宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、小惑星探査機「はやぶさ2」が7月5日に実施した、小惑星「トリフネ」のフライバイ探査によって得られた成果を同月30日に発表。取得したデータの分析を進め、最接近時の距離が、小惑星中心から約744mだったことが分かった。フライバイ探査としては、世界で最も小惑星に近づいたことになる。

  • はやぶさ2が実施した、トリフネフライバイのイメージCG(筆者作成)

    はやぶさ2が実施した、トリフネフライバイのイメージCG(筆者作成)

【動画】トリフネフライバイのイメージCG動画(筆者作成)

非常に高精度の航法誘導制御を実現

はやぶさ2が計画していたのは、トリフネ中心から距離800mのフライバイ。分析の結果、はやぶさ2が実際に通過したのは、その目標から約120m離れた地点であることが分かった。電波が届くのに5分もかかるようなはるか遠方の深宇宙において、誤差がわずか120mだったというのは、きわめて高い精度だったといえる。

  • 右図で、赤点が目標点、青点が実際の通過位置。目標よりやや近い位置を通過した (C)JAXA

    右図で、赤点が目標点、青点が実際の通過位置。目標よりやや近い位置を通過した (C)JAXA

はやぶさ2は、複数回の軌道制御(TCM)により、最接近地点を段階的に目標点へ近づけていった。フライバイ4日前のTCM-Bでは、目標点までの距離は16.1kmと推定されており、目標に向けて軌道制御を行ったが、実際の位置は推定よりも遠かったため、その誤差がそのまま残り、TCM-B後の実際の距離は目標から9.58kmとなった。

  • TCM-B前の段階では、誤差を示す青い円の大きさが、まだ30kmくらいもあった。実際にいたのは緑の地点 (C)JAXA

    TCM-B前の段階では、誤差を示す青い円の大きさが、まだ30kmくらいもあった。実際にいたのは緑の地点 (C)JAXA

同様に、フライバイ1日前のTCM-Cでは、距離は9.58km→2.14kmへ接近、フライバイ3時間前のTCM-Dでは、距離2.14km→950mへと近づいた。添付の図を見ると分かりやすいが、いずれも軌道制御(図中の矢印)を正確に実施しても、開始位置に誤差があるせいで、その影響がどうしても最後まで残ってしまっている。

  • TCM-C前には、誤差が一気に縮小。青円の大きさは、2kmくらいになった (C)JAXA

    TCM-C前には、誤差が一気に縮小。青円の大きさは、2kmくらいになった (C)JAXA

  • TCM-Dではオレンジの点まで接近。さらにオンボード制御により、紫の点まで近づいた (C)JAXA

    TCM-Dではオレンジの点まで接近。さらにオンボード制御により、紫の点まで近づいた (C)JAXA

ここまでは、地上からの指令で行われた。通常であれば軌道制御はこれで終わりなのだが、はやぶさ2はここから、さらにオンボード制御を実施。望遠カメラ(ONC-T)に写るトリフネの位置を見ながら、自分自身の判断により、軌道を修正していった。その結果、最接近地点を目標からわずか120mほどまで近づけることができた。

  • TCM-B(1)、TCM-C(2)、TCM-D(3)、オンボード制御(4)というリレーにより、高い精度で誘導。まさに“ピンポイントフライバイ”だったといえる (C)JAXA

    TCM-B(1)、TCM-C(2)、TCM-D(3)、オンボード制御(4)というリレーにより、高い精度で誘導。まさに“ピンポイントフライバイ”だったといえる (C)JAXA

ただ、オンボード制御の最後の10分間ほどは、データを取り込めない状態だったとのことで、もし最後まで制御できていれば、さらに近づけていた可能性がある。120mでもきわめて高い精度だといえるのだが、それでもまだ“満点”ではないというのは、改めてこれが非常に強力な手法であることを示している。

なお、最接近時の距離は、小惑星の中心から約744mであったが、小惑星の表面からは、約400mであることが分かった。過去のフライバイ探査において、これまで最も小惑星表面に近かった記録は、中国の「嫦娥2号」が達成した約770m(JAXA調べ)。はやぶさ2の約400mというのは、これを大幅に塗り替える記録となった。

プラネタリーディフェンスにも大きく貢献

そのほか、トリフネの大きさも明らかになった。分析の結果、推定された大きさは、長径が約840m、短径が約340m。フライバイ前の予想では、それぞれ800m程度、400m程度と考えられていたので、それにかなり近かったことが分かる。

