チョウやガのように蛹(さなぎ)を経て幼虫から成虫へと大きく変態する完全変態昆虫では、移動できない蛹の期間に捕食者や寄生者に発見されないことが生存上、きわめて重要だ。摂食を終えて自由に移動できるようになった終齢幼虫は、エサである寄主植物を離れて移動(放浪行動)するが、この行動が寄生バチを回避する上でどの程度役になっているのかは、これまで分かっていなかった。
岐阜大学は、「ナミアゲハ」(以下、アゲハ)と、その蛹に寄生する「アオムシコバチ」を対象とし、蛹化前のアゲハ幼虫の移動が寄生の回避に与える影響を検証。その結果、アゲハ幼虫は平均20m以上もの距離を移動することを確認したと、9月9日に発表した。
蛹化直前のアゲハ幼虫が、寄生している植物(ミカン)本体や直近にいる場合は寄生され、5m以上離れた幼虫は寄生が確認されなかった。このことから、蛹化前に寄主植物から離れることで、その周辺で蛹を探索するアオムシコバチからの寄生リスクを低下させている可能性が示されたことも、併せて発表された。
同成果は、岐阜大 応用生物科学部の岡本朋子准教授、同・土田浩治招へい教員らの研究チームによるもの。詳細は、昆虫および陸生・淡水生節足動物の行動生態学を扱う専門論文誌「Journal of Insect Behavior」に掲載されている。
寄生バチに見つからないためには? 蛹化直前の幼虫の生存戦略を検証
昆虫は、一部を除けば食物連鎖ピラミッドの下位に位置する。多くの昆虫が常に捕食者に餌となるリスクに加え、寄生されるリスクにも晒されており、いかに発見されずに生き残るかが重要だ。中でも、身動きが取れない蛹の期間を持つ完全変態昆虫にとって、蛹になる場所の選択はきわめて重要な防御手段と考えられている。
チョウやガの幼虫は、蛹化直前の終齢段階になると摂食を終えるため、寄主植物から離れられるようになる。この放浪行動については、捕食回避との関係が議論されてきた一方、寄生バチの回避においてどの程度実質的な効果があるかはほとんど検証されていなかった。
そこで研究チームは今回、「寄主植物から離れた場所で蛹化することで、蛹寄生性の寄生バチに発見されるリスクが低下するのではないか」と仮説を立て、検証を行うことにした。
今回の研究成果
今回の研究では、まずアゲハの終齢幼虫が蛹化前にどの程度の距離を移動するのかが調べられた。その結果、幼虫は「ガットパージ」(蛹になる前に排出する消化管内容物)を排出してから前蛹になるまでの間に、平均20m以上移動することが確認された。なお、この移動距離に雌雄差や体サイズによる明確な違いは認められなかったとした。
次に、野外に前蛹を配置し、寄主植物からの距離と寄生率の関係が検証された。寄主植物上およびその直近では、アオムシコバチによる寄生が確認された一方、寄主植物から5mおよび17m離れた地点では、アオムシコバチによる寄生は確認されなかったという。
さらに、アオムシコバチがアゲハの蛹を探索する際に利用する匂いを特定するため、Y字型嗅覚計を用いて、ガットパージ排出物、食害葉、幼虫、前蛹などの匂いを提示する実験が行われた。その結果、アオムシコバチは前蛹の匂いにのみ有意な誘引を示すことが明らかにされた。
これらの結果から、アゲハ幼虫が蛹化前に長距離移動を行うことで、寄主植物付近を探索するアオムシコバチから離れ、寄生リスクを低下させる可能性が示された。また、アオムシコバチは前蛹の匂いに誘引されたことから、前蛹期特有の揮発性物質を手がかりに寄主を探索している可能性も明らかにされた。
研究チームは今後、前蛹から放出される揮発性物質をガスクロマトグラフィー質量分析法などの化学分析で特定し、それらの化合物に対する寄生バチの電気生理学的な反応や行動を調べることで、蛹化直前の寄主を発見するメカニズムの解明をめざすとした。
寄主植物からの移動距離や蛹化場所の選択が、自然環境下で実際に寄生リスクをどの程度低下させているのかを検証することで、チョウ類の蛹化前の放浪行動が持つ適応的意義の解明つながることが期待されるとしている。

