宇宙航空研究開発機構(JAXA)は7月6日、小惑星探査機「はやぶさ2」が前日夕方に実施した小惑星「トリフネ」のフライバイ探査について、結果の速報を発表した。望遠カメラ「ONC-T」は、最接近の約1秒前まで撮影に成功。ほかの3つの機器による観測もすべて成功しており、得られた成果は非常に大きい。まさに想定以上の大成功だったといえる。

  • はやぶさ2拡張ミッションチームの三桝裕也チーム長(右)と吉川真准教授(左

    はやぶさ2拡張ミッションチームの三桝裕也チーム長(右)と吉川真准教授(左

チーム長も驚く、鮮明なトリフネの姿

トリフネは、まるで「イトカワ」の双子のような姿だった。

  • 望遠カメラ「ONC-T」によって最接近の約1秒前に撮影されたトリフネの画像 (C)JAXA、東京大学、千葉工業大学、東京科学大学、産業技術総合研究所、パリ天文台、カナリア天体物理研究所

    望遠カメラ「ONC-T」によって最接近の約1秒前に撮影されたトリフネの画像 (C)JAXA、東京大学、千葉工業大学、東京科学大学、産業技術総合研究所、パリ天文台、カナリア天体物理研究所

はやぶさ2は、約5.3km/sという超高速ですれ違いながら、これを撮影。もともとランデブー探査用に開発されたはやぶさ2には回転して追尾するカメラがなく、それでも観測するために超近接フライバイというリスクを伴う挑戦を行ったのだが、小惑星表面の岩までしっかり見える鮮明な画像を取得することに成功した。

これには当事者自身も驚く。はやぶさ2拡張ミッションチームの三桝裕也チーム長は、「鳥肌モノだった。自分たちでやったことだが、こんなことができるんだと」と、この画像を見た瞬間のことを振り返る。「今までたくさん試験してきた中でも、ここまで近く精巧な画像が撮影できたことはなかった」と、本番に強い探査機を褒めた。

フライバイ前、トリフネは長径800m、短径400m程度の細長い形だろうと推測されていた。実際には、ふたつの小惑星がくっついたような形だったわけだが、このような小惑星はコンタクト・バイナリ(接触二重小惑星)と呼ばれる。

  • 中央が事前に推定されたトリフネの形。実際の姿はまったく違ったが、それも小惑星探査の面白さだ

    中央が事前に推定されたトリフネの形。実際の姿はまったく違ったが、それも小惑星探査の面白さだ

吉川真准教授は、「一見するとイトカワに似ているが、くびれがより深い」という点に注目。比較的、若い段階のコンタクト・バイナリである可能性を指摘した。イトカワには、中央の低地に砂地があったが、トリフネはまだふたつの小惑星が合体してから日が浅く、表面の砂があまり低地に流れていない、と考えられる。

  • 初代はやぶさが探査した小惑星「イトカワ」。三桝チーム長はトリフネの画像を見たとき、あまりにもイトカワに似ていたため、「間違えてないか確認した」と笑っていた (C)JAXA

    初代はやぶさが探査した小惑星「イトカワ」。三桝チーム長はトリフネの画像を見たとき、あまりにもイトカワに似ていたため、「間違えてないか確認した」と笑っていた (C)JAXA

過去に探査された小惑星の中にも、「アロコス」、「ディンキネシュ」の衛星、「ドナルドジョハンソン」など、コンタクト・バイナリと見られる天体は多い。地上からの観測で細長いと考えられている小惑星では、むしろコンタクト・バイナリの方が“普通”である可能性すら出てくるかもしれない。

吉川准教授は、「まだ研究者によって、いろいろな考え方がある。今回、新たなサンプルが加わったので、面白くなる」と、今後の解析に期待した。

  • 過去に探査された小惑星と彗星。小天体の姿はすべて個性的だ (C)JAXA

    過去に探査された小惑星と彗星。小天体の姿はすべて個性的だ (C)JAXA

秒レベルで合わせたタイミング

今回、トリフネの姿を横側から観測できたことで、コンタクト・バイナリであることが一目で分かった。そういう意味でベストショットだったといえるが、もし縦側からだったら、少し分かりにくかったかもしれない。

  • ONC-Tによるトリフネの連続撮影画像 (C)JAXA、東京大学、千葉工業大学、東京科学大学、産業技術総合研究所、パリ天文台、カナリア天体物理研究所

    ONC-Tによるトリフネの連続撮影画像 (C)JAXA、東京大学、千葉工業大学、東京科学大学、産業技術総合研究所、パリ天文台、カナリア天体物理研究所

吉川准教授はこれについて、「狙い通りだった」と明かす。トリフネは地上からの観測で、明るさが変化することが分かっていた。これは自転によって見え方が変化するためで、明るく見えるタイミングでフライバイを行えば、トリフネが大きく見えることを意味する。これを、サイエンスチームは狙っていたというわけだ。

【動画】フライバイ前に筆者が作成していたイメージCG動画。小惑星の向きによって見え方が大きく異なる

検討の結果、フライバイのタイミングは7月5日18時30分に決定。探査機がその時刻にトリフネの横を通過するよう、数カ月前からイオンエンジンによる軌道制御を行ったという。さらに、フライバイ10日前に実施したRCS(化学エンジン)による微調整で、秒単位でぴったり合わせることができたそうだ。

また、ONC-T以外の観測機器では、中間赤外カメラ「TIR」がフライバイ10秒前から1秒前まで撮影に成功。近赤外分光計「NIRS3」は、フライバイ20分前から5分前と、4秒前から2秒前にかけて、それぞれデータを取得できた。