  • トリフネは、予想より少し細長いものの、ほぼ予想通りのサイズだった (C)JAXA、東京大学、千葉工業大学、東京科学大学、産業技術総合研究所、パリ天文台、カナリア天体物理研究所

    トリフネは、予想より少し細長いものの、ほぼ予想通りのサイズだった (C)JAXA、東京大学、千葉工業大学、東京科学大学、産業技術総合研究所、パリ天文台、カナリア天体物理研究所

今回のフライバイで特筆すべきは、レーザー高度計「LIDAR」による測距に成功したことだ。LIDARは、光が往復する時間から対象物までの距離を計測するため、非常に精度が高い。そのデータとトリフネの撮影画像を組み合わせれば、トリフネの大きさも高い精度で計算することができるというわけだ。

また、今回は2回、最接近の約4秒前と約3秒前に、データを取得することができた。探査機の軌道は高精度に分かるので、複数の時刻で測距データを取得できれば、天体の位置と速度の両方も精度良く求めることができる。フライバイ前には49.5kmもあったトリフネの位置誤差が、フライバイ後には0.78kmまで小さくなった。

  • LIDARのレーザーの照射方向。2カ所の赤点で計測できたと考えられる (C)JAXA、北海道大学、大島商船高等専門学校、千葉工業大学、国立天文台、総合研究大学院大学、京都産業大学

    LIDARのレーザーの照射方向。2カ所の赤点で計測できたと考えられる (C)JAXA、北海道大学、大島商船高等専門学校、千葉工業大学、国立天文台、総合研究大学院大学、京都産業大学

小惑星フライバイにおいて、LIDARによる測距に成功したのは、これが世界で初めて。しかも、もともとランデブー探査用に開発されたLIDARのため、本来想定していた使い方ではなかったのだが、それでも計測できたというのは、プラネタリーディフェンス(地球防衛)の観点から、大きな意義がある。

たとえば、地上からの観測によって、将来地球に衝突する可能性がある小惑星が発見されたとしよう。まずはなるべく早く探査機を送り、その小惑星を調べる必要があるが、新たに開発して打ち上げるのでは時間がかかる。しかし、すでに宇宙空間を飛行している探査機を向かわせることができれば、その時間を短縮できる。

ただ、その探査機は、はやぶさ2のように、本来は別目的で開発されたものかもしれない。今回のトリフネフライバイでは、そういった別目的の探査機でも、小惑星の緊急調査が可能、というひとつの実証になったといえる。軌道の制約から、日陰側からのフライバイになるときでも、LIDARならデータを取得することができるだろう。

今回のフライバイ探査によって、トリフネの軌道もより高精度に分かるようになった。将来、そういった緊急調査を行ったときも、小惑星の軌道を正確に推定することで、地球に衝突する確率をより正確に求めることが可能になると考えられる。

その結果、地球に衝突する可能性が高い、となれば、考えられる対策のひとつが、探査機を小惑星にぶつけて軌道を変えることだ(インパクト法)。今回、目標点からの誤差わずか約120mでフライバイに成功したというのは、トリフネほど小さな天体であっても、命中させることができるという能力を示したといえる。

  • トリフネ軌道の誤差の大きさを示したグラフ。フライバイによって、青線から赤線に引き下げられた (C)JAXA

    トリフネ軌道の誤差の大きさを示したグラフ。フライバイによって、青線から赤線に引き下げられた (C)JAXA

サイエンス側の成果にも要注目

今回のフライバイ探査では、ONC-TとLIDARのほか、近赤外分光計「NIRS3」と中間赤外カメラ「TIR」での観測にも成功しており、今後、サイエンス側の成果の発表も期待できる。トリフネ近傍で取得した重要な観測データは、すでに地上にダウンロードできており、残る遠方からの観測データは、年末にかけ、運用の合間に伝送する予定だ。

はやぶさ2の次なる目標は、2027年12月の地球スイングバイ。それに向け、イオンエンジンの運転を7月9日から開始したということだ。前回の記事で報じたように、イオンエンジンは劣化の状況が気になるところだが、まずは地球スイングバイが無事にできるかどうか、引き続き注目していきたい。

  • JAXAはやぶさ2拡張ミッションチームの三桝裕也チーム長(右)、竹内央教授(中)、吉川真准教授 出所:小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「トリフネ」フライバイ時に取得した成果に関する記者説明会 (JAXA公式YouTubeチャンネル)

    JAXAはやぶさ2拡張ミッションチームの三桝裕也チーム長(右)、竹内央教授(中)、吉川真准教授 出所:小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「トリフネ」フライバイ時に取得した成果に関する記者説明会 (JAXA公式YouTubeチャンネル)