この半導体ニュースのまとめ
・富士フイルムが半導体材料R&DにおけるDX戦略を説明、独自のデジタルツインで材料開発を高速化
・シミュレーション、AI/MI、ロボットによる実験自動化を一気通貫でつなぎ、顧客の製造課題を解決する材料・プロセスを提案
・CMPスラリーでは開発期間を従来の半分以下に短縮した事例もあり、2030年度売上目標の前倒し達成を見込む
半導体材料の研究開発にデジタルツインを本格導入
富士フイルムは7月14日、半導体材料事業の研究開発におけるDX戦略に関する記者説明会を開催した。同社の半導体材料事業は、2030年度に売上高5000億円を目標に掲げ、フォトレジスト、CMPスラリ、プロセスケミカル、後工程材料などの製品ポートフォリオの拡充や生産能力の増強を進めてきた。また、並行して同社は全社的にAI活用による競争力強化を推進しており、半導体材料事業でもAI活用の推進が図られてきたという。
同社シニアフェローの野口仁氏は、AI需要の高まりを背景に、半導体の性能向上に対する要求が、これまで半導体の進化をけん引してきたムーアの法則の速度では追い付かないほど高まりを見せていることを説明。先端プロセスを活用する半導体メーカーに対する材料メーカーの役割が、従来の要求されたスペックの材料を供給するだけではなく、半導体メーカーが製造の際に生じている困りごとを一緒に解決する役割が求められるようになってきていることを強調した。
材料メーカーの役割は「要求対応型」から「課題解決型」へ
従来の半導体材料開発では、半導体メーカーから提示された要求スペックに対し、材料メーカーがそれを満たす材料を開発・提供する「要求対応型」の開発が中心であった。しかし、先端プロセスや先端パッケージングでは、材料、装置、プロセス、デバイス構造が複雑に絡み合い、かつ用いられる材料の種類も従来以上に広がりを見せており、そうした新規材料と従来材料の組み合わせで生じる課題などを、材料メーカーに(装置メーカーを巻き込んだ共同開発も含め)解決を求められるケースも増えてきている。
今回、同社が例に挙げたのは、銅配線形成におけるCMPプロセス。半導体の配線はダマシン(溝)を形成し、そこに銅を充填して、配線からはみ出した部分をCMPで研磨する。ただし、ベースの低誘電体(絶縁層)の上に銅をそのまま充填すると銅が絶縁層を汚染し、不良の原因となるためその間にバリア層として金属の膜を形成することとなる。このバリア層の金属(バリアメタル)は、従来はTa/TaN(タンタル/タンタルナイトライド)が用いられてきたが、配線の微細化に伴い、配線幅に対するTa/TaNバリアメタルの厚みが問題となり、Coなど別の材料の活用が進められることとなるが、CMPの研磨剤(スラリ)が従来のものの場合、歩留まりに直結する残渣が発生することとなり、その解決が求められるようになっていた。
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プロセスの微細化に伴う使用元素の増加と工程の複雑化により従来にはなかった課題が次々と生じ、半導体材料にもその課題解決の一翼を担うことが求められるようになってきているのが現在の半導体産業 (資料提供:富士フイルム、以下すべて同様)
こうした課題を解決するには、原因の特定が必要だが、金属とスラリの化学的な反応によるものなのか、CMPの研磨という物理的な力によるものなのか、スラリの物性によるものなのか、はたまた複合的な起因するのか、そうした複合的な問題を実験を通して特定していくこととなる。この場合、相応の時間をコストがかかるほか、研究に携わる研究者のそれまでの経験と勘に頼るところが大きく、また顧客の課題の本質がどういったところにあるのかまで理解した上で解決できる材料の開発につなげることまで求められるようになってきていた。野口氏は、材料メーカーへの期待が「仕様を満たす材料」から「製造課題を解決するソリューション」へと変化していると表現するが、物性物理の世界を理解して、それを半導体の製造プロセスに落とし込める確証を含めた形で半導体メーカーに材料メーカーが説明することが求められるようになっているのが現在の最先端プロセス向け材料開発の現状と言える。
