さを考えれば、大きな組織ほど、この作業は難しくなるでしょう。
先を行く企業との差が開くほど、追いつくための時間は残されなくなります。好機の扉は、確実に閉じ始めています。とはいえ、求められているのは、ただ速く動くことではありません。これまでとは違うやり方で動くということです。作業をAIに委ね、人の中心的な仕事が「目的を定めること」へと移るほど、私たちを人間たらしめている判断力や直感の価値は、むしろ高まります。AIが約束する飛躍的な成果を手にするには、一人ひとりが、自分の仕事の目的をこれまで以上に深く理解しておく必要があるのです。
結局のところ、AIがタスクを引き受ける時代に人が担うべきなのは、目的を描き、判断を下すことです。そしてAIがもたらす生産性は、わずかな上積みではなく、成果の伸び方そのものを変えるほどの力を持っています。その力を活かせるかどうかは、速く動けるかどうかではなく、目的を軸に働き方を問い直し、エージェントが安全かつ機敏に動ける土台を築けるかどうかにかかっています。
著者プロフィール
GitLab 最高情報責任者(CIO)マヌ・ナラヤン(Manu Narayan)
DevSecOpsプラットフォームを提供するGitLabで、成長を支えるシステムおよびプロセスの変革を主導。CIOとして、GitLabの社内AI戦略に加え、エンタープライズテクノロジーとデータインフラストラクチャを統括。