  • 中間赤外カメラ「TIR」による連続撮影画像。温度の違いが分かる (C)JAXA、前橋工科大学、千葉工業大学、会津大学、北海道教育大学、産業技術総合研究所

    中間赤外カメラ「TIR」による連続撮影画像。温度の違いが分かる (C)JAXA、前橋工科大学、千葉工業大学、会津大学、北海道教育大学、産業技術総合研究所

注目は、レーザー高度計「LIDAR」での計測にも成功したことだ。LIDARでの測距のためには、対象にレーザーを当てる必要があるため、三桝チーム長も「できない」と思っていたと明かすが、フライバイ4秒前と3秒前の2回で、それぞれ約20km、約15kmという測距値を取得した。

はやぶさ2は、まるで流鏑馬(やぶさめ)のように、トリフネを正確に射貫いたといえる。吉川准教授は、「小惑星フライバイでLIDAR計測に成功したのはおそらく世界初。そのくらい画期的なこと」とした上で、「小惑星との距離を直接計測できたので、サイエンスデータの解析が精度良くできる」と喜んだ。

  • LIDARの計測結果。計測できた2点(赤丸)を直線で延長すると、最接近がほぼ予定時刻通りだったことが分かる (C)JAXA、北海道大学、大島商船高等専門学校、千葉工業大学、国立天文台、京都産業大学

    LIDARの計測結果。計測できた2点(赤丸)を直線で延長すると、最接近がほぼ予定時刻通りだったことが分かる (C)JAXA、北海道大学、大島商船高等専門学校、千葉工業大学、国立天文台、京都産業大学

次の目標は地球スイングバイ

今回、はやぶさ2はトリフネ中心から距離800mでのフライバイを計画していたが、実際の距離についてはまだ解析中。トリフネの大きさも同様で、解析が終わり次第、発表される予定だ。なお、フライバイで取得したデータはまだ一部しか地上に伝送できておらず、今後、運用の合間にダウンロードを進める。完了するのは、2026年末になる見込みだ。

はやぶさ2の次の目標は、2027年12月の地球スイングバイ。それに向け、7月9日にはRCSによる軌道制御を行い、その後、イオンエンジンの運転も開始する。さらに、2028年6月の地球スイングバイを経て、2031年7月に最終目的地である小惑星「1998 KY26」に到着するというのが、拡張ミッションでの計画だ。

ただ、現状はかなり厳しい。はやぶさ2は、まもなく打ち上げから12年。設計寿命を大幅に超えており、特に1998 KY26への到達に欠かせないイオンエンジンの劣化が顕著になってきている。“奥の手”ともいえる「Neut-off」モードなども駆使し、まさに限界を超えて頑張っている状態だ(イオンエンジンの状況について、詳しくは「はやぶさ2」特設サイトの記事を参照してほしい)。

はやぶさ2のイオンエンジンは、地球帰還までの通常ミッション時に、1,308m/sの増速(ΔV)を実施。1998 KY26への到着までには、それとほぼ同じだけのΔVが必要になり、現在、その半分ほどが完了したという状況だ。

  • 各フェーズにおけるイオンエンジンのΔV (C)JAXA

    各フェーズにおけるイオンエンジンのΔV (C)JAXA

しかし、いま使えるイオンエンジンは、4台中の残り1台のみ。なんとかトリフネフライバイまでは運転できたものの、地球スイングバイまでにはあと218m/sのΔVが必要で、かなりチャレンジングと言わざるを得ない。そこから1998 KY26へのランデブーにはさらに376m/sが必要となり、「どこまで行けるかは正直未知数」(三桝チーム長)だ。

現在、推進剤を多めに噴射するなどの延命策を実施しているものの、もしそれでもいよいよダメだということになれば、どうするか。フライバイ前の記者説明会の中で、三桝チーム長はプランBとして、1998 KY26へのランデブーをフライバイに変更するという検討案に言及していた。

三桝チーム長によれば、もしランデブーをフライバイに変更するのであれば、地球スイングバイ以降に必要になる376m/sのΔVが、1桁小さくて済むそうだ。しかしこれでもRCSで達成できる増速量ではないため、いずれにしても厳しい戦いになるのは間違いない。

筆者は“プランB”にも期待!

1998 KY26は、トリフネやイトカワと比べると、かなり小さい。大きさは以前、約30mといわれていたが、最新の観測結果によれば、約11mという推定が出ている。いったいどんな姿なのか、非常に興味深い。

  • 拡張ミッションで探査するふたつの小惑星 (C)JAXA、池下章裕

    拡張ミッションで探査するふたつの小惑星 (C)JAXA、池下章裕

当然ながら、ランデブーの方がたくさん観測できるし、望ましいのは間違いないのだが、今回のトリフネフライバイで撮影した画像があまりにも衝撃的だったため、筆者などはもう「フライバイでもいいじゃん」と思いつつある。今回よりさらに近くを通過するというチャレンジも期待できるかもしれない。

今回の成功で、1998 KY26の探査もがぜん面白くなってきた。まずは、次の地球スイングバイを達成できるよう、全力を尽くして欲しい。

  • JAXA宇宙科学研究所の藤本正樹所長も交えたスリーショット。三桝チーム長と吉川准教授がやっているのは、「はやぶさ2#」のポーズだ

    JAXA宇宙科学研究所の藤本正樹所長も交えたスリーショット。三桝チーム長と吉川准教授がやっているのは、「はやぶさ2#」のポーズだ