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半導体材料メーカーに求められる役割の変化。ナノオーダーの微細加工が求められる世界において製造装置の加工精度だけでは対応できなくなってきており、材料そのものの特性の活用なども期待されるようになってきている
シミュレーション、AI/MI、ロボットを一気通貫で接続
そうした変化に対応するため、富士フイルムが構築しているのが、シミュレーション、AI/MI(マテリアルズ・インフォマティクス)、ロボットによる実験自動化を一気通貫でつなぐ独自の「デジタルツイン」である。
具体的には、まず顧客の困りごとを起点に、シミュレーションを活用して顧客の現象解析ならびに課題の特定を実施。そのうえで、シミュレーション上で、なぜその現象が起きているのか、どのプロセスや材料であれば解決できるのかを検証。その結果を踏まえ、MIを活用して新たな材料の探索を行い、最終的にはロボットを活用したオートメーション化された実験を行うことで、現実世界に開発されたサンプルを落とし込むという流れとなる。また、こうした研究開発で得られた材料パラメータは量産ラインにも適用され、ラボを製造現場で同様の品質の新規材料の生産を可能にすることもこのデジタルツインの取り組みには含まれているという。
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富士フイルムの「デジタルツイン」の概要。一般的なデジタルツインは仮想空間上に物理世界と同じものを用意し、それぞれの状況を同調させることでシミュレーションによる未来予測と、物理世界からの結果のリアルタイムフィードバックのループにより、事故や故障を先んじて防ごうといったことを可能とする技術であるが、富士フイルムの場合は、リアルタイムで連携させるのではなく、流れとして、シミュレーションを活用しで問題の解決できる解を示し、その解を物理世界に実際に落とし込むことで製品化につなげるというものとなる
野口氏は、自社のデジタルツインの取り組みについて、単に材料探索にAIを使うものではなく、顧客課題の把握から現象理解、仮説検証、材料探索、実験評価までをつないでいる点に特徴があると説明する。同社に限らず半導体材料業界ではDXやMIの活用が広がっているが、その多くが材料単体の性能向上や実験の効率化に主眼を置いたものであり、同社のような仮想空間での解析と現実の実験評価を結び付け、プロセスと材料の一体最適解を提案する取り組みは、それらと一線を画すものだとする。
化学と物理の知見を組み合わせ、CMP残渣の原因を解析
富士フイルムのデジタルツインを支える要素の1つが、化学と物理の知見を組み合わせたシミュレーションである。
CMPスラリの場合、材料化学の観点からは、金属表面に対するスラリの化学的作用や、添加剤、砥粒、防食剤などの処方設計が重要となる。一方、物理の観点からは、研磨パッド上をスラリがどのように流れるか、機械的な力によってどのような物質変化が起きるかを理解する必要がある。
こうしたシミュレーションは、別々に行う場合もあれば、複合的な要因の可能性もある場合は併せて行う場合もある。そのため、シミュレーションベンダの提供するツールを活用する場合もあれば、ニッチな領域で市販されるシミュレーションツールがない場合はスクラッチで開発して活用する場合もある。それらを分子動力学や第一原理計算なども活用して、化学反応のような原子レベルの現象と、プロセス全体の流体・機械的挙動を、時間軸と空間スケールをそろえながら表現する取り組みを進めることで、解析を図っているという。
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CMPスラリの挙動だけを見ても銅配線との作用というミクロな反応から、CMPの研磨パッドと流れるCMPスラリとの挙動といったマクロなものまでスケールの幅が広い。実際のシミュレーションの場合、この2つだけではなく、さらに複数のシミュレーションも稼働させていると見られ、それらを通じた現象理解を踏まえて、どういった解決策があるのかをさらにシミュレーションで実施。その最適解の結果を実際にラボで物理的な材料という形に落とし込み、評価を行う流れとなる。実際の商流では、自社のラボの評価をクリアした後に、顧客の品質評価を受ける必要があり、シミュレーション結果はそうした顧客認定の際の補足情報としても活用されるという
その結果、CMP後の残渣問題については解決のめどが立ち、商品化に向けた大きな前進が図られたという。野口氏は、AI/MIを活用することで、通常の開発では到達しにくいアイデアが得られた点も成果として挙げている。
「質の高い問い」を立てる開発プロセス設計力
DX推進のもう1つの鍵として同社は「開発プロセスの設計力」を挙げる。これは、顧客の声をそのまま受け取るのではなく、顧客の本質的な課題を捉え、技術の文脈に翻訳し、解決に向けた最短・最適な開発プロセスを設計する力だという。
例えば「CMP後の残渣を減らしたい」「パッケージング工程で反りを抑えたい」といった顧客の声に対し、その背景で何が起きているのかを現象として理解し、化学的・物理的に解くべき技術要素へ分解する。そのうえで、顧客に提供すべき価値や製品が持つべき機能を定義し、必要な技術仕様へ落とし込む能力といえる。
野口氏は、「どれだけ質の高い問いを立てられるかが重要」と説明する。AIやシミュレーションが発展しても、最初に何を解くべきかを定義できなければ、開発は顧客課題の解決にはつながらないし、AIはパラメータで設定された以上の情報を自動で導き出すことはできない。ゆえに人間がAIを使いこなすだけの知見や知識、経験を有している必要がある。
また、シミュレーションを中心とする仮想空間で得られた答えを、実際に顧客へ提供できるサンプルや材料に落とし込む具現化力も必要であり、そこに同社が写真フィルム、複合機、半導体材料などで培ってきた研究開発力が生きているとする。
イメージング・インフォマティクスラボがDXを支える
富士フイルムがこうした開発手法を実現できた背景には、全社横断組織である「イメージング・インフォマティクスラボ(通称はアイラボ)」の存在がある。
同ラボは、AI、ビッグデータ、DXの進展を見据えて2016年に設立されたCenter of Excellence(CoE)で、設立当初は10数名規模の組織であったが、現在は100名以上が在籍し、同社の先端技術の取り組みから現地現物による課題の解決までトータルに実施するAIおよびICTのエキスパート集団となっている。
同社のイメージング、ビジネスイノベーション、メディカル、エレクトロニクスなど多角的な事業を通じて得られた技術や知見を集合知とすることで、相互にそれらを活用できる体制がアイラボにはあり、今回のCMPスラリの研究開発においても、エレクトロニクス領域の研究開発メンバーに加え、アイラボのIT/AI人材が10数名参加する形でデジタルツインが構築され、開発能力と開発速度の向上が図られたという。
開発期間を半分以下に短縮
こうした結果、顧客課題の解決に向けたCMPスラリの開発では、従来の半分以下の期間で開発を終え、実際に販売につながったケースがすでに出てきているという。
ここで重要なのは、同プロジェクトが開始されたのが2025年という点である。2025年に開始されたプロジェクトが、2026年7月の時点ですでに量産販売にまで到達していることを考えると、仮に2025年1月からプロジェクトスタートしたと考えても約18か月で顧客課題の把握から、新規材料の開発、顧客側の認定、量産出荷まで到達できたこととなる。これが4月スタートであれば約1年で上市ということになるわけで、従来の半導体材料の開発期間を考えれば、圧倒的な速さで開発が進められたことが見て取れる。
同社としてはCMPスラリの売上高について、2024年度を1とした場合、2030年度に2倍以上へと拡大する目標を掲げてきたが、顧客課題を解決できるソリューションの提案が可能な材料開発の体制がデジタルツインの活用でできることが見えてきたこともあり、足元では目標を2年ほど前倒しで達成できる可能性が見えてきたとする。
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すでに顧客課題の解決につながるCMPスラリの製品化が進められるなど、デジタルツイン活用に対するビジネス的な手ごたえを感じているとのことで、本来であれば年平均成長率(CAGR)13%で6年間成長することで2024年度比で2030年度に2倍(1.13の6乗=2.08倍)に売上高を伸ばすことを目指していたが、2年ほど前倒しで達成できる可能性がでてきたという(その場合のCAGRはざっくり19%という計算になる)
同社はこれまで、日本の熊本、台湾、韓国、米国、欧州などでCMPスラリの生産体制を整え、地産地消地援のビジネスモデルを築いてきた。今回のDX戦略は、そうした顧客近接型の事業体制に、仮想空間での現象理解と開発高速化を組み合わせるものとなる。
後工程材料のポリイミド開発にも展開
開発されたデジタルツインの活用対象はCMPスラリに限らず、幅広く半導体材料に展開できる可能性があるとする。同社は、後工程材料の柱と位置付けるポリイミドの開発にも、すでに同様の取り組みを横展開させているとする。
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同社は先端パッケージング向け材料としてポリイミドを展開しているが、対応するパッケージ基板は材料や特性はさまざまであり、課題も複雑化していくことを踏まえればデジタルツインの活用による開発速度向上が必須というのが同社の考え方となる
同社は2025年12月に、半導体後工程向けの感光性絶縁膜材料ブランド「ZEMATES」を立ち上げ、液型ポリイミド、フィルム型ポリイミドなどを展開しているが、先端パッケージング向けポリイミドの開発では、顧客が想定するパッケージ構造をモデル化し、応力や変形をシミュレーションしながら材料設計指針を策定する必要がある。同社では研究機関やEDAベンダとも連携して開発を進めて行くことで、顧客が求める先端パッケージ性能の早期実現に貢献していく考えだ。
野口氏によると、後工程分野では周辺材料との組み合わせや基板構造によって応力や反りの挙動が変わるため、材料単体ではなく、プロセスや構造を含めたシミュレーションが重要になるとのことで、前工程材料で培ってきた化学・物理の解析力を後工程へ展開していくことで売り上げの拡大につなげたいとする。
AIエージェントによる知見継承も視野
富士フイルムは、全社的にAI活用を推進しているが、その中にAIエージェントの活用も含まれている。半導体材料事業としても、過去の開発で得た知見や研究員の発想をデータとして蓄積し、AIエージェントがそれを踏まえた解決策を提示するといった将来の可能性があるという。
ただし、AIが出した答えをそのまま顧客に渡せばよいわけではないと野口氏は強調する。半導体材料は最終的に現実の半導体製造プロセスで使える形にする必要があり、あくまでシミュ―レーションの結果などは、現実の物理的な反応を補完する役割であるとする。そのため、AIと人間が並走しながら現象を理解し、開発を進めていくのが現在の姿であるとしており、将来的にはAIエージェントが属人的な知見のデータ化による、それまでに得た知見を踏まえた提案も期待できるが、それ以上に、研究員の発想や実験による仮想世界の結果を現実世界に具現化できる力が重要になるとしている。
2030年度5000億円へ、研究開発の速度が成長を左右
富士フイルムの半導体材料事業は、前工程から後工程まで幅広い材料ポートフォリオを有しているが、AIニーズの拡大に伴い、さらなる半導体の高性能化に対する材料に求められる性能と開発スピードの向上も高まりを見せている。
同社はそうした要求に対し、ワンストップソリューションと地産地消地援によって顧客との接点を深め、そこから得た課題をデジタルツインで解析し、材料・プロセスの一体最適解として提案する体制を構築しつつあると言える。すでに実用解も出てきており、応用展開も進みつつあることが、その取り組みの正しさを証明していると言えるだろう。
半導体材料メーカーに求められる役割が、単なる材料を供給するというものから、顧客の製造課題を解決するソリューション提供へと変化する中、富士フイルムはデジタルツインを研究開発の中核に据えることで事業全体の加速を図っていき、2030年度売上高5000億円の達成をより確実なものにしていこうとしている。




